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名を告げる

少し間が空いてしまいました。

というのも、心理学関係やら神話やら何やらの情報を漁り直してまして……


「──『ラグナロク』に入らないか。このままでは君は、間違いなく死ぬよ」


似智得の言葉に、彩人は「そうか」とだけ返した。


「驚かないんだね」

「なんとなくだが、な」

「察していたわけだ」

「随分前から、体調を崩したりしてたしな」


神秘に触れてすぐ、寝込むほどに体調を崩していたのは偶々ではない。

言ってしまえば、神秘を行使した反動なのだが、彼の場合は他の魔術師とは事情が異なる。


「感情を吐き出しきれてないね。君の場合、吐き出せない感情が澱のようにたまって重さで潰れかけている」


それで、少し揺れて零れた感情が、言葉に重みとして乗ってしまっていた。


「君のことを調べさせてもらったよ」

「それで? 何がわかった?」

「ほとんどわからなかったさ。ただ、『多式家』の者が君の母の再婚相手であり、君に魔術の素養は無く、なぜか追放された身であることだけは分かっている」


それが意味することとは何か。


「君は【魔術師】ではない」

「そうだな、俺は『魔術師』ではない」


似智得の言葉に、彩人が答える。

『一色 彩人』は魔術師ではない。


「かつての君は『すべてを愛する』という信条の元に生きていた」

「らしいな」

「かつての君は【超人】だったが、今の君は違う」

「そうだな。俺は『超人』ではない」


似智得の言葉に、彩人が答える。

『一色 彩人』は超人ではない。


「とはいえ、神秘を行使する君は常人ではない」

「……」


似智得の言葉に、彩人が答えない。

しかし、『一色 彩人』は常人ではない。


「なら君は一体、何者なんだい?」


空白が生まれる。

『一色 彩人』は何者か。


「──俺は、博愛主義じゃないんだ」


全を愛する心の天秤は傾き、今や個に注がれている。


「俺は個人を愛して、二回壊しかけた」


それは過去の話。

かつて犯してしまった罪過の話。


「そして俺は──愛の形を変えざるを得なかった」


個から全へ分散することで、感情を制御するしかなかった。


「なるほど、今までの君は【博愛】の形をとった『スーパーエゴ』か。そして今の君は【偏愛】の『オルターエゴ』というわけか」


哲学における超自我スーパーエゴは、自我エゴ無意識エスをつなぐ橋渡し。

それでありながら、社会との兼ね合いをみて抑制の役割も担っている機能だ。


対して、他我オルターエゴは他者のエゴ。

ここで使われるには違和感のある言葉でもある。


「……お前、どこまで気が付いた?」

「君、ただ人を愛したいだけじゃないだろ」

「ああ──」


リンゴを手に取り、笑う。

その笑みはいつも浮かべるやさしさなど無く、嫌悪すら感じるほどの邪悪があった。


「悪い笑みだ。どちらにせよ君が『ラグナロク』に来ないなら死ぬことになるよ?」

「それは、俺の頭上のアレか?」

「気づいていたのか。そうだね、今ここで死ぬ要因の一つだね」


不可視化の魔術が解除される。

彩人の頭上には、天井に吊るされた剣があった。


「言っておこう。俺はその剣では死なないぞ」

「なら君は何で死ぬ?」

「俺が死ぬのは──"誰も『私』を望まなくなった時"だけだ」

「試させてもらおうか──【ダモクレスの剣《Sword of Damocles》】」


吊るされていた糸が切れる。

その瞬間、館が大きく揺れた。


結果、剣は僅かに彩人から逸れて──手にしたリンゴを貫いた。


「なるほど、コレも愛の力、か?」

「お前にもそう見えるか」


今の揺れは、恐らくカナデ達が起こしたものだ。

ならば、彩人を助けるために動いた彼らの原動力は『愛』だろう。


「ラグナロクに入る気は?」

「今の所ないな。彼女達の行く末が見てみたい」

「なら、問答はこれで最後にしよう。君は何者だい?」

「俺は──」






「──今のは!?」

「彩人様、の……!?」


通り過ぎた感情の奔流にカナデは身を強張らせ、アマリリスに至っては膝を着いてしまう。


『カナデ様、感情を食らう彼女のような夢魔にとって、今のは……!』

「わかってる! 嶺二! そっちをお願い!」

「おうよ!」


アマリリスに迫っていた尖兵を嶺二が吹き飛ばし、飛ばされたものは再び距離をとる。


「チィ、またか……! カナデ、さっきのは使えねぇのか!?」

「無茶言わないで、術具はとっくに焼け付いて使えないわ!」

「でも、このままじゃジリ貧──そこね!」


園実が虚空を撃ち抜けば、空間が揺らいで術式が破壊される。


「うわー、マジかい? どれだけ隠蔽かけてると思ってるのよさぁ」

「うさん臭くて逆に目立つのよ」


現れた【ヴァイパー】を撃ち抜くが、雲霞のように霧散して消え去る。


「ああもう、めんどくさい! カナデ、掃射砲とかないかしら!?」

「あるわけないでしょう!? 私を何だと思っているの!?」

「武器庫よ!」


各々がイラついているのには理由がある。

というのも、敵はすべて攻撃よりも防御や回避を優先して動いていた。


それによって生み出されたのは、攻撃しても相手を倒せないという状況だった。


「【魅了術式】はまだなのアマリリス! ──アマリリス?」


返ってこない反応に、本人へ視線を向ける。

嶺二に守られているアマリリスは、膝を着いたままの姿勢で震えていた。


「嶺二! 一体何が……」

「わかんねえよ!」

「間に合わなかった……すでに、それに気が付いてしまった?」


アマリリスの震えは『恐れ』であり『畏れ』だ。


「まずい、これは、ダメ──イヴ! マリンを!!」

「──術式省略。【緊急召喚術式】! 『すべては大いなる愛に報いるために』!!」


方陣が展開され、そこから人魚のマリンが現れる。


「あれ、どったの~☆ 私は後方待機じゃ──」

「マリン! 今すぐこの領域の封印を!!」

「いったい何──ああ、そういうことね。『メグり、マワし、留め、閉じる』【領域展開:排他水域】」


水が溢れる。

世界を呑み込むが如き大瀑布は、彼ら彼女らに危害を加えるでもなく、周囲を覆うようにして円柱を作り上げる。


それはまるで、誰も何も外へ出さまいとする囲いのようで──


『警告:全力での防御推奨』

「──なにこれ!?」

「何やってんのボス!?」


気が付いたのは魔術そのもののマキナ魔術師としての格が高いカナデ。

そして危機管理能力の高い【ヴァイパー】。


「ンなバカな!?」

「人間の使える『氣』か!?」


次に、その目で見えてしまった園実と、神秘武術に触れていた嶺二。

気づけなかったのは、【ヴァイパー】の部下だけ。


「お前ら! 死にたくなかったら全員伏せろ!!」


その声には軽薄さなど無く、温気の怒号だけがあった。



──世界が揺れた。

──直後、音のない大爆発が起きた。


屋敷は吹き飛び、残骸が飛び散る。

水の領域にぶつかり、外へ漏れることはなかったが──内部はそうでなかった。


「マキナ、私にぶつかる残骸は?」

『二歩左に空白地帯あり』

「アタシは、ここらへんか」


カナデはマキナの演算能力で、園実はその特殊な目で安全地帯を見極めて移動する。


だから、少し余裕のできた彼女たちにはそれが見えた。


「容赦ないね、君は」

「容赦がいる程、程度が低いのか?」


妹の凛音を抱えたまま宙に浮く似智得と、地上でリンゴを齧る彩人。


「言うじゃないか、彩人──『high、higher、highest』」

「何度でもいうさ、似智得──『deep、deeper、deepest』」


魔力が荒れ狂う。

世界が歪む、似智得は白く、彩人は黒く。


「『私の居場所は遥か高く』」

「『私の居場所は遥か深く』」


そして告げるのは、己の証明。


「『告げる。我は──』」

「『告げる。我は──』」


それは、決定的な剝離だった。


「【超人:ツァラトゥストラ】」

「【魔王:一色 彩人】」


それはかつて、神の死を知った超人で。

そして今、罪を冠する魔王だった。

魔術に置いて、自身の立場や名前を宣言することは大きな意味を持ちます。


自分がいかなる存在かの定義を強固にする、という意味では私たちの『自己紹介』も魔術の一種なのかもしれませんね。

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