それぞれの道へ
最近忙しかったもので、一週間程空いてしまいました。未だに大変な時期の只中でありますが、皆様の娯楽になれれば幸いです。
それでは、どうぞ!
──『アイシテル』
それは何度も言われた言葉。
それは、私にとっての呪いの言葉。
──アイシテル
それは、私が私にかけた暗示。
私は人類を『アイシテル』。
私は人類を【神話】にしなければならない。
そうでなければ、死んで行った私達が報われない。
──アイシテル
巫山戯るな。
お前らの『アイ』は私達を殺した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も……
だから私は、人が憎い。
だけど私は、人の行いを尊いものであったと証明しなければならない。
【人理神話】
私はそれを、証明しなければならない。
『愛してる』。
私はそれを、否定しなくてはならない。
殺せ、生かせ、壊せ、創れ。
私は【人理神話】。
人の理を神の如き、尊き話であると証明しなければならないのだ。
「皆! 新しい対魔王戦力を紹介するわ!」
だから、せめて取り繕え。
私がただの人であると、お前らの望んだ『作品』では無いのだと。
「『神奈木神宗武術』の門下、『神奈木 嶺二』よ」
「まあ、イロイロあって戦力として加わることになった。神秘とやらについてはまだ詳しくはねェが、よろしく頼む」
「なるほど、『神奈木』の……であれば、期待できます!」
快活に言ったのは、刀と木刀を佩いたポニーテールの少女。
「お前は?」
「これは失礼しました。私は『薙翠 童子』って言います。『光陰外流智翠剣術』の、と言えばわかりますか?」
「確かこの前ジジイが言ってたな。神奈木と薙翠はエモノは違えど、思想は似たり、だったか」
「はい、ですから一緒に頑張りましょう!」
嬉しげな童子とは対照的に、嶺二は不思議そうに辺りを見回す。
「なあ、【人理神話】。彩人はどうした?」
「彼は今回の作戦には加わらないわ。それに、【鬼拳】の孫であるあなたが居れば戦力としては申し分無いでしょ?」
「ジジイは関係ねェが、期待されてる以上の働きはするつもりだ」
そう告げる嶺二は今までとは違い、神秘を知った者特有のオーラを纏っていた。
「私たちの目的はこの地に現れた【魔王】の討伐。罪を冠する魔王であることから、欲を知っている大人たちは頼りにできない。よって、直接的な対魔王戦力は私たちだけということになる」
言葉を切り、各自を見据えて告げる。
「この街は私たちが守る」
「──一色、カナデと一体何があった?」
後日、教室で問いかけてきたのは荒屋敷 園実。
「なんでだ?」
「対魔王の新たな戦力の顔合わせに来なかった。それに関してカナデはなにも言わなかった。何かあったと見るのが妥当だ」
「なるほど、確かにそうだ。だけど、俺から言えるのは『相性が悪かった』。その一言に尽きる」
園実の眼には、その言葉を告げた彩人の心に動きが無く見えて、無性に腹が立った。
「アンタそれ、本気で言ってるの? どうにかしようとは思わなかったわけ?」
「アレは俺の問題じゃない。彼女自身が抱える歪みだ。俺がどうこうするようなものじゃない」
「それを知ってるなら──!」
「俺じゃダメなんだ。『古登 カナデ』は俺以外の人間によって救われないといけない」
「何を……」
「俺が救おうとしたら、確実に『古登 カナデ』という人間は終わることになる。だから互いに突き放したんだ」
話は終わりだ、と席を立ち歩き出す。
「待ってくれ。なら、なぜアンタはそれほどの孤独を抱えている?」
「『ツァラトゥストラはかく語りき』。人は理解を超えたもの、理解し難いものを排斥しようとする」
「そうとは限らな──」
「──なら君は、これを見ても同じことが言えるのか?」
普段は抑え、隠している感情の蓋を少し開ける。
見た目ではわからないが、普通では見えないものを見る『眼』を持つ彼女には見えた。
それは、『愛情』だった。
不滅にして無窮、不朽とも感じる程に底無しの愛。
──まるで、深淵を覗き込んでいるかのようであった。
「つまり、そういう事だ」
この言葉で荒屋敷 園実は自分が選択を誤ったことに気が付く。
受け入れるべきだった。
受け入れられないのなら、知るべきでは無かった。
「話は終わりだ。じゃあな」
寂しそうに告げ、歩みを進める彩人に園実は動くことができなかった。
「喧嘩かい?」
そんな彩人に声がかけられる。
「君は?」
「失礼、盗み聞きするつもりは無かったんだけどたまたま聞こえてしまってね。それに、どこか寂しそうだったからつい声をかけてしまったんだ」
金髪蒼眼の少年はそう言って名乗る。
「『志頭 似智得』。よろしく」
「一色 彩人。そんな顔してたかな?」
「まあね。ああ、改まらず普段通り話してくれたまえ。僕は元からこうなんでね」
「そうか? ならそうしよう」
「で、ツァラトゥストラくんはどうして喧嘩を?」
笑いながら似智得は問いかける。
「茶化してるのか?」
「いやいや、愛称だよ愛称。僕は音楽が好きでね。君は好きかい?」
「まあ、多少はな」
「それは素晴らしい! なら、この後の授業は抜けてしまって一緒に音楽室へ行かないかい?」
どこか面白そうに誘う彼の意図に気づく。
彼はどこか寂し気だと感じた自分を、励ましてくれようとしているのだと。
「どうだい? それに、音楽は心を動かしてくれる」
「たまにはそう言うのもいいかもしれないな」
そうして彼は、初めて授業をサボった。
「なんだ、彩人がサボりだなんて珍しいな」
廊下で鉢合わせた嶺二が面白そうに笑う。
「俺にだって、たまにはそんな時もある」
「はは、そうかよ」
強がる彩人をやっぱり面白そうに笑いながら肩に手を回す。
「なんかあったんじゃねェかって心配だったんだが、その様子なら大丈夫そうだな」
嶺二は安心したように息を吐く。
「なら放課後暇だな! ちょいと付き合えよ!」
連れてこられたのは、『神奈木』と書いてある道場だった。
「ほら、前にも言ったろ? 一緒にどうよ、ってな」
言葉ではどうにもできない、不器用な嶺二なりの気遣いであった。
「迷惑、だったか?」
「いいや、そんなことは無い。魔術をこれ以上知ることができない今、これ程嬉しいことは無い」
彩人の言葉に含まれたその意味を嶺二は理解した。
もし自分が必要になった時に、求められた時に、戦えるようになりたいのだと言う意思を感じたのだ。
「やっぱりスゲェよ、お前。俺が女だったら惚れてたわ」
「別に男のままでも構わんぞ」
「冗談言うなって。おーい、ジジイ! 今日は──って、あぶねェ!?」
物陰から突然飛来したつぶてを横っ飛びで躱す嶺二。
「何しやがるクソジジイっ!?」
「反応は悪くないが、『気』の練りが足りんな。でだ、てめえ、何を連れてきた」
「ダチだよ! この前連れてくるっつっただろうが!」
「ふむ……」
白髪の翁といった体だが、眼を見ればそんな印象は吹き飛ぶ。
険しく、彩人の奥底を見透かすような視線は触れれば切れそうな鋭利さを孕んでいた。
「んだよ、俺のダチに文句でもあんのかよ」
「少し黙ってろ。てめえ、ナニモンだ?」
「一色 彩人と言います。嶺二に体験だけでもと誘われて来ました。お口に合うかはわかりませんが、よろしければお食べ下さい」
礼儀正しく挨拶をした彩人に拍子抜けしながらも、紙袋を受け取り中を見る。
「茶か」
「はい。お好きと聞いたので、私の好みではありますが……」
「いいセンスだ、この茶は美味い。淹れてやるから着いてこい」
どこか軽やかに歩く翁についていき席に座る。
「漬物だ。若いのは茶菓子の方がいいか?」
「気取るなジジイ。いつも漬物だけじゃなくて茶菓子も食ってるだろうが」
「余計なこといってんじゃねえ!」
「では、お茶菓子もいただきたいです」
「客に気ぃ使わしたじゃねえか! 『気』の扱いがちぃとばかし良くなっても気は使えねえのか。ああ?」
ぶつかり合う二人はいがみ合っているようでありながら、温かみを感じるモノであった。
「っていうか俺、彩人が神秘側の人間だって言ったか?」
「言わんでもわからぁ。俺くらいにもなれば気を読み取るくらいはできる。その上で訊きたい。手前はナニモンで、何のためにここに来た」
『一色 彩人』は自分が何者であるかを知らない。
特殊な生い立ちがあるわけでもなく、特殊能力もなく、神秘に至っては入り口に立っただけ。
──それでも、どうしてここに来たのかはハッキリしている。
「求められたら報いたい。そう思うのは可笑しいですか?」
「可笑しいな。それでお前になんの特がある?」
「ただ私がやりたいから。というのはダメですか」
「ダメだね。それは狂人と同じ思考だ。やりたいからやる。理性のない獣と同義だぞ」
「それなら私は獣でいい。薄氷の向こうに獣性をひた隠しにするのが人間でしょう」
彩人の言葉を聞いて──翁は口端を吊り上げた。
「ほう、わかってるじゃねえか。なら、この意味も分かるな?」
とてつもない重圧が辺りを覆う。
「っ、は、う……」
(呼吸が、できねェ……なんだ、この威圧は……こんなモン、慣れてない彩人が受けたら!?)
動かない身体を無理矢理捻り彩人を見て驚愕した。
彩人はごく自然に漬物を齧っていたのだ。
(コイツ、紛い物の殺気とは言え受け流している。否、受け入れているのか? 規模は違うが、滝行も水が重いからって口を上にして飲み干すようなもんだぞ?)
「俺はもっと重く険しい想いを知っている」
「なるほど。そいつぁ結構」
威圧が消え、押さえつけていた重みが消える。
「ッ! はァ、はァ!」
「オレの孫ながら情けねぇ。ま、圧の受け方はこれから教えるつもりだったから丁度いい」
翁はそういい立ち上がる──
「着いてこい。多少の面倒は見てやる」
一色 彩人は魔術師としては半端のまま、神秘の中を歩き続けるのだった。




