ようこそ我が家へ
要望がありましたので、一章を書き終えても気分次第で投稿を続けることにします。
因みに感想をいただけるとやる気が出て書くペースが上がります。
「よし、集まったな」
月すら隠れた闇夜の中に、対魔王戦力である彼らは集まっていた。
「カナデ、その格好寒くないの?」
園実が問い掛けるのも無理はない。
今は冬間近で、カナデの格好はぴっちりとしたスーツの上にコートを羽織った何とも言い難い姿であった。
「別に寒くはないわ。バトルスーツにもコートにも、無数の魔術が組み込まれた決戦装備なのよ」
「パッと見露出魔だけどな」
「おいコラクソ嶺二。今の私はお前を蜂の巣にできるってわかって上で言ってるのよね?」
気にしていることを指摘されたカナデは手で銃を象り、魔術を行使する寸前だ。
「綾人! この露出魔から距離をとれ!」
「最近魔術を満足に使えていなかったから、良い準備運動になるわね!」
わーきゃー騒ぐ2人を他所に、綾人に園実が近づく。
「ありがとう、綾人。ああやってカナデが生き生きしているのは久しぶり……」
「良かったね。だけど、俺は礼を言われるような立場じゃない」
「……綾人?」
今までの綾人はカナデのことを思って行動していた。
だから、礼を言い、感謝を伝えたのだが──綾人の顔は晴れなかった。
むしろ、今日の雲に陰る月夜の様に──
「カナデさん、やっぱり不調だったんですね」
そんな思考を叩き斬ったのは、もう一人のメンバーである童子。
「私も高校受験が控えてますから、なかなか協力できなくて……」
「完全に解決した訳じゃないの。今のカナデは綾人の傍でしか魔術を魔術を使えない。せめて、理由が分かればどうにかなるかもしれないけど……」
「まあ、【聖者】様ですからね! 何ら不思議は無いです!」
彼女の意見は参考にならない。
綾人が幾らか前に倒れている彼女を助けたことがあったからか、彼女は綾人を【聖者】だと言い、全面的に信頼している。
(──まだ、わからない)
それは気休めにしか過ぎないかもしれない。
それでも、どうにかならないのかと思考を巡らせる。
「どうしたんですか? 【聖者】さま?」
「よくわからないけど、【聖者】扱いはやめて欲しい。普通に名前で呼んで貰いたいかな」
呼び名を訂正させながらカナデ達に声をかけ、移動し始める。
「目的の場所はカナデが覚えてるってことでいいんだよね?」
「ええ。大体の位置取りなら実世界からでも近づけるけど……あまり近いと虚世界に移動する時にバレて、奇襲をかけられるから少し手前の──うん、ここら辺ね」
そう言って立ち止まったカナデは懐から試験管を取り出し、中身をぶちまける。
「──『世界指数想定、仮想制定。私は世界に虚を見出みいだす』」
詠唱を紡ぐ。
それは世界の表から異なる地を観測し、重ね合わせ、移動させる為の言葉。
撒かれた液体か輝き、蠢いて方陣を象る。
「『虚数世界観測。世界は流転し、虚構に沈む。【虚数侵界《Imaginary Around》】!」
世界の色が反転する。
世界の境界が歪む。
捻じれ、狂い、流転し、転回する。
虚の境界を超えて、世界が沈む。
まるでヴェールに覆われたかのように、されど確実に一線を超えた。
「園実、敵影は?」
「無しね。ここら辺一帯、木っ端の妖魔すら見えないわ」
「……それはそれで異常ね。各自、警戒は解かないで」
カナデの言葉に従いながら進む一行。
「念の為確認しておくわ。ここは【虚世界】。【実世界】の写鏡だから基本的な建造物なんかは一緒だけど、【虚世界】で何をしても基本的には【実世界】に影響は出ない」
特殊な魔術を使ったりしたら別だけど、と補足しながらも説明を続ける。
「今私たちがいるこの【虚世界】は【魔界】の一種。ガワは実世界そっくりでも中身は違う。もっと言えば、虚世界で異常に見えるものは実世界の異常よ」
「他のみんなは【魔王】と対面したって言ってたけど、【魔王】の居た場所はどうだった?」
【魔王】の居る所なんてのはこの際、最もわかりやすい異常だろう。
しかして、その問いに答えられるものは居ない。
「見えなかったの。黒いモヤのようなヴェールに覆われてて……」
「そうか。なら仕方ない」
「……? まあいいわ。こっちよ」
どこか綾人に違和感を感じて。
それでも、これから【魔王】の前に立つと言う緊張感から気にする余裕もなくて。
だから、気が付かなかった。
──カナデが案内するよりも早く、綾人の葦が目的地に向かっていたことに。
「おかしい……雑魚の妖魔の気配すらない。隠れてるわけじゃない?」
不気味な程の静寂。
木々の騒めきも、虫の囁きもない。
「カナデ、ここなんだな?」
「そう、ここで私達は【魔王】と会った」
問いかけたのは綾人で、答えたのがカナデ。
「このヴェールの向こうに、【魔王】がいる」
眼前には黒い靄に包まれた、大きな何かが隠されていて。
戦う為に来た訳では無いが、緊張感に支配される面々。
「そうか」
誰もが動かない中、綾人だけが極自然に歩みを進めた。
「一色くん!?」
「綾人! 待てっ!」
制止の声を気にも留めずに進めば、ヴェールの一部が剥がれ、門が開かれる。
──そこに居たのは一匹の夢魔。
「まさか既に、夢魔の【魅了】に!?」
誰もが駆け出そうとして、一歩は踏み出せた。
逆に言えば、二の足を踏んだ。
理由は簡単。
敵対しているはずの夢魔が、恭しく礼をとったのだ。
「おかえりなさいませ、綾人様」
「──ただいま凜々さん。皆も出迎えご苦労さま」
その言葉に夢魔は横に避け、臣下の礼を取り列に加わる。
並ぶ面々は『夢魔』に始まり『人魚』に『鵺』、『人間』にその他諸々の妖魔達が幾らか。
「おや、【魅了傀儡】。確か──『イヴ』だったか」
「今は【愛奉報愛】として、御身の為に」
「うん、いい呼び名だね。愛を捧いで愛に報いる。素晴らしい。昔の呼び名よりも私好みだ」
「あ──有り難きお言葉……!」
感極まる少女に笑いかけながら、振り返る。
正直なところ、『一色 綾人』は真実を理解していない。
【魔王】がここに居ると言われて来たが、誰が【魔王】かなんて分からないし、わかる必要も無い。
ただ、すべき事だけがわかっていればいい。
「さて、ここの家主としてやるべきことはやらないとね」
両手を広げる。
まるで、そこに飛び込めば、全てを許容し受け入れ、抱擁するかのように。
「──ようこそ、我が家へ」




