劇物か、毒物か。はたまた……
バッドエンドばかり思いついて、なかなか筆が進まなかった次第です。
この作品はハッピーエンドを目指してるので……
バッドエンドにしたい病が発動したらまた時間がかかるかもしれません。
どっかでバッドエンドモノを書いておくべきかなぁ
「ふー、釣れないな」
とある休日。
家の近くの川で釣りをし、芳しくない成果に首を傾げる。
「こんなにも求めているのに……人生と同じ、か?」
変な悟りをしながらも釣り針を飛ばす。
「さて、何か釣れるか……お?」
竿を引いた手応えに喜色が混じるが、魚の手応えではなく面倒そうに腰をあげる。
「根がかりか……ん?」
竿を置き、針の元を確認する。
針が引っかかっていたのは綺麗な鱗の大きな魚。
ただし、下半身だけという注釈付きである。
「刺身……じゃなかった。人魚?」
新たなる魔王軍配下になる人魚の女性との出会いであった。
「で、彼女は?」
「とりあえず庭の池に魚の部分を漬けて寝かせました」
「それで合ってるの?」
「ええ。人魚は魚の部分が乾き切ると病気にかかってしまいますから」
そう返したリリに彩人は笑いかける。
「そっか。やっぱり君はこちら側の住人なんだね」
人魚の生態を知っているという事は、神秘に精通している者である。
若しくは、神秘そのものか。
「彩人さまは何時からお気づきに?」
「確信を得たのは今。もしかしてって思ったのは、仲間に【魔王】がいつからこの街に居るのかを訊いた時」
魔王がいると言われ始めた時期が、丁度『天音 莉々華』という女性がこの家に来た時。
それ以前はやる気のない家事代行サービスの人が週に数日、不規則に訪れるだけ。
自分を放逐した血の繋がらない両親が、最低限死なないように手配していただけ。
それが、突然変わったあの時を、良く覚えている。
「ふてぶてしかった人から、いきなり優しい人になったんだ。よく覚えている」
「それはとても、とても嬉しいです」
「君の正体を詮索するつもりは無い。だけど、ひとつだけ聞きたい。【魔王】は何をする……いや、違うか。【魔王】は何をしたいと思う?」
その問い掛けに違和感を覚えたのは彼女の方。
(未だ、自分が【魔王】であると気がついていない? 若しくは私を魔王だと……いや、それじゃ辻褄が合わない)
もし彼女を魔王だと思っているなら『何をするつもりか』を問いかければいい。
だが、あえて『何をしたいのか』と問いを変えたのには意味がある筈だ。
「──成したいと思うことをするのでしょう。欲したいものを欲し、施したいものを施す。それを自身で決めるのはとても自分勝手で、素敵な事だと思いませんか?」
「なるほど、確かに素敵だ」
誰かを愛したい、救いたいと願う彼にとって、その言葉はとても魅力的すぎた。
「なら、何かが起こらない限りは侵略したりはしないね」
「わかりませんよ? 【魔王】は人にとって劇薬に等しいのです」
「だからこそ、だよ。誰かがその琴線に触れるか、逆鱗に触れるか。何らかのわかりやすい刺激が無ければ大事を起こすことは無い」
何処と無く安心した様子で遠くを見る。
「俺が対魔王戦力から離れても、しばらくは問題なさそうだ」
「ラァ!」
「かァ!」
拳と拳がぶつかり合う。
吹き飛ばされたのは嶺二で、【拳鬼】と呼ばれる翁は不動であった。
「いっつ……」
「今日はここまでだな。我武者羅なのは悪くないが、集中に欠けるな」
「そうかよ。あー、いや、そうなんだろうな」
「何かあったか。『ケモノ』の小僧がここに来なくなったのと関係あるのか」
隣に座り、問いかける。
「なあ、クソジジイ」
「なんだ、クソ孫」
「人が誰かを遠ざける時って、どういう時だ?」
「そりゃお前、守りたいからに決まってるだろ」
呆れたようにいうが、そこには温かみがあった。
「どういうことだ?」
「大切だからに決まってるだろ。まあ、俺も若い時にゃ理解できてなかったがな。人間、どうしても近くにいると傷つけちまうことがある」
「そういうものなのか?」
「ああ。それと、その時になって躊躇いもなく突き放せる人間はかなり強いぞ」
しみじみと、しっかりと伝わるように目を見て告げる。
「ああ、強いってのはわかる。でも、アイツが傷つけるってのはどういうことだ」
「さあな。オレにはわからんが、なんか変わったことはなかったか?」
「カナデが魔術を使えなくなって……彩人に何とかできないか相談した翌日、なんでか彩人以外見えていないような……」
嶺二の話を聞いて眉根をしかめる。
「……なあ、あのケモノの小僧はお前と同じく『対魔王戦力』の一員なんだよな」
「ああ。俺たちがカナデをどうにかするまでは距離を置くとは言ってたけど、それが?」
人を堕落させる性質に、他の者が映らなくなるほどの執着を持たせる存在。
【拳鬼】と呼ばれる彼はそんな存在を知っていた。
「『魔術師』にとって魔術ってのは手足みたいなモンだ。それも今まで積み重ねた経験と自信を元に構築された建築物みてぇな、だ。それが崩れて使えなくなるってのはアイデンティティーの消失に近い。いいか、嶺二。見えるものから目を逸らすな。見えないものまで感じろ」
「彩人のヤツも言ってたが、ソイツは一体どういう……」
「あの小僧が言ってたなら今にわかる。解らなければお前らは【魔王】と戦うことすらできねぇ。それだけの話さ」
そう言って【拳鬼】は立ち上がり、拳を構える。
「実際目に見えるモンなんざひと握りだ。見えねぇなら感じられる方法で確かめろ。助言ついでにひとつだけ技を教えてやる」
「……そうだな。考えてるだけなんて性にあわねェ。そうだよなァ!」
一人の少年は迷いを振り切り、ぶつかることで彼の本心を知ろうと決意した。
同じように武に生きる剣士の少女もまた、同じように祖父と語り合い、似た結論に至る。
そして、もう一人の少女は──
「……アタシが、見るべきモノ」
閉じた瞳にそっと触れる。
彼女の目は代々伝わる『呪われた瞳』。
『荒屋敷』という家系が紡いできたその『異能』は忌々しきモノとしてそう呼ばれていた。
「この眼はモノが見え過ぎる」
産まれてからずっと、他人には見えないモノが見え続ける苦しみを理解できるものは少ない。
「『荒屋敷の眼』、か」
その眼の本質や起源は不明。
そして彼女はこの眼が恐ろしかった。
代々この眼を受け継いできた者たちの苦しみさえもが『視える』のだ。
ある者は心まで見えるが故の孤独を。
ある者は絶望の未来を見たが故の嘆きを。
ある者は、ある者はある者はある者は──
「だけど、カナデの為にも目を背けたままではいられない」
瞼を閉じて、決意を胸に目を開こうとして。
びりりり、と携帯が鳴った。
「なんてタイミングで……」
億劫になりながら携帯を開き、メッセージを確認する。
「なになに……『明日、彩人と喧嘩することになった。止めるな』って……ハア!?」
理解し難い内容に思わず唖然とする園実は慌てて真意を問うメッセージを送り付けるのであった。




