刀の少女/異能の少女
『──ふむ、やはりこの剣術は【血啜】の剣だな?』
ムクロと呼ばれた鎧武者は童子と数号打ち合い、ぽつりと呟く。
「血啜?」
『ふむ、本人は知らぬか。この剣の名は? 何処で教わった?』
「名は『光陰外流薙翠剣術』です。【剣聖】と呼ばれるおじいちゃんに教わりました」
『【外流】? あくまでも本筋とは異なると言いたいのか? それはさておき、しかして【剣聖】? カカカッ、この剣を使うものが【剣聖】だと!? 良い、良い皮肉だなそれは!』
膝を叩きながら心底面白い、と笑う鎧武者。
訳が分からず首を傾げる童子を見て、わからねば笑えまいかと成りを正す。
『この剣はな、かつて【血啜】と呼ばれたものたちが使っていた剣よ。人の為に鬼を狩り、力を求め、その末に鬼に堕ちたものの剣だ。かなり人用にダウングレードされているがな』
「……それを知っている貴方は、何者ですか?」
『拙か? そうさなぁ。言ってしまえば、浄土にも行けずに彷徨う霊魂の集合体よ。その中に【血啜】の一族が居る。それだけよう』
どこか寂しげに、されど楽しげにムクロは告げる。
『何の因果か、その剣を継ぐ者が目の前におる。ならば、試して見たくもなるよなぁ?』
雰囲気が変わる。
掴み切れない気配から、荒々しくうねる大河のようなものへ。
『カカ、カカカカッ! 鬼を討つ為に鬼となった剣! ならば、そうあれかし!』
角が伸び、牙が剥かれる。
鎧武者から、鬼武者へと変ずる。
『うむ、生成に近いが、まあ問題はなかろう』
背に手を伸ばし、ムクロの巨体を超える大太刀を手に取る。
「その太刀、どこから……?」
『拙は幽鬼の類ぞ? 在り方に秩序を求めるな』
ジリ、と地を擦る足。
直後、その姿は童子の目の前に。
『──【鬼首堕】』
「──【洗首帷子】!」
首に向けて振るわれた豪刀を回すようにして受け流す。
「【首堕】【腕断】【脚斬】、巡らせ【五肢堕】」
「【洗身帷子】」
都度五回、振るわれた刃を全身を回すように振るわれた大太刀が叩き落とす。
『【大太刀廻】』
「【巡り断風】」
互いに回した刀をそのままに、威力を乗せてぶつけ合う。
『ふむ? 背にしたタイミングで木刀にすり替えたか』
「この刀なら、打ち合っても刃はこぼれないから……!」
『良い、良いなぁ! 【邪喰神楽】!』
「【否祝詞神楽】!」
動きが変わる。
互いに舞うように刀を振るうが、ムクロは格式が漂う舞を、童子はどこか獰猛さを感じる舞を。
『ほう、合わせてきたか』
「そっちこそ、合わせる必要なんてない……!」
『カカ、言いよる……!』
そこから先は、荒々しいチカラとチカラのぶつかり合いだった。
『カカ、カカカカッ! 楽しい、楽しいなぁ!』
「たのしい?」
『何を疑問に思うておる? 娘も笑ろうておるではないか!』
「あは、気づいちゃいました!? 楽しくて楽しくて……!」
笑いながら、互いの技をぶつけ合う。
(楽しくて、楽しくて──どうしてか、今なら使える気がする)
取る構えは先ほど見たもの。
「──【鬼首堕】」
『ぬうっ!?』
首筋に迫る斬撃を滑り込ませた手甲で弾く。
「あは、できた、できちゃった……!」
『む、そうか、貴様も生成か?』
「……へ?」
己の額に触れれば、盛り上がった額。
それはまるで、皮膚を突き破らんとする角のようで──
「これ、は──」
『む、生成に片角か。半生成といったところか? ははん、主殿はだから拙にこの娘を相手させたのか』
戸惑う童子を他所に納得するムクロ。
『確かに、主殿と戦って導かれたら戻ってこれぬやも知れぬからな。おい、娘。お前は主殿のことをどう思う?』
「えっと、聖者様のことですか?」
『む、聖者。聖者と来たか。カカ、まっこと面白きよのう。娘、お前は純粋な人ではないな』
その言葉は断定であった。
人でない、その言葉が童子の心に突き刺さる。
「でも、私のお父さんもお母さんも普通に人間で……」
『ならば先祖返りだろう。血啜は鬼になった一族だ。例えばだが、身ごもったものが鬼になり、その後に産み落とされたりなど、な。鬼の血が混じり、その子孫が先祖返りする可能性はわずかだがある』
言葉を失う童子を見て、はて、と首を傾げる。
『なぜ悲愴に暮れる? ああいや、言いたいことはわかる。人でないが故の排斥を恐れているのだろう?』
その心配は杞憂だと告げる。
『我らが主殿はそんな些細なことで拒絶などせぬ。そうれ、見ていろ。始まるぞ』
その言葉の直後、虚数の世界が揺れた。
腰のポーチから弾丸を六つ取り出し、宙に放る。
「『海より登りて地へと注ぐ。大きな恵みは穿つ弾時雨』」
宙に浮遊した水球から水の弾丸がマシンガンのように園実へ注ぐ。
「──『辿る』」
六発発砲。
【衝撃反射】が込められた弾丸が水の雨の中で跳弾を繰り返し、園実にぶつかる弾丸だけを弾き飛ばしていく。
「望む未来を辿る【未来視】かな☆ああ──うっとおしい」
「アンタこそ、綾人の前とじゃだいぶ違うのね」
「そらそうでしょう。いくら全てを愛してくれるとはいえ、愛しき殿方によく思われたいのは当然でしょう?」
「アタシ、嫌いなのよね。猫かぶってる女って」
落ちてきた弾を、腕を振るって弾倉に叩き込む。
「奇遇ね、私も目をそらす女って嫌いなの」
「あらそう、なら消えな」
弾丸六発、爆破に貫通、追加で爆破。さらに貫通、破壊に崩壊。
「……抜けない、か」
「なんつー、物騒な術式弾を……」
冷や汗を流しながらも揺蕩う水で全て受け止めたマリン。
「水相手に爆破は相性が悪いか。貫通はそこそこ、崩壊は有りか。なら──」
「『うねる大河、揉み込む渦潮。我らは全てを呑み込む大海』」
水が渦巻き、辺りを覆い尽くして園実に迫る。
「【術式】が存在しない? 法則の再現に近いのか。なら──」
込める弾丸は【阻害】【乱流】【流壊】。
二発ずつの計六発を迫る水に撃ち込み、渦を崩壊させる。
(渦は止まったけど、水は止まらない、か。なら仕方ない)
一瞬で自分の立場を理解した園実はその場で両腕をあげる。
「……なんのつもり?」
「降参よ、降参。勝てない戦いはしない主義なの」
「お仲間を見捨てるのかな?」
「アタシはどちらかと言うと傭兵に近いの。今回の対魔王戦力の事も雇われの形だからね」
水はマリンの元へ還り、警戒しつつもどこか落胆した様子だ。
「アナタの主は敗北を認めた者を殺すのかしら?」
「……いいでしょう。ならまず、その手のエモノを捨てなさい」
「ええ、言う通りにしましょう」
リボルバーが手から離れ、落ちる。
──実を言うと、このリボルバー銃の装弾数は七発である。
つまり、弾倉にはもうひとつだけ弾が残っていて、園実はどういう風に銃が落ちれば暴発するのかが見えている。
落下と同時に暴発する弾丸。
行先は勿論、目の前の敵へ。
「この程度の不意打ちが効くとでも?」
うねる水が当たり前のように弾丸を受け止める。
──そして園実はこの時を待っていた。
「? なに、水が……」
宙に留まる水が不自然に揺れ、地へ落ちる。
「【干渉阻害】!?」
その弾丸は文字通り、何かに干渉することを阻害する術式。
ずっと込めたままにしていた七発目の弾丸は、最後の八発目を確実に当てるための布石。
ポーチの小さなポケットから弾丸をひとつ取り出し、宙に放る。
特殊な術式が刻まれた弾丸は、今までリボルバーに込めていた弾丸よりも大きい。
故に彼女は腕を伸ばし、その腕を支え、デコピンの形をとる。
「──消し飛べ」
落ちてきた弾の信管を撃ち抜く。
昏らき赤の閃光がレーザの如く突き進む。
放たれた弾丸は【虚実崩壊】。
虚数空間でしか使えないという制約はあるが、触れたものに虚数単位【i】を掛けることで負の実数倍にするという術式。
触れた場所のエネルギーを反転し、触れていない場所のエネルギーと対消滅させるものだ。
(水での防御、回避、間に合わな──)
『ヒュオォ』
当たる寸前、蛇が絡め取り宙を舞う。
「た、助かった、ヌエ先輩……」
『ヒュゥ』
「すみません、油断しました」
申し訳なさそうなマリンと顔を背ける鵺。
「他にも助けがいるか?」
「……イヴか。ここに居るってことは、他は問題ない様ですね」
「『アラヤシキ』がホンモノなら、【人理神話】の次に危険だろ」
増援は鵺と【魅了傀儡】改め【愛棒報愛】。
(奥の手で仕留め損ねた。加えて増援……どうしたものか……)
転がったリボルバーに手を伸ばしたところに、雷撃。
『ヒュゥオ』
「あら、さすがヌエ先輩。良く見てますね」
「マリンさん、ヌエ先輩が凄いのはわかりますが──って、ああ、ああっ!? ちょっと、マズイですよ!?」
慌てるイヴに、その場の全員の視線が向く。
『ヒュゥ……』
「うわぁ☆コレはさすがに……」
「一応、念の為──『愛すが故に、囲いて留め、愛でる』」
即席ではあるが、四方を壁で覆い蓋をする。
「アレがマズイで済むものかッ!?」
万が一の護身用にしていたデリンジャーを抜き、目の前の地面に撃って隔壁を生み出す。
直後、虚数の世界が揺れた。
(ああ、マズイ、コレは尋常じゃなくマズイ。このままでは、目を覚ます──)
「コレが貴女が目を逸らした結果よ。『アラヤシキ』」
氷のように冷たく言い放つのはマリンだ。
「せめて、結末だけでも目を逸らさずに見届けなさい☆」




