至点
「使い魔が見失ったのがここで最後よ」
商店街の一角、八百屋の前でイヴが立ち止まる。
「ここから先は私の魔術じゃ──何よ、文句あるの?」
「いや、文句というか……アナタ、ウチの学校の子だったのね」
今のイヴは服装も普段着に近く、メイクもそこそこ。
つまるところ、普段学生として生活している『初花 芽吹』の姿だった。
「魔術の根幹が変化したせいで、今までの霊装が使えないのよ」
魔術師における霊装というのは、鎧や武器のようなものだ。
無くても暴力を振るうことは出来るが、力が一段以上落ちるという意味を示す。
「それ、大丈夫なの?」
「直接戦闘は微妙ね。後方支援メインで行かせてもらうわ。それより、ここから追えるの?」
「園実、負担は大きいかもしれないけど……頼めるかしら」
「わかってるわ。場所と時間が限定できてるから──『今より過去を、現より虚ろを。今はなくとも刻まれた痕跡を』【運命の瞳】!」
園実の虹彩が虹色に輝く。
その目に映るのは今見ている風景ではなく、ここで紡がれた過去の記録。
「──見つけた」
たどり着いたのは、リンゴを手に怪しげな男と歩き去る彩人の光景。
「追えそう?」
「ええ、追いやすいようにご丁寧に目印を持ってくれてるわ。無理な抵抗もして無いし、怪我はなさそうよ」
その言葉に安堵する一同。
「良かった。で、目印って?」
「真っ赤なリンゴよ。八百屋のものだから──」
「同じ場所と種類の縁で辿れる!」
リンゴは神話に馴染み深い果物であり、その分魔術との親和性も高い。
【人理神話】と名高いカナデにとって、追跡は容易いことだった。
(でも、なぜ彩人はリンゴを? 彼自身は魔術に対する理解が深い訳でも無いし……たまたまか、それとも……)
ちらりと視線を向けた先は園実。
「なぜ彩人が連れていかれたのかもわからないし、今考えても仕方ない、か。コッチよ!」
駆け出す一同。
しかし、それは園実の制止によって止まる。
「待って、これは……」
「待ち伏せね。それも、向こうの陣地で待ち伏せされてる」
「──あらら、バレちった。よくわかったねぇお嬢ちゃんたち」
軽薄に言葉を吐きながら現れたのは、無精髭の怪しい男。
「コイツ、彩人と戦ってた──」
「『生成、回転、衝撃、爆破。飛来するは鈍色の死』【死弾《Lead Reaper》】!」
文字通りの鉛弾が指先に生成され、男の脳天を貫く。
「いやー怖いね。おじさん死んじゃうよ!」
「幻影……それも、かなりのクオリティ……貴方、何者」
「自己紹介、しとこうか? おじさんは【ヴェノム】」
「【ヴェノム】……! まさか、あの特殊工作員【ヴェノム】!!?」
カナデが驚愕のまなざしを向ける。
【ヴェノム】──それはとある工作員のコードネームかつ【魔術師名】。
毒や夢幻の類を自在に操り、残された痕跡は意図して残されたもの以外は何一つ残らない名のある魔術師だ。
「あ、違う間違った。もっかいやらせて」
「「「え~……」」」
「いや、許して? 真剣に聞かれたからつい前の名前を……あ、待って今のもなし」
テイク2。
「おじさんは『ラグナロク』所属、コードネーム【ヴァイパー】。ちょっと世の中に不満があって反発してる、ただのおじさんさ」
「ただのおじさんが、こんな姑息な手を使うわけないでしょ」
腕を払い、シンプルな魔術で風を起こす。
足元に溜まっていた毒煙を吹き飛ばす。
「そうね、さらにその中から不可視化した刺客の奇襲って、性格悪いわね」
「ぐっ!?」
「あらら、おじさんどうしよっかな~。おじさん、時間稼ぎしか頼まれてないしな~」
「へぇ、時間稼ぎ、ね?」
ボストンバックに手を突っ込むながら悪い笑みを浮かべる。
「『不偏、不毛、あらゆるところに。異変、異物、されどそこに。すべては手の届くところに』【ユビキタスの箱庭】」
取り出したのは、明らかにそこには入っていなかったであろう重厚な機械。
というか、ガトリング砲だった。
「「「──は?」」」
あるはずのないものが、ありえないところから現れた。
その場の全員が呆気にとられた。
「ふふ、しゃらくさいのよ人類。有象無象が立ちふさがるなら──一掃してやるわ。『形状は悲愴、自在に変状、時雨は弾丸。銃はここに、引き金は我が手に。有象無象は塵芥に』」
「うぇ、ウッソ!?」
「死にたくなかったら伏せろ!」
帯状の弾丸が連なり、装填される。
園実が叫ぶ。
その目を信頼している仲間たちは咄嗟に伏せる。
「今夜は土砂降りになるでしょう──【死場《Dead Zone》】」
けたたましい騒音が鳴り響く。
空気が震える、弾倉があたりにばらまかれる。
「ダララララララララララ~!!」
薙ぎ払うように振り回される。
周囲に潜んでいた部下ももろとも、あたり一帯を蹂躙する。
「あははははははは!」
「カナデ、彩人関係のことでストレス溜まってたのね……」
「オレ、こいつを本気で怒らせるのやめよう」
声の届かない騒音の中で、嶺二は決心した。
食器がカタカタと音を立てる。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
あらかた食事も終わり、話を始める。
「思ったよりも早く動いたみたいだからね」
「この振動は……少し、失礼するぞ」
ドン。
空間が揺れた。
そう感じる程に重いナニカが通り過ぎていた。
「……へぇ」
「か、ひゅ!?」
似智得には問題なかったが、近くにいた妹の凛音が問題だった。
まるで、身体が重機に押し潰されて、中身が全て押し出されてしまったかのような──
「『父なる愛は子に届かず』」
「げほっけほ!」
「ああ、すまない。そこまで気が回らなかった」
言ってしまえば、人に反応する感情のソナー。
大質量の感情を波紋上に叩きつけただけ。
その重さに、彼女は耐えきれなかっただけ。
(カナデ、園実、嶺二、イヴ。隠れてリリさんに、遠くにマリン。けど、イヴの中にムクロとヌエの気配もあるな)
「──愛されてるね」
かけられた声に、思わず首をかしげる。
「愛されている……?」
「やっぱり、気づいていなかったか。だから君を招待したんだ」
両手を広げて、似智得は告げる。
「──『ラグナロク』に入らないか。このままでは君は、間違いなく死ぬよ」
ハイ、似智得君です。
個人的に気に入っているキャラです。
聡い人は何処の誰から持ってきているかわかる人もいるハズです。




