目覚め
「お前、まだ戦うのかしら?」
どこか呆れたようにイブは告げる。
「お前は【人理神話】は人の理という物語に神秘を見出した。行使されるのは当然、人のチカラを神秘としたもの。同じく人である私が対抗できないわけがない」
勝ち誇るように宣言された言葉は事実。
自との生き様を神秘として具現する彼女のチカラは、人以外に対してはともかく、同じ人に対しては効果が薄い。
「ここに来る途中に使っていた電撃の魔術……アレも結局は学校の電力を誘導しただけのもの。一度見れば反証なんて簡単。ここからどうしようっていうんだ?」
「……だから使いたくなかったのよ。で? だからといって私があなたに勝てない道理はないわ。ここには幸い、巻き込んでしまう仲間は誰もいない」
廊下の中心に立ち、腕を広げる。
「『形状は悲愴、自在に変状。筒は銃身、引き金は我が手に』」
廊下にある水道場。
その蛇口が一斉に変形し、イブへと向けられる。
「っ!?」
「──【死線《Red Line》】!」
蛇口が爆ぜ、溢れる水と破片が飛び散る。
「『隔たりは、心の溝と、拒絶意思』【心障壁絶】!」
「へえ、防ぐんだ? 致命傷にもならないその程度の魔術を、呪詛返しなら無傷でも返せるのかもしれないのに?」
そんな光景を見て『魔術師』カナデは笑った。
「大方、『魔術』そのものは返せても、それによって起こされた現象そのものは返せないってわけね」
「なん、で……」
「図星ね。それに他者を操って戦うことには慣れていても、自分自身が相手するのは慣れていないのね」
パン、と手を打ち鳴らす。
瞬間、近くでスパークを起こしていたコンセントが弾ける。
「さて、アナタ。ここからどうしようって言うのかしら?」
「ぎゃああああああああああああ!!?」
カナデのいい笑顔と共に、水にぬれたイブは感電して絶叫。
電撃自体はコンセントから水に誘導しただけなので、呪詛返しは発動しない。
「まさか、この私に勝てると思ったのかしら? 害悪組織『ラグナロク』の中でも高くもない地位をひけらかした、哀れな下級工作員さん?」
電撃は止まれど、口撃は止まらない。
寧ろさらに苛烈に攻め立てる。
「そういえば知っているかしら? 人類は化学って言う面白い技術を持っててね。その中には『電気分解』っていうものがあるの♪ もちろん、科学と魔術って相性悪いのだけど……私はむしろ、ね?」
懐から取り出した金属片と石をぶつけ始める。
笑顔で意思を打ち合わせるその姿は、完全にブチギレ状態で──
「──吹き飛べ」
爆鳴気。
水素と酸素に火をつけることで起こる、爆発である。
ズドン、と響く轟音と振動は中庭の彼らにまで届いた。
「ッ!? な、なんだ!?」
「……カナデね。事後処理はどうするつもりなんだろう?」
それぞれが外へ意識を向ける中、彩人だけは自身の中へと向けていた。
(痛い、痛い……これは、今までに感じたことの無い痛みだ)
カナデの行使した魔術の影響もあり、今までに感じたことがない程の苦痛によって、彼は外に意識を向けられなかった。
だからこそ、気が付かなかった。
「──動くな」
爆風に飛ばされたイブが彩人の近くに吹き飛んできたことに。
「何!?」
「く、やられた!」
「不可視の魔術を使えてよかったわ。おかげでこうして人質が取れた。動いたらコイツの首を掻き切るわ」
(辛い、苦しい。ああ、ああ──)
首に刃物を突きつけられながらも、彩人の意識は外へは向かない。
しかしそれは、苦痛によって余裕が無いのではない。
「──これが、『生』。生きている、存在している証」
「コッチに吹き飛んだと思うんだけど──ああ、もう! この期に及んで人質ですって!?」
彩人の呟きはカナデの叫びにかき消される。
彼の異常性を察するものも居ないのだから、むしろそれで良かったのかもしれない。
「『神の愛は星を動かし、世界を動かす。ゆえに、世界に生きる我らは──』」
「「『愛の奴隷』」」
イブと彩人の言葉が重なる。
彩人の思考回路が侵食される。
価値観が、入れ替わった。
愛を何よりも重んじるように改変された。
誰かに向ける愛情の全てが行き先を失い──イブへと行き先を変える。
「くっ、やられた……人質兼手駒にしたわね!?」
「残った魔力で強化もしたわ。さぁ、私のために好きに暴れろ!」
(どうするべきかが、わからない……『魔術師』としての私の思考が 『一色 彩人を殺すべき』と訴えながら、『絶対に守り通せ』と叫ぶ。こんな矛盾、今までなかったのに……)
自分の異変に違和感を感じながらもどうすべきかを考える。
「……園実、撃てる?」
「撃つって、どっちを?」
「まさか園実、あなたも?」
その異変は『魔術師』のカナデだけではなく、『異能者』としての園実にも起こっていた。
「……本当に好きにしていいのか?」
「? ええ、私のためになら自由に動きなさい」
「本当に、もう、抑える必要は無いんだな?」
様々な感情が入り乱れる中、操られている彩人だけが淡々と問いかける。
「手加減なんてしてもらっては困る。だから、存分に──」
許可の言葉は最後まで紡がれなかった。
彩人がイブに振り返る。
そして彼女は動けなくなった。
(な、なに、これ……身体が、重い、動かない……?)
「ああ、抑えなくていい、なんて言って貰ったのは、何時ぶりだろうか」
彼女は怯えていた。
何に対してか、なんてものは彼女自身が一番わかっていた。
(物理的に重いんじゃない、これは精神にかけられた重さ……!?)
「──この世界は不自由だ。自由に何かをすることも難しくて、伝えるだけでも一苦労」
「なに、を……」
手を伸ばす。
そっと慈しむように頬に触れ、下へ撫でるように移動させる。
「『愛してる』」
首元に触れながら、告げた。
「ああ、ああああああああ!!?」
絶叫、慟哭。
それは呪詛だった。毒だった。身を焦がす炎であった。
彼女の咆哮が、では無い。
彩人の紡いだ言葉がだ。
「あ──」
不意に悲鳴が途切れ、糸が切れた様に崩れ落ちる。
そんなイブを優しく受け止め、横たえる。
「人を好きに愛することさえままならない、か」
誰にも届かない言葉を残して、この異変は終息するのであった──
「ぐおおおおお、イテェェェェ……」
嶺二が呻き声を上げながら、布団の上を転がる。
ここは古登カナデの所有する館。
異変を解決した後、彼らは一時的にカナデ邸に滞在していた。
理由は簡単、彼らはカナデの魔術【英雄伝説前日譚《Origin Mythologia》】の副作用により肉体がボロボロになっていたのだ。
「お、おおおぉぉぉ……」
「大丈夫か嶺二」
「おま、なんで平気そうなんだよ……」
飲み物を持って部屋に入ってきた彩人に、恨めしそうに問いかける。
「古登が言ってただろ? 嶺二はロクに訓練もしてないのに『神秘』を行使したせいで負担のかかり方が違うんだって。それに比べて俺は、刺された以外の負傷も無いし、無理もしてない」
「けどよォ、なんか納得いかねェっつーか……」
「嶺二の方が伸びしろがあるから、その分負担が大きかったんじゃない?」
「へへ、そう言われると、何か悪くねェな……」
痛みに顔を顰めながらも、どこか嬉しそうに照れる嶺二。
「……えい」
「づぁああああ!? あ、彩人テメェ!」
「ははは! ちょっとイラッとしたからな! つつかせて貰った!」
「動ける様になったら覚えておけよ!?」
「ならさっさと治せ。俺が忘れない内にな」
「わあったよ。古登のヤツに呼ばれてんだろ?行ってこいよ」
互いに言葉の裏にある心配を汲み取りながら笑い合う。
「──来たわね」
「古登に新屋敷さんか。この組み合わせってことは、何かを聞き出したいってことかな」
呼び出された部屋にいたのは『魔術師』と『異能者』。
学校での異変で、カナデが質問し、真偽の判定を園実がしていた様子から当たりをつける。
「そうよ、色々聞きたいことがあるの。以前聞いたことは聞かないつもりだけどね。あなたの正体は何者なのか、それだけよ」