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裏話:最強の一角

本編に繋がる裏で起きていた話です。

今までどうして彩人の血縁者が出てきていなかったかも少しだけ触れています。

「ふんふふん、ふんふんふ~ん♪」


調子の外れた鼻歌が響く。

いくつもの数字が描かれたカラフルなコートを着た女が、足軽に道を進む。


牽かれる旅行鞄も相まって、旅行から帰ってきたばかりなのがわかる。


「ひっさしぶりのニッポン〜! my angle あ〜んど……? うーん、アレは天使ほど純白でもなければ、無慈悲でもない。悪魔というには清純で、慈悲が足りない」


どう愛称をつけるべきかと悩んでいるうちに、その家へたどり着く。

その家に掲げられた名は──『多色タシギ』。


その敷地を跨ぎ、インターホンも鳴らさずに扉へ手を掛ける。


「鍵? えーっと、どこにしまったっけ? ま、いっか──『0110011100……』っと、開いた開いた」


人差し指でくるりと円を描けば、ガチャリと鳴って扉が開く。


「おかえり、おと──えっと、だれ?」


父を迎えようと現れたのは、この家の娘。

現れたのが父でないことに戸惑う少女だが、女はにっこりと笑う。


「ひっさしぶりだねぇ~、マイ、エンジェ~ル!!」

「わ、っちょ!?」

「あら、お久しぶりです。義姉さん」


少女を抱きしめ、撫でまわす女をそう呼ぶ声が一つ。


「おかあさん! え、じゃあこの人は順子かずこお姉さん!?」

「あら、彩乃ちゃん! 元気~?」

「ええ、おかげさまで」


そこには笑顔があった。

幸せな家族の形があった。


「あれ、男勢はまだ帰ってないの?」

「夫ならそろそろ──」


その言葉の直後、扉が開く。


「ただいま──姉ちゃん!? なんで!?」

「やっほー。私の天使ちゃんに会いに来たのよ」

「いや、ウチの子だけど」


心底楽しそうな姉と面倒そうな弟。

それは次の言葉が聞こえるまでだった。


全員・・帰ってきた事だし、ご飯を作りましょう! 折角ですから、義姉さんも!」

「全員、ね。愚弟、ちょっと話がある」

「あ、ああ。彩音、お母さんを手伝ってあげなさい」


姉弟がそこから離れ、別室のドアを閉める。

万が一にも、会話が届かないように【防音】まで施して。



「すまねぇ、姉ちゃん!」

「謝罪が聞きたいんじゃない。何があった?」


先程までの笑顔を無く、淡々と尋ねる。


「彩人くんは、どこにいる?」

「……ここには居ない。この家から追い出したんだ」

「彩乃ちゃんに【記憶改竄】までしてか?」

「仕方なかったんだっ! そうしなければオレたちは、彩乃は"壊されていた"!」


最初は懺悔。

次は訴えだった。


「アンタ、私が防音しているから良いものの……」

「耐えられなかったんだ。あの子の想いに……オレは、選ばなきゃならなかった。子のために愛する人を失うか、愛する人のために子を追放するかしか無かったんだ!!」


どちらかしか選べなかった。

どちらも取ろうとすれば、確実に全てが終わっていた。


「だから──」

「"そんな事はどうでもいい"。私が聞きたいのは今、彼が何処にいるかだ」

「住んでるとこか? なら隣町の……」


告げられた内容をメモに書き記し、仕舞う女の眼は冷たい。


「それで、最近彩人くんに会いに行ったのはいつ?」

「それは……? あ、れ? い、いや、違うんだ! 生活費だって多く出している! 決して、決してオレはアイツを──!」

「言ったはずよね。私は、彼から絶対に目を離さないで、監視下においておけって」


掛けられた圧に思わず男は膝を着く。

一切の抵抗が意味の無いほどの力の差があった。


「言ったはずよね。私が、アンタに! 他でもない私が! アンタに! 託したっ!」


言葉の度に重さが増し、これ以上無い程に地面と密着する。

それはまるで、許しを乞う罪人のよう。


順子かずこお姉さん! そろそろご飯できるよー! お父さんも!」

「──は〜い!もう少ししたら行くからね〜」


重圧が消える。

扉の向こうから聞こえてきた声に意識が外れたのだ。


「アンタがこのことをどこまで重く受け止めてるかわからないから、私が日本に帰ってきた理由を教えてあげる」

「仕事が、終わったからじゃ……?」

「日本で【魔王】確認の報があった。それも【原罪】が一つ、【色欲】の、ね」

「……は? ま、待ってくれよ。産まれたての魔王なら、最強の一角の姉ちゃんが出るまでも──」

「私が受けたのは、【色欲の魔王】の抹殺。得た情報の中には配下に上位の夢魔、妖獣鵺鶫。最近の情報だと【人理神話】も加わったって話しよ」


その言葉に絶句する。

【人理神話】はまだ若いながら二つ名を与えられ、実績も常人では届かない域にある魔術師だと有名だからだ。


曰く、紛争に巻き込まれた際に一人で全てを終わらせた。

曰く、学会に出された『人理神話論』は今まで空想でしかなかった人類の『神化』への道を示した。

曰く、原罪が【怠惰】の弟子である──


いくつもの曰くを持つ、知らぬ者はモグリとされる程の魔術師だ。


ジュン、アンタはこの家を守ってなさい。そのために全てを擲ったんでしょ?」

「いや、そうだが……」

「アンタが魔術師としての私を嫌っているのも知ってる。それでも、守る手伝いくらいはしてあげるわ」

「……ありがとう。彩人くんにもよろしく伝えておいてくれないか」

「それは自分でやりなさい。結果はどうなるかは知らないけど、ね」




メモに記した場所に赴いたのは翌日だった。

しかし、呼び鈴を何回鳴らしても誰も出てくる気配は無い。


「やっぱり居ないか。ああ、すみません。ここの住人は?」

「数年間は居ないよ。その前は居たかもしんないけど、アタシは知らんね」

「そうですか。ありがとうございます」


愛想のない老女に礼を言いながら、思考を巡らせる。


(彩人くんはここには居ない。でも仕送り先の指定はここになってるから……っと、なにか来たか)


空間の揺らぎを感じ取り、身を隠す。

物陰から現れたのは、一体の夢魔。


「まっおー様の、たっめっにー? はったらくわったしは、よっい、配下ー!」

(早速手掛かり発見。あからさま過ぎて罠を疑うわね)



おかしな歌を歌いながらポストを確認する夢魔。


「褒めてくれるかなー、残り香だけでも頂ければなー。わたしも中級くらいになれるかなー!」

「その話、聞かせてもらえるかなー」

「っ!?」


空間が破裂する。

しかし、その震源にいた順子は無傷だった。


「夢幻を用いた空間震か。夢現ゆめうつつの挟間に生きる夢魔故の業か。その力技、力量だけなら上級足りえる」

「魔術師……組合の回し者ですか。魔王様にお目通りすらできない下級配下の私ですが、負ける気はありません」

「へぇ、そう──『指定記号コードi』【虚数世界構築イマジナリィ】」


詠唱が終わった時には、すでに世界の色が反転していた。


「『虚数次元』!? 【人理神話】と同じ……?でも、展開が早すぎる!?」

「へぇ、あの子も使えるようになったんだ。まあ、オリジナルは私だけど、ね!」


コートに刻まれた文字が輝く。

輝いたのは、『×』と『111』。


「封印解除は三桁で二進数だけど──『存在強度×7』【身体能力7倍】」


大地を蹴った。

直後に夢魔の姿が消え、代わりに順子の姿がそこにあった。


「【擬似転移】……あやふやな空間ではさすがの夢魔ねー」

「現実と隔離したこの空間でなければ今ので死んでたよー」


振り抜かれた拳の先の空間が撓んでいた。

ここが虚数世界という存在しない空間でなければ、拳の先には大きな穴が開いていただろう。


「この魔術はね、私が現実世界で戦ったら周囲一帯が更地になるから"仕方なく"開発した魔術でね」

「……!」


ジリ、と夢魔が後ずさる。

今の程度の一撃なら、更地になるのは程遠い。


「二桁、10進数。『存在強度×10』今の封印だとこれが限界だけど──少しずるをしよう。もう一度『存在強度×10』」


一歩踏み込む。それだけで世界が揺れた。

突き出されていく拳がやけにゆっくりで──それは周囲の世界すら巻き込んでいくものだった。


(うっわー、これはまずいわー。姉さまヘルプ! しっかり拾ってねー!)


吞み込まれる直前、夢魔の姿が解けるように消えた。


「……夢の世界に溶けた?世界に溶けて消えて──いや、【魔王】かその直属の配下にサルベージしてもらうのか。マーキングを辿るか」


コンパスを取り出し、空を見上げる順子。

拳を振り抜いた場所から、一直線に何もかもがなくなっていた。


「存在力100倍はやりすぎたかしら? 周囲の世界を巻き込みすぎたわ」

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