相対
刃を手に、目標に迫る。
親愛なる者を惑わすそれに向けて駆けだす──
その腕を掴んで止めるのも、親愛なる家族だった。
「兄、さま……」
「ダメだよ。今の彼に想いを向けてはならない」
そのナイフを取り上げて懐に入れた少年は、その足で目標に向けて歩みを進める。
「やあ、元気かい?」
「お前は……『志頭 似智得』」
「そそ、最近はどうにも忙しくてね。君との会話の時間が取れなかったんだ」
そういう似智得だが、その眼はどこか推し量るようであった。
「少し見なかったうちに雰囲気が変わったかな?」
「そうだな……何というか、少し世界の見方が変わったんだ」
神秘側の人間でない他者に真実を言うわけにもいかず、言葉を変える。
「ふむ、そういえばこの前の茶会の約束を覚えているかい?」
「ん、ああ……そういえばそんなこともあったか……?」
「近いうちに誘おうと思ってね。こちらから声をかけるから、そのときは快く受け入れてほしいと思ってね」
似智得そう言い残して先に行く。
この時の彩人はその『茶会』が事件引き起こすなんて、知る由もないのであった。
その誘いが来たのはその放課後。
クラスメイトに委員会の仕事の手伝いを頼まれて、帰りが遅くなった帰り道。
「やあ、ちょいといいかい?」
物陰から現れ声をかけてきたのは、無精ひげを生やした生気に欠ける男。
そんな男が軽薄さを隠さずに、煙草をふかしながら歩み寄る。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど──」
「その前に、その煙を向けないでもらえるか? どうにもその煙は好きになれない」
男が歩みを止め、口元をゆがめる。
「なんだ、バレちゃったか。魔術師としては初心者だって言うからこれで通じると思ったのに」
「わざと気づつかどうかのギリギリを責めたんだろう?」
「なるほど、魔術知識からじゃなくて感情を読み取ったのか」
面白そうな表情をしていた男だが、その余裕は最初だけだった。
見えない角度から針を飛ばす。
その針を【重み】で叩き落す。
地を蹴り、懐に飛び込もうとした男だったが、何かを感じ取り後退。
直後に先ほどまでいた地面が陥没する。
「お前、何がしたいんだ……?」
「うひゃあ、これは魔術の腕以前の問題かぁ!」
(なんて言ってみるけど、これは向けられた感情に同等の感情を反射でぶつけてるだけだね。単純故に強く、対処が難しい──っと、違う違う)
「待った待った! 今日のおじさんは戦いに来たんじゃない! えーっと、 ボスの伝言は──そうそう!『茶会へおいで、オトモダチも招待しておくよ』だったかな?」
その言葉に彩人の眼が鋭くなる。
「そこまでして、俺の気を惹きたいか?」
「おじさんは違うよ。どっちかというとウチのボスがね」
「興味がわいた。ああ、君の主人も、それに従う君にもね」
不可視の重圧が男を襲う。
僅かに漏れ出した想いが重さを創り出す。
(これは……ボスが興味を出すわけだ。嬢ちゃんが警戒するわけだ)
「行くんだろう? 早く連れていけ」
「ン、ああ……」
興味を持ったと薄ら笑いを浮かべる彩人に、嫌な気配を覚える。
(なんだ? 良くないモノに目をつけられたような感覚は……)
まさか、と視線を向ければ、近くの八百屋でなぜかリンゴを買う彩人。
「まさか、ねぇ?」
「──彩人がいない?」
その連絡がカナデに届いたのは日が落ちて少ししてからだった。
「って言うか、なんであんたが私の番号知ってるのよ? イヴ」
『アンタのとこの半魔のメイドと彩人様のメイドがメル友だからね』
「何それ知らないんだけど!? ってそれは後にしてよ。どういうこと?」
『彩人様につけていた監視……じゃなくて観察用の使い魔が見失ったの。恐らく魔術的な妨害をされたわ』
ケータイを肩と耳で挟みながら、内容を聞いて身だしなみを整える。
「言い直しても問題発言よソレ。ロスト位置は?」
『学校近くの八百屋付近。追跡機の反応もロストしてる』
旅行鞄を開き、魔術道具一式を確認して閉じる。
「留意事項は?」
『探知特化の使い魔がダメにされてる。恐らく探知妨害力の高い存在か、組織活動の可能性がある』
「魔術組合への連絡は?」
『できるわけないでしょ? こちとら魔王様とその一行よ』
そう言えばそうだった、と思いながらコート型の霊装を纏う。
外に出て、ポストから手紙が見えて手に取る。
「相手がわかったわ」
『なんですって?』
「相手は『ラグナロク』。アナタのいた反社会魔術組織ね」
『な、んで……わたしの、せい……?』
「さあ?とにかく、最悪の可能性を考えて全戦力で出るわよ」
無論、『対魔王戦力』も総動員すると告げて電話を切る。
「聞いてたわねメア。他のみんなに連絡を」
「畏まりました。カナデ様は?」
「私は封印の限定解除を行うわ」
「それは……魔術師組合を敵に回すかも知れませんよ?」
「今更よ。この際だから、彩人くんに拾ってもらおうかしら?」
魔王軍の一員として、と告げるカナデは弾むようで。
その目には『絶対に連れ戻す』という意志があって──
「カナデ様は、大切なものを見つけられたのですね」
小さなその呟きは誰にも届くことは無く、少しの涙を拭うその姿は誰の目にも留まることは無かった。
──装飾された廊下を歩く。
先導するのは、廊下に不釣り合いな不精の男。
後ろを歩く少年の方がこの景観に合っているようにすら思える。
「あんちゃん、堂々としてるねぇ」
おじさんが初めて来た時はキョドっちゃったよ、と告げる男だが、軽い言葉に胡散臭さを感じてしまう。
「嫌いじゃないんだよ、こういうのはさ」
「へぇ、そうかい。ここにあるのが全てニセモノだったとしてもかい?」
「真贋はあまり関係ないんだ。そこに愛があればね」
男はどうにも、少年との会話の節々に薄ら寒いモノを感じてならなかった。
(ボスもそうだが、見えているモノや視点が違うってのかね)
「ところで、なんでリンゴなんだい?」
「手土産だ。何も持たずに招待を受けるのも居心地が悪いだろ」
常人には分からないナニカを感じて、目を背けて歩みを進める。
「この扉の向こうでボスが待ってる」
「お前は?」
「おじさんは招待されてないからね。ここから先は超人同士で、ってことで」
扉が開かれる。
長い机の向こうに、その男はいた。
「ようこそ、ツァラトゥストラ──『一色
彩人』」
「お招きありがとう、『志頭 似智得』」
大仰に手を広げて迎え入れた似智得に、皮肉混じりに返す彩人。
「立ち話もなんだ。座ってくれ」
「茶会と聞いてきたんだが、晩餐だったか?」
「茶会をするにしては時間が遅かったからね。変更はこちらの落ち度だ。気にせず楽しんでくれたまえ」
始まるのは、晩餐という名の常軌を逸した者達の対談。
その内容を正しく理解できるものはひと握りだけ。




