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その愛は誰が為に

「はっ、はぁ……っ!?」


息が、乱れる。

押さえつけようとして、更に苦しくなり喘ぐ。


「こんなモノ、今までの俺はどうやって……!」

『よう、彩人殿。加減は如何かな?』


中身の無い動く甲冑。

色が反転した世界の中でも、声の主は異質だった。


「ムクロ……今の俺に寄るな……!」

『ふむ、では其方の不埒者は如何為さる?』


いつの間にか背後から忍び寄って来ていた異形。

それを指摘する言葉に、彩人の口が動く。


「■■■■■」



異形の足が止まる。

足元に広がった『黒』に膝まで呑み込まれていたのだ。


『ア』

「■■■■■」


一瞬だった。

とぷん、と【言葉の重み】で黒い沼に消えていった。


「いま、俺はなんて言った……?」


その光景に唖然としていたのは彩人の方だった。


「俺は今、何を口にした、何を望んだ、何を求めた」

『……それすらわからなくなっておるのか』

「ダメだ、寄るな……!」


彩人の影が伸びる。

ムクロの足元を目掛けるそれは、届く寸前でムクロに切り裂かれる。


『【影断カゲタチ壱式】』

「ア■シ■■」

『むむっ──【無斬ムザン参式】!』


天に向けて大太刀を振るう。

発生した重みが、言葉の歪みごと断ち切られる。


「──っ、──!!?」

『影を断ち、身を断ち、無を断つ。その先もあるのだが……参式で喉まで届いたか』


喉に薄らと線が走り、声が出せなくなった。

それでも、その身を焦がす思いは止まらない。


「──、───」

『ふむ、これはどうしたものか……』


彩人の影が持ち上がる。

鎌首をもたげる様にうねり、牙を剥く。


『ほう、蛇か──【影断】』


一刀両断。

されど分かたれた蛇はそれぞれが頭となり、襲い掛かる。


『【身切弐式】──これでも足らぬか。【無斬参式】』


八つまで分たれ、若干震えたがそれだけ。


『カカ、カカカカカッ! そうか、足らぬか!』


笑いながら身を躱す。

躱しながら、蛇に一太刀浴びせて行く。


斬り、斬り、舞い、舞う。


『紙に一重、重ねて二重──』


唄いながらのその様は、まるで神話の一幕のよう。


『都度、かさかさかさね。十二単ジュウニヒトエは転じて──【慕狩斬否モガリギヌ】!』


蛇に刻まれた斬撃が輝くと同時、彩人にも斬撃が刻まれる。


『手足の健に精神性の斬撃を刻んだ。肉体だけでなく妖術の類も使えまい』


動けなくなった彩人の首筋を柄で殴り、意識を飛ばす。


『掠っただけでこれとは……そう言えば【言葉の重み】は精神作用系の呪術だったか』


担ぎあげたのと逆の腕が落ちる。

鎧ながら損傷は見当たらず、外傷によるものでは無い。


『しかし、正気でなくてコレか。末恐ろしいな』


もし魔術師としての研鑽を積み、技術を得たならば。

彼はどれ程の領域に至るのだろうか。


『カカ、歪であれ【原罪の魔王】か。ヒトの技を教えるより、業を教えた方が化けそうか』


カカカと笑いながら、ムクロは彼の家へ連れ帰るのであった。








──落ちる、墜ちる、堕ちる。

何も無い真っ白な空間をただただ落下する。


手を伸ばせども、天に輝く陽には届かない。

下を見れば、何処までも広がる砂の大地。



視界がブレる。

湧き出す源泉、浸る大地に降り注ぐ雨。


それがかつて、この場所がそうであったという記憶。


「……そんなもん、俺にどうしろって言うんだよ」


かつて源泉のあった場所は真下で、大きな石で塞がっている。


その石をまるで無いかのように通り抜け、更に落ちた。



速度が緩まる。

空中から水中に落ちたみたいに、落ちると言うよりも沈む。



深く深く、さらに深く。



蓋をする石のヒビから、光が見えて手を伸ばす。

だけどもそれは無駄だと言うように。



遠く遠く、まだ遠く。



ふと、気配を感じて下を覗く。

真っ暗な闇の中から、獣の様な声がした。








『……大丈夫か、姫さん?』

「ええ、どうにか……」


力無く笑うアマリリスの顔色は悪い。


「すこし、食べ過ぎてしまって……」

『夢魔であってもコレか』


夢でヒトの感情を喰らう悪魔の一種である『夢魔』。

であるのにも関わらず、彼女は彩人の感情を食べ切れなかった。


『無理はするでない。彩人殿はそれを望まぬだろうよ』

「それでも、このままだと嫌な予感がするのよ」

『ほう?』

「『deep、deeper、deepest』。彩人さまが譫言うわごとの様に呟いていたの」

『深く……ん?』

「直訳で『深く、もっと深く、最も深く』よ」

『む、そうか。拙の身に宿る霊はこの国の古い者が多くてな』


そのせいで英語がわからないのだと言うムクロに呆れるアマリリス。


『然し、『深く』か。不穏よな』

「ええ、魔王の資格持ちとあらば尚更ね」


二人とも魔の道に生きるものであるが故に、事の重大さを理解していた。


『果てさて、魔道に落ちるか邪道に走るか。はたまた外道か? カカ、楽しみだのう』

「どの道を選ぶにしても、私は彼に仕えるだけ。そうでなければ救われないもの」


アマリリスは『誰が』とは言わなかった。

彼女にとって何よりも優先される対象はひとつだけ。


「だからもしアナタが敵に回るというのなら殺します」

『カカ、出来るものなら……と言いたいところだが遠慮しておこう』

「ええ、それでいいわ。主を幸せに出来ない道具なんて不要だもの」

『姫さんには彩人殿が全てか』

「ええ、勿論。この世界全ては彼の為に。私の世界は彼、彼の願いは私の願い。だから、だから──」


心の底から願う。


「どうか、幸せになって下さい。救われてください」

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