『人間的な、あまりにも人間的な』
後書きに前回の魔術及び魔法の解説があります。
私が【神威外機構】として初めに生まれたのは今『古登 カナデ』と呼称される肉体が生み出された時だ。
「成功したのか?」
「術式は成功したが、【機構】と【ヒト】の意識が二つ宿ってしまっている。放っておけば【ヒト】の意識は消滅するはずだが……」
人類万象の解決者として生み出された私は、その人類が救うべきものなのかがわからなかった。
だから、もう一つ宿っていた【ヒト】の子に判断を委ねることにした。
「【機構】の意識が消えていくぞ!?」
「何故だ! 理論的には正しいハズだ!」
「クソ! 失敗作か!?」
最後に聞こえたその言葉が、やけに意識に残った。
──次に私が意識を取り戻したのは、悲痛な叫びからだった。
『カナデ』と呼称される少女の記憶を参照すれば、魔術の師と世界を巡っているときに紛争に巻き込まれ、孤立した状況だということが読み取れた。
『誰か、助けて──!』
無力な自分に、心の底から願いがこぼれる。
銃声が鳴り響き、魔術が飛び交う。
誰もが自分のことでいっぱいいっぱいで、誰も他者へ意識を向けられない。
向けてしまった愚か者は、その命を失っていた。
──これが、『人類』か。
『くだらない』と思った。
自己のために他者を犠牲にし、他者を想えば自己を失う。
愚かで、滑稽だとすら思った。
『誰も、助けられないなら──』
その評価を切り裂く思いが一つ。
同じ身体にとどまる意思が、叫ぶ。
『せめて私が、【救済者】に──!』
魔法陣が描かれる。
神話系統はバラバラで、人に救いの『解答』を与えた神に関する魔法陣が乱立する。
それは『カナデ』の肉体を囲むように球体に展開され、羽化を目前とした蛹のようだった。
『いと尊きヒトの子よ。その身に余る喜びを』
ヒトに救いを齎したという一点だけで、魔法陣が歯車のように噛み合った。
『たとえ神が死のうとも、私は此処に在る』
膨大な術式を己に刻み込む。
ああ、この人間は己の存在を犠牲にしてまで、救済を与えようとしている。
そこまでに人類には価値があるのだろうか?
私にはわからない。
それでも、判断を託した『カナデ』がそれを望むのなら──
「その術式は私が受けるべきだ」
『カナデ』と意識を入れ替える。
代わりに『私』に術式が刻まれる。
「──【神威外機構《Deus Ex Machina》】」
たとえ神がいなくとも。
己が救うと刻みこんだ術式の名をそのまま私の名とした。
「──争いを止めよ」
言葉では止まらなかったから、大地を二分化した。
それでも彼らは銃弾を飛ばし、術式を描いた。
どうして止めない?他者を害することが、そんなにも重要なのか?
そんなことはどうでもいい、たとえそうだとしてもこの争いは止める。
『カナデ』の在り方が、どうしてか尊いものだと感じてしまったから。
「──『止まれ』」
『カナデ』の記憶の中から【言葉の重み】という原始呪術をくみ上げ、【神の言葉】として重みを持たせる。
戦場の誰もが膝を着いた。
それでも、武器を構えるのを止めなかった。
ならいっそ、すべて殺してしまおうか。
そう考えたところで、戦場のすべての人間が意識を手放した。
「それは流石に早計過ぎるじゃろう」
「記憶参照:カナデの師か。なぜ止める?」
「カナデの話では、別の精神を作る記述はなかったはずじゃが……フム、見たところ争いを止めるために動いていたな? ならもう動く必要はないハズじゃが?」
なるほど確かに、この老生体のいうことも一理ある。
しかし、望まれたのは人類の救済だ。
「ここにいるのが人類すべてというわけではない」
「なるほどそう来たか。しかし、それはまた別問題じゃ」
その言葉に首を傾げる。
人類に答えを示す私だが、私自身の答えを示す機能は持ち合わせていない。
「回答を要求」
「わからぬのなら寝ておれ。いずれ、カナデ自身が示すじゃろ──『怠惰の権能』」
その言葉を最後に、私は意識を沈めた。
意識を浮上させる。
彼の者が目を覚ましたのを察知したからだ。
「随分と永い眠りでしたね、【イロアイ】」
「マキナ? カナデは?」
「休養中。心臓がない状態での生命活動は負担がかかります」
その言葉に納得した彩人は、穏やかな表情でマキナに微笑む。
「仲良くしてるみたいで何よりだよ」
「それはともかく、やはり消えてなどいませんでしたか」
その言葉はまるで、すでに死んでしまった者へ向ける言葉のようで、事実そうだった。
「【偏愛】だけでは、世界の欲望を埋められないからね。とはいえ、まさか全を一に統合して、それを愛することで埋めようとするとは思いもしなかった」
彼は【偏愛】の側面ではない。
「確かに、一つにしてしまえば『誰よりも愛される』という願いもかなえることができる。でも、そうでないものを望む者だっている」
全てを愛したいと願う彼は、似智得の言葉を借りるのであれば【博愛】。
「疑問があった。何故、アナタは【偏愛】の行動を止めた? マキナには、それはとても素晴らしい【救済】に思えた」
「ああ、僕もそう思う。だけど、ヒトは何故かそれを拒むんだ」
確実に誰もが『幸せ』になれる方法だというのに、ヒトはそれを拒絶する。
「結局の所、【博愛】である僕も【偏愛】も、『そう有れかし』と望まれただけだ。その点だけで言えば君と同じだね」
【救済の神】として望まれたマキナと同じである。
それが意味することを知るのは、本人であるマキナとそれに近づいたカナデ。
そして、『一色彩人』に手を加えた『多式順子』だけ。
「……そろそろ、僕は眠る。一つだけやることを終えたら、深い眠りにつくだろう」
「疑念、問い掛け……否、『要望』。また、会えますか」
機構であるマキナが『要望』とした言葉に、彩人が驚く。
それは本来彼女に搭載されていない機能であったから──
「もし君が望むなら、たとえ世界が滅んでも」
「そう、ですか」
そう答えるほかなかった。
そう在れかしとされたが故に。
マキナもそれ以上なにも言えなかった。
彼女もまた、滅びの解決者と在れかしとされた故に。
「気負うことはないよ。何故なら【世界は愛に満ちている】」
告げて、彩人は目を閉じる。
彼は『一色』。
その呪いは、色を一つしか表に出すことを許さない。
他の存在が数多の色で描かれたキャンバスならば、『一色彩人』は壁にペンキをぶちまけたようなもの。
「それでもあなたは、『人間』です」
誰が【バケモノ】といおうとも、
誰が【聖者】だといおうとも、
誰が【魔王】だといおうとも。
「若しも、世界が否定するなら──そんな世界は……いえ、そうはならない。世界はもう、アナタを手放せない」
彼も、彼女も、只人とは視点が大きく異なる。
それでも、抱える思いはそう──
『アナタがそれを望まれる』
魔術ではなく魔法。
魔術論理における四元素の引力である『愛<Philia>』を用いた引力操作。
対象の欲望(引力)と物体を結び付けて引き寄せ合う。
その性質上、欲望を持たない存在には効果がない。
【人の怒りよ、神に届け《Sistemios Keraunos》】
システマイオス ケラウノス。
魔術師【人理神話】の奥の手。
かつて全能の神が用いたとされる雷の神器を模倣したもの。
『ディラックの海』
相対論的量子力学で用いられるそれを魔術に照らし合わせた物。
負のエネルギーに下限がないために安定しない状況を創り出し、『存在する確率』を引き上げて事象そのものの『存在する可能性』を引き上げる。
今回は『ディラックの海』に沈み込む電子を引き上げ、強制的に電力として利用した。
【人理神話機構《Ex Machina》】
カナデとマキナ、二つの存在を合成することで『人』でも『神』でもない存在へ変化させる魔術。
まさに、人と神の『外部機構<Ex Machina>』.
【仮初の恋《Replisate Emo》】
とある少女が抱えていたであろう『恋』という状態を切り取り、張り付ける魔術。
いわゆるカットアンドペーストを人の心で行う、倫理的にはよろしくない魔術。
──すでに少女の心は純粋なヒトのものでなく、故にその心はすでに失われた。
マキナとカナデ。
人と神は交じり、どちらもそうあることはできなくなった。
故に彼女らは答えを出さなければならない。




