渇望
9月ですか、早いですね。
これからも気の向くままに進めていきますのでどうかよろしくお願いします。
彼らが対魔王戦力として顔を合わせてから暫くが経った。
「そろそろ本格的に攻め込むわ」
とある昼休み、カナデは同じ学生である者たちにそう告げた。
「やっとか。威力偵察ばかりでちょいと物足りなかったんだよなぁ!」
「で、 総戦力は?」
「私、園実、童子に嶺二と一色くん。決戦に間に合えばもう1人追加できるかもしれないわ。これ以上期間を延ばせば向こうは戦力を増やし続ける」
そう言って辺りを見渡し、首を傾げる。
「そういえば、一色くんは?」
──酷く、渇く。
永らく渇いた不毛の大地を歩き続けた様に。
足りない、足りない。
枯渇している、渇望している。
何よりも、何よりも──
ああ、満たされない。
「──う」
「起きたのですね。まだ動いてはダメですよ」
身体は重く、思考もままならない。
「リリ、さん」
「はい、貴方のアマリリスです」
安心させるように柔らかく微笑む。
「大丈夫。貴方が誰もを愛し、誰にも愛されなかったとしても──私は貴方を愛し続けましょう。貴方のくれた愛に少しでも、応えられるように」
彩人の頬を優しく撫ぜ、ふと彼方へ視線を向ける。
「だから、誰にも渡せない。彼の愛に応える気もない愚図共になど──」
それが彼女が戦う理由。
彼の為に、彼女は全てを捧げられる。
「鵺、来なさい」
「やるの?」
「ええ」
少女は連れていた蛇と猫を取り込み、混じりあって化生へ変ずる。
夢魔と鵺はともに門を開き、敷地を跨ぐ。
「また懲りずに来たのね。【人理神話】に『アラヤシキ』。混じり物二つにただの人間。その程度で私たちに勝てるとでも?」
「ええ。理由は知らないけれど、あなたの言う【魔王】は動けないのでしょう?」
その言葉に思わず顔を強張らせる。
「我らが王は微睡んでいる。その安寧を壊させるわけにはいかない」
「こっちにだって事情はある。人類を脅かす存在を野放しにはできない」
「彼を、人類の脅威だと……? なら、そう断じるなら──そんなモノは滅んでしまえばいい!」
精神を犯す魔力が荒れ狂う。
そこにあったのは純粋な怒り。
「『精神防護の符』があってコレか……チカラのある夢魔、厄介ね。嶺二、 脳筋だし精神汚染なんて効かないでしょ!任せるわ!」
「オウよ、任せろ!」
嶺二が目にも止まらぬ速度でかけ出し、拳を構える。
「鵺!」
「カナデ、3秒後電撃!」
『ヒュォオオオ!』
「【雷怒】!」
園実の警告通り、3秒後に雷撃がぶつかり合う。
「『未来視』か!?」
「手元がお留守だぜ!」
拳が振るわれアマリリスに迫り──鵺が身体を滑り込ませ、代わりに受ける。
『フュ、オオオ……』
「鵺!? 馬鹿なことを……!」
距離を取り、鵺を労りながら思考を巡らせる。
(想像以上に強い。この前勝てたのはやはり……)
【人理神話】たるカナデが、最初の対魔王戦力の戦いで敗れた理由はひとつ。
「足手まといが居ないとこれまでか!?」
「他の人類を、足手まといなどと言うな」
悠然と、超然と歩み寄る。
その中にアマリリスは恐ろしいものを感じた。
(これは、彼と同じ……いや──)
「『他の人類』か。自分は違うと? 傲慢だな」
「傲慢、私が?」
僅かな動揺を彼女は見逃さなかった。
(これで、まだ付け入る隙ができる。後はどうすれば──)
戦況を変化させるための一手を打とうとしたその時、ひとつの風が吹いた。
『──アイヲ』
その風は暖かかさがあった。
全てを包み込むような優しさがあった。
「なん、で。どうして……? あ、ああ。まだ、眠っているハズ……」
「……総員、警戒レベルを最大限に。アレ(・・)はダメだ」
戸惑いはアマリリスから。
警告は園実から。
知っているからこそ、戸惑った。
視えるからこそ、警告した。
『アイシテ……』
それは、ただひたすらに黒かった。
そうとしか言えない、真っ黒なヒトガタだった。
「鵺!」
『フュオオオオオ!』
鵺が飛びかかる。
その先は、黒いナニカへ。
『ヒドク、カワイテイル』
黒い腕が鵺を絡め取り、取り込む。
黒い球体はまるで、全てを呑み込むブラックホールのように。
「アレを、私は、知っている……?」
ガタガタと震えながら、戸惑うカナデ。
彼女だけではなく、そこに居る全てが等しく震えていた。
まるで、強大な捕食者に睨まれた獲物のように。
『タリナイ、ミタサレナイ。ソバに』
光を呑み込む触腕がゆっくりと伸びる。
「【人理神話《System Mythology》】『起動』」
冷徹な声が響く。
数多の魔法陣が複雑に絡み合い、歯車のように回り出す。
ゆらりと立ち上がったカナデに、震えはもう無い。
『質疑。其方は【色欲】か』
『イロ、アイ』
『イロアイ。該当情報は多数。意は』
『スベテ、アイシテ』
『理解。しかし、不能。其方は何だ』
問いと答え。
それは対等な存在だからこそ。
『何を望む』
「『アイ』」
その言葉は酷くはっきりと聞こえた。
『アイヲ』
『不要。【人理神話】故に』
空間が軋む。
それは彼の内包する重み故に。
『未だ不完全。故、時が来たら共に』
カナデ達の姿が魔法陣に包まれ、消える。
『アイ、ヲ……』
「彩人、さま……私、アマリリスは何時までも、何時までもお傍にいます。だから、哀しまないで」
真っ黒なヒトガタの目元から罅割れる。
まるで涙を流すように。
「──俺はただ、誰もが愛されれば良いと願ったんだ」
「とても素敵です。だから、だから自分を愛してください」
黒いヒトガタが──彩人が崩れ落ちる。
「間に合った」
「遅いですよ、【魅了傀儡】」
「こんな夜中に突然呼び出されて、これでも急いだのよ? あと、その名で呼ぶな。既に棄てた名だ」
さて、と彩人を抱える。
「手伝いなさいイブ。一人では引きずってしまう」
「肉体労働は苦手何だけどね。それでリリス、彼はいつ目覚めるのかしら?」
「最近は神秘に触れていたせいで少し消耗していただけ。明日にでも目を覚ますでしょう」
そこに嬉しさなど無い。
そこに希望など無い。
それは望まれるべきでは無いからだ。
「できることなら、目覚めるべきではない。世界の為にも、彼の為にも」




