少年達と少女達
(──拳を交える度に、研ぎ澄まされる)
拳が綾人の肉を打つ。
体勢を崩すそのままに腰を捻った蹴りを叩き込まれる。
(肉を打つ度に、力が満ちる)
充足した感覚に嫌気が差す。
何故、友と戦って、殴りあって、満ち足りているのかと。
「笑えよ、嶺二」
「何、を……」
「楽しいだろ? 満ち足りてるだろ? 幸せだろ? なら、笑えよ」
折れた腕が治る様を見ながら告げる。
「そんなの……」
「目の前にある幸せから、どうして目を逸らす? お前ら人間は何時もそうだ」
その言葉を聞いて、怖気が走る。
目の前のソイツは今、人間そのものを批評した。
(これが、綾人なのか……?)
その目線は、少しズレた場所からのものだった。
ヒトによってはそれを『深み』であったり、『高み』であったりと評価する。
「俺は今楽しいぞ。被虐も嗜虐も満たされている」
「……それがお前の、綾人の幸せなのか?」
「それは手段に過ぎない。俺にとって、生を実感させてくれる刺激が、『痛み』を愛しいと感じるだけだ」
それは、綾人から零れ落ちた言葉だった。
「変態、か?」
「そうかもな……いや、それも少し違うか。俺は『愛したい』んだ」
「『愛したい』?」
『愛されたい』ではなく、『愛したい』。
求めるのでは無く、施したい。
「そうだ。愛があれば人は幸せになれる、だろう? 愛があれば、人は満たされる。幸せになれる。生きていられる」
全身の毛が逆立つ。
身体が震えそうになる。
「誰もやらないから。誰も気が付かないから。私が全てを愛そう。そうすることで、救われるのならば」
膝が砕けそうになる。
それほどまでに、目の前のソイツが抱えるものは重かった。
「そうかよ」
よくよく考えてみれば、武術を修める者がその技術を存分に使い、高める機会なのだ。
楽しいと感じることは至極当然。
「ああ、俺も楽しんでるぜ!」
迷いはもう、吹っ切れた。
振るう拳に思いが乗り始めた。
「そうだ、何を抑え込む必要がある! ここでは全てが許され愛される!」
ダメージを受ける度に、ダメージを与える度に苛烈になっていく綾人。
攻撃をする度に、防ぐ度に研ぎ澄まされていく嶺二。
『知ってっか嶺二。一念通せば、神にだって届くんだぜ』
どうしてか、【拳鬼】の言葉が脳裏をよぎる。
「ああ、届くかもなぁ。俺だってこんなに高まってるんだ。そりゃあ、ジジイなら神にだって届くだろうさ」
自分はまだ無理だ。
神に届くほどの高みにはいない。
(まあでもよ)
「──お前に届くくらいには高まっているぜ」
「ああ、俺もかなり昂ってる」
今は、今だけは。
乗せられる全てを乗せる。
「俺はお前のこと、嫌いじゃねぇぜ」
「『親愛なる、アナタへ』」
全ては、全て。
命も焚べて、焔へ換える。
思を述べて、重へ換える。
「【神無焔】」
「【アナタへ《Dir u》】」
互いの拳がぶつかり合う──
──どうして?
問いかけても、答えは無い。
──なんで?
答えは無い。
──そうだった。私には誰も居なかった。
──誰かにそばに居て欲しかったんだ。
暗闇の中で鈍く光る。
何かが回り始め、ギリギリと軋む。
──どうして『一色 綾人』は立ち塞がる?
──解答:理解が足りていない為
何かが答える。
──どうして理解が足りていない?
──解答:同じ高みに居ない為。
自分以外は存在しない、内在意識の世界で行われる問答。
──理解するためには。
──解答:同じ高みに至る。
──至る為には。
──提案:交代せよ。
解答では無く、提案。
──問:魔術師名は。
──【人理神話】。
──問:その意は。
──人の理を、神話とするもの。
問答者が変わる。
紡がれる言葉は己が在りよう。
──ならば少し、休みなさい。
──次に目覚めた時にはきっと、より生き良い世界に……
暗闇が晴れる。
軋み、回るは数多の歯車。
「再び合間見えよう。【イロアイ】」
「──『証明:我は全てを解決するモノ』」
虚数の世界が揺れる。
振るわれた拳が行き場を失い、二人はその震源へ視線を向ける。
「嶺二、拳は温まったままだな?」
「ああ。まさか綾人、そういう事か?」
この事態が起こることを予期して、身体を温めていたとでも言うのだろうか。
「途中から忘れて、純粋に楽しんでた……」
「ダメじゃんそれ!」
「刹那的な生き方も、悪く無いなぁ」
さて、と嶺二を置いて綾人はソレに歩み寄る。
「一応、初めまして、かな? 【人理神話】」
「解答:以前あの夜に一度。貴方は寝ていた」
「ああ、あの時か。こんばんは、ようこそ我が家へ。アナタの名前を聞かせて欲しい」
カナデの身体が立ち上がる。
その周囲に浮かぶのは、歯車の如き魔法陣。
「解答:──」
その名は。
「【人理神話《System Mythology》】。改め、【神威外機構】」
物語でも使われる、解決手法のひとつ。
全ての解決者。
人類に対して解決方法を見出すもの。
「マキナか。良い名だ」
「あの日の解答を。我と共に、人理を再編しないか」
「再編、ねぇ?」
不思議そうに首を傾げる綾人。
彼にとっては理解し難い話なのだ。
「この世界には不要なものが多すぎる。しかし、素晴らしき者があるのもまた事実。故に不要なものを捨て、必要な者だけを残して歴史をやり直す」
その言葉に込められたのは、一度滅ぼすという意思。
何もかも要らないものを廃棄し、必要な者だけを保存する。
「まるで子供みたいだ」
「なんだと?」
「カナデも、マキナも。好き嫌いをする子供のようだ」
そうだろう? と言葉を続ける。
「好きだから残す、嫌いだから捨てる。嫌々する子供のようだろう? それにだ。なぜその欠点も含めて愛してやれない?」
だって、そうだろう?
「欠けているのも、愛おしい。満たされているのも、愛おしい。全て、全てがこんなにも愛おしいのに」
だから、手を伸ばす。
そこにある愛おしさに。
「──ああ、だからこそお前たちは愛おしい」
遍く全てを愛せる人間など、存在するのか。
その答えが、『一色 綾人』だった。
「交渉の決裂を確認。これより、【人理再編】を開始する」
周囲に浮かぶ半透明の歯車が回り始める。
魔法陣が回り、魔力が輝きを放つ。
「『遍くを呑むは母なる大海』!」
それを塗り潰さんと迫るは大波。
「『人類史より読解。海を裂き人を導く十戒より』【簡易模倣:モーセ】」
手が触れる。
それだけで大波が裂けた。
「『名に海を抱くなら、共に裂けて道を開け』」
「マズ──」
「『愛故に、拒む心を理解せよ』」
マリンまで裂かんとした魔力を彩人が腕の一振りでかき消す。
「ダメだよ、マリン。ここから先は人の戦いだ。君たちは下がっていてくれ」
「『御意に』」
『ヒュオオ』
下がる妖たちに残るイヴ。
「私は……」
「キミも戦うべきでしょ? 人の子なんだからさ。ほら、童子ちゃんも何してるのさ」
「私は……」
「キミも人の子でしょ? なら戦わないと【人理神話】は納得しない」
『カカカ、言うたろうに。我が主殿はその程度の些事は気にせんとな』
驚いた顔の童子にしたり顔で笑うムクロ。
「さて、荒屋敷。君はこれでもまだ目をそらし続けるかい?」
「ハァ、わかったわ。やればいいんでしょ、やれば!」
やけくそ気味に言う園実。
しかして彼女はこの未来がいつか来ることを知っていた。
「思っていた以上に早かったってだけよ」
欠けた対魔王戦力(in魔王)+α(魔王戦力)が、対魔王戦力筆頭である【人理神話】と戦う。
予想だにしない戦いが始まる──




