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芽吹き

「夜はわたしたちの時間とは言え……こんな所に呼び出して、なんのつもり?」


その声は幼い少女のもので、少女は頭に猫を、首に蛇を巻いた不思議な少女だった。


「そう言わずに。ぬえ、下をご覧なさいな」

「アヤトね。ボコボコにされてるけど……なに、私に助けに行けって? 自分で行きなさいよ。わたしは元々、アヤトに報復するためにアイツの下に着いてるんだから」


不機嫌そうに返す少女に、アマリリスは不思議そうに首を傾げる。


「助ける? そんな無粋なことは言いません」

「なに、じゃあアマリリスは痛めつけられている主を見て悦ぶ変態さんなわけ?」

「いつもなら完膚なきまでに叩きのめすところですが……今は止めておきましょう。今日は我らが主の晴れ舞台なのですから」


不機嫌そうな顔から一転。

アマリリスは嬉しそうに語る。


「彩人様は【色欲】の器ですが、未だ覚醒してはいません」

「未覚醒……?」

「ええ、故に【原罪の権能】を使うこともできません。それどころかロクな魔術すら使えません」

「でも、わたしたち『鵺鶫』は『一色彩人』に倒された」

「私という夢魔も、彼に倒されました。それも、夢の中で」


アマリリスのその言葉に驚くぬえ。


「アナタ程の夢魔が、夢の中で!?」

「あの頃は今ほどチカラを持っていませんでしたが……それでも、自分の領域である夢の中で負けたことに変わりありません」


言葉を切り、眼下を見て微笑む──


「見ていなさい。とうとう芽吹きますよ」








『一色 彩人』は人間である。


特段優れた才を持つわけでもなく、異能を持って生まれたわけでもない。

血筋でさえも不明ではあるが、『魔術師』の家系ですらないことは確かである。


異常な肉体ハードを持つわけでもなく、異形な精神ソフトを持っていたわけでもない。


そんな彼が『魔術師』という異常を抱えた存在と戦えばどうなるかは明白であった。


「ぐ、がはっ!?」

「一色君!!」


壁に叩きつけられ、空気を吐き切る。


「満を持しての登場と思いきや、弱いなお前。【人理神話】を助けにってくらいだからどんなバケモノかと思えば……」


どこかほっとしたように聞こえるのも無理はない。

【人理神話】という魔術師はそれほどまでの存在なのだ。


「せっかくいいところだったのに邪魔しやがってッ!」


殴り、蹴り、少しして満足したのか、すっきりした顔になって動けないカナデへ歩み寄る。


「──くく、ははは」

「何がおかしい。気でも狂ったか?」


突然笑い出した彩人に不審な目を向ける。


「こんなに痛くて苦しいんだ。現実であるはずがない。そうだ、これはきっと──『夢』に違いない」

「本当に狂ったか。若しくは『異界酔い』か」


『異界酔い』。

それは『異界』に慣れていないものがなりやすい乗り物酔いのようなものだ。

普段の現実とは違う世界であるがゆえに、自分の今いる『異界』が『夢』であると錯覚してしまうのである。


その性質から、『異界酔い』は未熟者の証とされている。



──そう、『一色 彩人』はまだ熟していない。



「夢なら──誰も傷つかずに済む」


至った結論は他者も自分も傷つかないということ。

そしてそれは──『愛』を全てとする『一色 彩人』にとって枷を外すこととなる。


「『夢』なら何にも縛られない。抑えつける必要も無い」


抑えつけていた感情の蓋を開く。

まるで爆発のように荒れ狂う想いを、そのままに。


「……なん、だ?」

「うそ……まだ、その先の、『重み』を──!?」


何かを感じた男もまた、優秀な魔術師であった。

そして、その意味を知ったカナデはさらに優秀であった。



「──ああ、は君達を『アイシテル』」



一瞬の静寂。

そして、小さく上がる苦悶。


肺は押し潰され、喉が締まり、悲鳴なんて上げられなかった。


「どれだけ取り繕うとも、心の奥底で、人は『愛』を求めている」


ボロボロの身体で立ち上がり、倒れ伏せる男に歩み寄る。


「親愛、友愛、性愛、狂愛、慈愛、自己愛、他愛。何でもいい。人はそうして成り立っている。さあ、君はどんな『愛』を望む」


壊れ物に触れるように、そっと頬を撫でる。

得体の知れないそれに怯えるように、されど救いを求める迷子のように。


「神は、死んだ……」

「それでも私はここに在る」


どうにか魔術を無効化できないかと、紡いだ言葉を塗り潰す。


「ああ、こんなにも愛おしくて、愛らしい」


男の瞳がドロリと濁る。

彩人の言葉は正しく、甘言であった。


その愛はまるで毒のように。

その魂を堕落させた。



(そんな、訳がわからない……)


【人理神話】と名高いカナデですら理解できなかった。

【言葉の重み】はまだ分かる。

愛に起因するそれは、彼の心の底からの『想い』。


対象の自己愛ですら引き合いに出すそれは、回避不可の一撃。


それはまだ理解できるが、魂の堕落は全く持って理解できない。


(霊的堕落、魂魄腐敗。全的堕落を利用した? それにしては要素が不明すぎる。肖像の消失も確認できなかった……今わかることは、『一色 彩人』はまた、魔術師を殺したということだけだ)


【魅力傀儡】に続き、彼は再び魔術師を殺した。

存在の根幹を侵されたのだから無理は無い。


カナデもやろうと思えばできないことも無い。

しかし、神秘の一端にしか触れていない青年が起こすには異常過ぎた。


(もしかしたら彼は、稀代の【魔術師殺し】なのかもしれない)


それはとても恐ろしい事だ。

だけど、【魔王】を打ち倒す為なら、心強い仲間になるかも知れない。


「……そうか。君も駄目か」


呟く彩人はとても悲しそうに、涙を一筋流す。

ここまでとは思っていなかったが、こうなるとわかっていたからカナデは『対魔王戦力』の話を無かったことにしたのだ。


自分の心の底からの想いは強い。


しかし、相手に拒絶されたり、ましてや受け入れられた上で耐えられないなんて辛すぎる。


しかもその根源は『愛』なのだ。



「ねぇ、一色くん。もう一度、『対魔王戦力』の話を受ける気は無いかしら」


だからこそ、誘う。


「貴方が必要よ」

「それで、誰かが救われるのか?」

「ええ。辛いこともあるかも知れないけれど、誰かと貴方自身がね」


夢現に加えて傷心の彩人を誘うことに罪悪感を感じながら、誘いを受けることを確信していた。


(『一色彩人』は生まれる時代を間違えた。時代が時代なら、彼の在り方は【聖人】そのものだ)


愛を説き、他者を愛する。

『隣人を愛せよ』。

それを全ての人間に行えるのだから。


「君が求めるのなら、誰かが求めるのなら。俺はそれに応えたい」

(私は、無償の愛を恵み続ける存在をひとつしか知らない。聖人はその存在の愛を説くもの)


彩人の答えは想定通り。

しかし、その可能性に気づいたのなら、その思考は止められない。


(その存在を人々は【神】と呼んだ)


もしその可能性なあるならば、【人理神話】として見過ごせるものでは無い。


【人理神話】の至上命題である、人類の神話化に最も近しい存在かもしれないのだ。


「よろしくね、一色くん」

「よろしく、古登」


こうして『一色彩人』は『対魔王戦力』の一員として、彼女達と共に歩き始めるのであった。

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