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昏迷の夜

「──おはようございます、彩人さん。朝ごはんできてますよ」

「おはようございます、リリさん。いつもありがとうございます」


彼女との付き合いは数年だが、身近な人物の中では一番長い付き合いになる。


『一色 彩人』という存在が生まれ、幼い時に父親が死んだ。

経済的な面から再婚し、相性の悪さによるストレスから体調を崩して死んだ。

そしてその後、血の繋がりのない父親は再婚し、両親はどちらも血の繋がらない他人だった。


そして彼らに子供ができた時、『一色 彩人』は家から追い出された。


流石に完全な育児放棄は不味いと思ったのか、安い土地にある家を買い与え、家政婦を雇い世話をさせた。


払われる給金が多い訳でもないが故に、専属の誰かがいる訳でも無く、誰かと長い付き合いというものが無かった。



そんな中、高校生進学の直前に担当になったのが彼女であった。



『本日から担当させて頂きます。天音 莉々華と申します。末永くよろしくお願いします』


彼女の言葉通り、他の誰かに担当を譲ることなく今に至る。



「ご馳走様。今日も美味しかったです」

「お粗末さまでした。今日もお友達の所に?」

「はい、帰る時間はわかりませんので、もし遅くなる様でしたら先に寝てしまってください」


そう言い、学校への道を歩き始める。

歩く姿は以前に比べ無駄が無くなり、所作全てが自然体になっていた。


そんな彼がふと振り向き、何かをキャッチする。


「──お菓子?」

「よう、彩人! その様子だと修行も調子良いみたいだな!」


ニッカリと笑みを浮かべながら歩み寄ってくる嶺二。

先程飛来したのは彼が投げたお菓子であったのだが、死角からのそれに反応した彩人を見て嬉しそうだ。


「全く……それで、なんでお菓子なんだ?」

「いや、今日は急用が入って修行に付き合えねェってジジイからの言伝だ。その詫びの品って訳よ」

「なるほど。こっちからすれば教えて貰ってるだけありがたいんだが……」

「そう言っていつも備品の手入れやらなんやらをやってくれてるだろ? いつも言ってるが気にすんな俺が付き合ってもいいんだが、ジジイがなんでかモノスゴイ剣幕で怒るからなァ……」


申し訳無さそうな嶺二を微笑ましく思うと同時に、少しだけ申し訳なく思う。


「──それこそ気にしないでくれ。ともかく、ありがとうな」

「おう!」






「よう、久しいな【薙翠の剣聖】」

「懐かしい呼び名じゃのう。【神奈木の鬼拳】」


とある飲み屋で二人の翁が席を並べる。


「先に始めているぞ。ヌシはどうする?」

「オレは酒をやめたんだ」

「たまにはよかろう。鬼の嫁も許してくれよう」

「体に障らん程度にしか飲まんぞ。アイツとの約束だからな」


コップに酒を注ぎ、乾杯してから飲み乾す。


「かぁぁ……!」

「どうじゃ、鬼殺しぞ」

「この程度でオレが殺せるかよ。むしろお前の方がヤベェだろ」

「本来なら儂が【鬼剣】でヌシが──」

「【拳聖】ってか? 何回も言ってるだろ。オレは修羅の道を自分で選んだ。この未来以外ありえねぇんだよ」


不機嫌そうに酒をあおり、吐き捨てる。


「で、今回はそういう話をしに来たんじゃねぇだろ」

「そうじゃな。過ぎた過去より未来の話じゃ。ヌシは此度の【魔王】をどう思う」

「【色欲】認定されたって言うアレか。正直わからんな」

「ヌシの孫も対魔王の一人じゃろう?」

「それを言うなら手前もだ。俺はその【魔王】に気がつかなかったし、何も感じとっていない」

「儂もじゃ。誕生にも気づけなかったし、今も何も感じておらん」


実力者である二人が揃って何も感じなかったことに首を傾げる。


「『魔術師組合』の誤報は?」

「ありえんじゃろう。ツテをたどったら、向こうには高位の夢魔がおったそうじゃ」

「高位の夢魔か……それに加えて、鵺と来たか」

「鵺じゃと?」

「ああ。オレの孫が言ってたぞ」

「儂、聞いとらんのじゃが?」

「言えなかったんだろ? 鵺なんぞそんじょそこらにいるわけでもあるまいし」

「以前、童子を襲ったやつか……少し急用ができた」

「おい馬鹿やめろ!」


立てかけてあった長い布包みをひっつかみ、駆けだそうとした【剣聖】を羽交い絞めにする。


「離せ!」

「離したら【魔王】のところに、かちこむつもりだろうが!!」


荒れる【剣聖】と窘める【鬼拳】。



「……落ち着いたか?」

「ああ、すまんのぅ」

「ったく、孫のこととなるとこれだから……」

「女のために組合本部に殴り込みかけた奴に言われたくはないわ!」


互いに似たような欠点を指摘しながら笑う。


「そういや、最近面白い奴を見つけてな」

「ほう、ヌシが言うならなかなかなんじゃろうな」


翁が語るは、教えを請うたとある狂人の話──






「昏すぎず、明るすぎず。今夜はいい夜ね」


闇夜の中で【人理神話】は呟く。


「【魔王】の戦力も調べた。【虚数領域】の構造も調べた。理想は魔王戦力の各個撃破。徘徊している鵺の討伐が望ましい」


そこまでの準備をしてきてなお、浮かない表情のカナデ。


「それ以上の不安要素は、かつての『対魔王戦力』の残党ね」


最近不穏な動きを見せているかつての仲間に思いを馳せる。

魔術師における全力での完全敗北は魔術師としての死を意味する。


自分の見出した神秘が相手の神秘に否定されてしまうのだ。


「馬鹿な真似をしなければ助かるのだけれど、そうもいかないわよね」


眼下では自分のダミーを追いかける複数の人影。


「『私用につき、今日の会合は中止』っと。メールを送っておけば皆は大丈夫ね。私は私のケジメを着けるとしましょう」


腰を掛けていた電信柱から飛び降りる。


「『世界指数想定、仮想制定。私は世界に虚を見出す。虚数世界観測。世界は流転し、虚構に沈む。【虚数侵界《Imaginary Around》】!」


ダミーを追いかけていた人影を巻き込み、世界が歪む。

色彩が反転、光景の流転。


それが終われば、彼らのいる世界は虚数の次元。



「こんな夜に人形を追いかける変態はここかしら?」

「【人理神話】ぁ、テメェ……!」


十数の魔術師に囲まれても余裕を崩さないカナデ。

余裕のある魔術師は自分の神秘に自信のある魔術師。


詰まるところ、強い魔術師なのである。



「目的は私でしょう? ならば、早いところ済ませましょうか」

「随分と余裕じゃねーか、【人理神話】。だが、これでもその余裕が続くか?」


男が本を開く。

カナデは勿論、ありとあらゆる状況に対応できるように準備はしてきている。



──しかし、彼らはその予想を超えてきた。



「【神は死んだ】」

「神秘殺しの、概念書だと……?」


それは、とある哲学者の書いた一節。

とある超人が識った、庇護を与える存在の死。


故に魔術師界において、外部に神秘の源を制定した魔術師が神秘を使えなくなる【神秘殺し】の言葉。


「そんなものを、一体どこで……一介の魔術師が手に入れられる物じゃない……」

「顔色が変わったな。じゃあ早速、始めようぜ!」


魔術の大半を封じられた【人理神話】と、元仲間達との戦いが始まる──


『概念書』

文字通り、何らかの概念を綴じた書物。

魔導書に近いが、それ以上に原始的な概念を抽質したもので、それそのものがチカラを持つ。

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