『聖者』
「新しい戦力を紹介するわ!」
どこか吹っ切れたようにカナデは告げる。
「紹介するわ! 魔術師……とも言える程じゃないけど、異能者でも無いし。んー、私の弟子と言うには系統が異なりすぎるし……ほら、なんかテキトーに自己紹介なさいな」
「丸投げかよ。はー、まあいい。『一色 彩人』です。魔術師見習いですが、微力ながら尽くしたいと思います」
彩人の自己紹介に、大きな拍手する嶺二。
「やっと来たか! 待ってたぜ本当によォ!」
肩を抱き、バンバン叩いて笑う嶺二に彩人は苦笑い。
「……カナデ、本当に良かったの? アレは貴女にとって許せないモノのハズだけど?」
「まあ、ね。でも、それだけじゃない。──アレは人間にとっての必需品だ。失われてはならない……」
「……カナデ?」
ここでは無いどこかを見るような瞳で。
そんなカナデに何かを感じた園実が声をかける。
「ああ、まだ早いか。でも、園実なら──」
「あの、カナデさん。彼はどこから……?」
焦った様子で言葉を遮ったのは対魔王戦力の剣士、薙翠 童子。
「えっと、どうして……?」
「いえ、もし違かったらいいんですけど……あの人は、【聖者】では……」
その言葉に顔を引き締める。
「童子ちゃん、どうして……」
「以前、助けて頂いたんです。多分、覚えてないと思いますけど……」
「アレが、【聖人】? はっ、あんな【異常者】が?」
「園実、もしそれ以上言うようなら私は──」
魔力が小さく爆ぜる。
魔法陣が小さく展開され、その本気度が伺える。
「……別に彼を貶したい訳じゃないわ。カナデ、忠告よ。『一色 彩人』に深く関わらないで」
そう言い残して、園実は彩人へ歩み寄る。
(あいつの言った通りだ。カナデは、あいつに関わって変わってしまった)
「──忠告したはずだ。俺がどうこうするべきでは無いと」
「実感したわ、貴方は毒のようね。人の心を蝕む毒」
「俺だってそう在りたかった訳じゃない。だからせめて、堕ち切る前に救ってやれ」
「言われなくとも。カナデは壊させない」
そのやり取りは、2人以外の誰にも届かない。
彼らに見えている世界は、ここにいるもの達には見えないものだからだ。
「それで、カナデ。この後は?」
「うーん、顔合わせだけの予定だったけど……近くの次元に一体、ちょうど良さそうなのが居るね。一色くんのお披露目を兼ねて、戦ってみるか」
魔法陣を展開し、世界の位相をズラす。
「鬼に類する下級上位位の魔物ね。ちょっと物足りないかもしれないけど……」
「強さは問題じゃない。受け止められるかどうかが重要だ」
「グオオオオオオオ!!」
襲いかかってくる巨体に無造作に歩み寄り、方手を伸ばす。
まるで最愛なるモノに触れるように、壊さないよう労わるように。
「────」
その言葉は最早、言語として聞き取ることさえできなかった。
人間が大きすぎる言葉を認識できないのと同じように。
「グ、ガア!?」
言葉はわからずとも、乗せられた想いだけは酷く重い。
「ああ、俺は心の底から全てを──」
愛の言葉を紡ぎ終わる前に、耐え切れずに鬼は押し潰される。
「……君も駄目か。なら、せめて甘美な堕落を。苦痛無き安寧を」
苦痛に喘ぐ鬼に優しく触れる。
途端に表情は緩み、脱力。
そして解けて消え失せ、彩人に吸い込まれて行く。
「凄ェな、彩人!」
「でしょう! 私が見つけてきたのよ!」
「彩人の強さを先に知ってたのは俺だっての!」
「魔術を教えたのは私だけどね」
いがみ合い、睨み合う二人。
「凄いですね……魂を救済する魔術、ですか? 流石【聖人】様ですね」
ひたすらに感心し、賞賛する童子。
(ああ、皆は気づかないのね。私と違って、見えていないもの)
ただ、『異能者』である園実だけが本質を見抜いていた。
(確かに救済ではある。だけどあれは、死による救済に近い。無尽蔵の愛と言う海に無理矢理沈める様なもの)
ただ独り、彩人の危険性に気づいた園実を決意する。
「カナデは渡さない」
「あーあ、せっかく概念書を作ってあげたのに。【人理神話】の捕縛すらできないのか」
「仕方ないでしょう。彼らは落伍者。ただの雑魚です」
「キミは厳しいねぇ。ま、僕も木っ端程度じゃあ難しいとは思ってたしね。とはいえ、もう少しどうにかするとは思ってたけど……」
あっけらかんと言い放つ男はどこか楽しげですらある。
「あの男、ですね」
「ああ。アレはとても──とても面白い。アレは【超人】足り得る」
「アレが?」
「キミには解らない、か。まあ、要観察って事でよろしく」
そう言い残し去っていく男と、一人残された女。
「『一色彩人』ォ。私の、私の兄様に、あんなことを言わせて……! 許さん、許さんぞ……誰かいるか!」
「あいよ、嬢ちゃん。まぁたヒステリかい?」
「誰がヒステリですか! ともかく、【人理神話】と『一色彩人』を連れて来るのです!」
「それは、嬢ちゃんのあんちゃんの指示か? いや、聞かないでおこう。どうせ嬢ちゃんがそうするのも、想定の内だろうさ」
へらへらと笑いながら去っていく男はその自身ゆえか気楽に見える。
こうして本人の預かり知らぬところで、物語は動き出していた。




