私は伝える者である
第一章が終わりましたら、一度登場人物紹介や魔術紹介もやりたいですね。
「綾人、戦わなけりゃいけないのは空気でわかる。けど、結局カナデはどうしてああなってるんだ?」
いざ戦いが始まる局面で、嶺二は疑問を口にした。
「……そうか、知らないのか。荒屋敷、君の『眼』なら見えるだろう?」
「パッと見だけでも、複雑すぎて理解するのに時間がかかるわ」
「わかった。なら──『此方より、』【親愛なる貴方へ《Dir i U》】」
使う魔術は『言葉の重み』。
彼が使える魔術は、カナデの教えたそれだけ。
「解析開始、術式特定。種別:『原始呪術』。魔術名:『言葉の重み』。対抗魔術を構築──」
「さて、これて少しは時間を稼げる」
「ありがとう。恐らくだけど、カナデの代名詞である魔術【人理神話】がカナデの体を乗っ取った」
「なら、さっき名乗っていた『マキナ』ってやつがカナデの体を?」
「理由はわからないけど、【人理神話】という魔術そのものが自我を持って、何かの目的をもってのとったみたい」
「荒屋敷、君にはそれが見えるか?」
「見ようと思えば見える、けど──っ!?」
「残念、時間切れだ」
彩人の魔術が『マキナ』によって解除される。
同時に、膨大な魔力が吹き荒れる。
「少し手古摺りました。まさか、単一の感情だけであれほどの重みを生み出すとは。単純故に、解除に時間がかかりました」
「十分だ。あとは答え合わせと行こうか。リリ!」
「はい!」
呼び声に従い、背後に現れるアマリリス。
「聞いてきたね?」
「はい」
「みんなに共有できるね?」
「お任せください」
アマリリスは下がり、目をつむる。
『できるか』と訊かずに『できるね』と確認の言葉。
そこはかとない信頼を感じて、思わず口元が緩む。
(皆様、聞こえますね。私、アマリリスが脳内に直接語り掛けています)
夢魔のチカラを応用して、ここにいる人類に語り掛ける。
(まずはじめに、あなたたちの勘違いを訂正しましょう。『古登 カナデ』が先に生まれたのではありません。先に【人理神話】が生み出されたのです)
「それって……」
(古登家が『古登 カナデ』という肉体を用いて、神に至る神秘を生み出そうとした結果、生み出されたのが【人理神話】の前身)
「なら、カナデは……」
(【人理神話】が生まれることを拒み、代わりに『カナデ』という人格を生み出した。滞りなく進んだ儀式であったが、望む神秘を得られなかった古登家は失敗作であるカナデを遠くに置いた)
「それは……」
「──それのどこに問題があるっていうんだ?」
沈みかけた感情を、彩人の言葉が引き上げる。
「それとも、お前たちは『可哀想』だとわかった気になって蔑むのか?」
違うだろう。
お前たちは違うから、彼女と一緒に魔王に立ち向かおうとしたんだろう?
「人理神話:『人のアルケーは火である』」
「ぬるい、ぬるいぞ! 【神無焔】!」
マキナの生み出した炎を、嶺二は焔の拳で打ち払う。
「人理神話:『人のアルケーは水である』」
「ちっ、荒屋敷!」
「ったく、情けないわね! 『凍結弾』!」
うねるように現れた水を、園実の弾丸が打ち抜き凍らせる。
「人理神話:『必要な勝利が為の剣』【偽・外理剣《ExCollbrande》】」
その一瞬で、マキナが生み出したのは一振りの銀剣。
「レプリカ? いや、だとしてもアレは──エクスカリバー?」
あっけにとられたようにつぶやく園実。
彼女の目が捉えたそれは、過去の英雄が振るったとされる『聖剣』。
「どっちにしろ、あのエネルギーだとここら一帯が吹き飛ぶ!!」
弾丸はマキナの張っている障壁に阻まれ、嶺二の拳は届かない。
そして無造作に振り下ろされるは、膨大なエネルギー兵器。
「──私が斬って、後に接ぐ。『鬼道疾走』【全坤・薙】」
片角だけが生えかけた童子が、刀を薙ぐ。
衝突、激震。
「童子ダメ、それじゃ足りない!」
「それでも、私のすべてを懸けてでも──」
「まったく、バカなんじゃないの? そんなの、私たちの主人が許すわけないでしょう?」
罵倒しながら、イヴが手を伸ばす。
「『他者を理解できなかったがゆえに、その剣は答えるのを止めた』【愛失無力】『あなたが他者を愛するために戦うのなら、私はあなたの力になろう』【勧愛助力】」
【愛奉報愛】と名を変えた彼女の魔術は、その名の通り愛を奉じ、愛に報いるもの。
故に、仲間を守ろうとした童子に恩恵を。
故に、仲間を傷つけようとしたマキナに喪失を。
「くぅっ!?」
「きゃあっ!」
それでも、僅かにだが押し負け、減衰した斬撃が彼女たちを襲う。
「『今は、今だけは。他の何にも目を向けず、私だけを見て欲しい。その代わり私が全てを受け止めよう』【一身収愛】」
斬撃の軌道が逸れて、向かう先は綾人1人。
減衰したとはいえ、綾人はその斬撃を身体で受け止めた。
「ごふっ」
「綾人!!」
「まだ大丈夫だ。少し待てば治る。それよりも、このままだと厳しいか」
自分の怪我には目もくれず、園実へと歩み寄る。
「荒屋敷、空の術式弾はあるか?」
「一応、スペアなら」
「くれるか? 現状を打開する術式を埋め込む」
「あんた、『言葉の重み』しか使えないんじゃ……」
『術式弾』はその名の通り、術式を埋め込んだ弾丸だ。
『言葉の重み』は術式魔術ではなく、原始魔術。
どちらかと言うと呪術に近い魔術なのだ。
「大丈夫。長くは持たないけど、それで十分だ。そもそも、鮮度の落ちた『思い』は価値が下がるからな」
手渡された弾丸を手に、マキナへ向かって駆け出す。
「【イロアイ】……!」
「たぶんそれは、カナデにとって受け入れられるものではないよ──【アナタへ《Dir U》】!」
「【心理障壁】、『私は拒絶する』!」
弾丸を握りしめた拳と障壁がぶつかり合う。
そして始まるのは、相手の魔術を破り、自分の魔術を押し通すための詠唱合戦。
「『誰が思う、故にあり』」
「『我思わず、故に在らず』」
「『観測者は箱庭の中を知らず』──故に!」
彩人がもう一歩、前に進む。
その一歩先は、奈落に沈むとわかっていながら。
「『彼方の箱庭を破壊する』【失楽園《Paradise Lost》】!」
彩人の拳が障壁をたたき割る。
しかし、それだけ。そこから先には踏み込めない。
──だってもう、彼は堕ちるだけだから。
「人理神話:『その歌は天使のものでなく、狂える人の叫び声』【偽・地を断つ聖剣《Durindana》】」
生み出された大剣、振り下ろされ、彩人を切り裂く。
かろうじて躱すが、きりもみしながら吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「【イロアイ】、彼方は何という魔術を……」
「彩人……」
「これを、使え」
歩み寄った園実に、血に濡れた弾丸を手渡す。
「これ、は……」
「荒屋敷、お前なら見えてると思うが、これがお前らの思いだろ?」
彩人がやったことは、『言葉の重み』を使いそこにあった『思い』を弾丸に封じ込めてきたのだ。
例えば、嶺二の情熱を。そこに隠れた情景を。
例えば、園実の心情を。そこに隠れた同情を。
例えば、童子の焦燥を。そこに隠れた親近を。
例えば、イヴの憐憫を。そこに隠れた羨望を。
すべてはカナデがマキナに支配されていることに対する感情で。
どれもが『古登 カナデ』と『マキナ』に対する思いで。
「それを、あの子供に叩きつけてやれ……それで、伝わる!」
「でも、それだけの弾丸じゃあ……」
直接的な魔術効果のない『思い』だけの弾丸では、マキナの防護を貫けない。
「だからここにっ、俺がいる!」
血の溢れる身体を無理やり起こし、立ち上がる。
「あんた、傷が……」
「再生に使うリソースすらもったいないんだ。いいか、俺が必ず届けさせる。俺は、感情の『色』を、誰かの『愛』を拾い上げるものだ!」
「……わかったわ」
弾丸を込める。
向ける先は【人理神話】。
「質疑:その程度の弾丸が届くとでも?」
「届くよ。他ならない、彩人がそういったんだ」
『荒屋敷 園実』はここにいる誰よりも、『一色 彩人』の本質を知っている。
そして彼女は、カナデの過去を知ったことで、ここにいる誰よりも『古登 カナデ』を知っている。
だから、彩人は彼女に託し、園実は彼に託したのだ。
「彩人、この弾丸の名は?」
「感情にいちいち名前なんて付けれるか?」
「そうね。じゃあ──【無銘弾:カナデ】」
ドン、と響く発砲音。
空を裂き突き進むは感情の弾丸。
「人理神話:【楽園構築】──失敗。【失楽園】の解析:要時間。術式変更──」
先ほどの【失楽園】によって魔術の構築に隙間ができる。
(多分、これを使ったら俺は歪んでしまうだろう。それでも、いいくらいに俺は、彼ら彼女らを気に入ってしまったんだろう)
戻れないかもしれない。
それでも彼は、さらにもう一歩踏み出す決意をした。
「『私は天秤を傾ける』」
彼の本質は『愛する』こと。
すべてを愛する彼は、誰か一人へ愛を注がず、雨のように愛情を振りまいていた。
──その天秤を、傾ける。
両手を、彼女たちへ伸ばす。
愛しきものを包み込むように。
「『愛は国すら傾ける。世界は愛に飢えている故に。私は世界を満たす者。なれど彼方の為ならば。魂の平穏を、その均衡を歪めようと。私は天秤を傾ける』」
たった今使えるようになった魔術に、全てを注ぎ込む。
「ちゃんと防げよ、2人とも。諸共潰れないようにな──【最愛なる彼方へ《Direst U》】」
セカイが、軋んだ。
あまりの重さに空間が歪み、マキナを押しつぶさんとする。
「お、のれ、【イロアイ】……!」
「受け止めろ。これが俺たちの、お前への『思い』だ」
弾丸が、着弾する──
「ちゃんと話をしてやれよ。カナデ、マキナ」




