不死者たちの旅路
・奏命凍月
読み:かなめいてづき
特徴:かつて東方の国家、『天楽ノ邦』によって滅ぼされた名も忘れられた小国の王家に伝わっていたとされる無銘の打刀。秘められた特殊な力があるとされているが、その詳細は不明。
龍暦1600年。遥か北の大地より飛来した異形の超越種族、《龍》による現実世界の浸食は激化し、人類はやがて訪れるだろう滅亡の時をただ待つのみとなっていた。しかし、そんな人類に、たった一粒の希望が舞い降りる。
その生まれは謎。その由縁は不明。しかして、その英雄たちは死の淵より蘇り、《龍》に唯一対抗できる種族として、日々《龍》とその浸食によって生まれた《龍》の眷属たちと決死の戦いを繰り広げている。
その名は《トランゼン》。死を越え、幾度となく死することが可能となった、心の臓を持たぬ不死の英雄。ある場所では救世主と呼ばれ、ある場所では怪物と恐れられる、人ではなくなった人々。これは、そんな《トランゼン》となった双子の少年少女とその仲間たちが織り成す、波乱万丈の旅路の物語である。
帝国と呼ばれる現状世界最大の王制国家の首都から遠く離れた山道を、巨大な鉄の塊のような装甲車がゴトゴトと音を立てて下り降りていた。
その装甲車の内部、運転席に座っていた十代半ばほどの少女が、隣の助手席に座っていた顔のつくりがそっくりな少年に話しかける。
「この山の麓だっけ?」
「の、はずだよ。そうだよねー?」
少年の名はフラル・ジーアイエン。とある事情によって死を超越し、長い時を生きる事になってしまった《トランゼン》である。
フラルに問われ、運転席の後方に設けられた小さなリビングルームのテーブルでカードゲームに興じる屈強な肉体を持った青年と中性的な外見をした少年とも少女ともつかない人物がフラルの方を向く。
「オレに聞かないでくれよ、そんなんいちいち覚えてるかっつーの。ニーアは?」
屈強な青年ことドレイク・ヒルジャーグに振られ、中性的な外見の十代前半くらいの人物、ニーア・シャイラムは嘲笑しながら答えた。
「ハッ、兄貴くんは本当に脳みその質が悪いねぇ~。まぁ、そういうボクも特に覚えてるわけじゃないけどさぁ~。」
「いや、人のこと言えねぇじゃねぇか! どの口が脳みその質とかほざいてんだよ!」
「あ~、あ~、聞こえなぁ~い。」
口喧嘩を始めてしまうドレイクとニーアに辟易し、フラルは狭い通路を背を屈めながら通り、運転席から抜け出すと、リビングルームの奥の天井に設けられたハッチを開こうとする。しかし、フラルがハッチを開くよりも早くハッチが開き、ひょっこりと逆さまの状態の首が飛び出してきた。
「合ってますよ。」
「カグヤ、起きてたの?」
「バカどもの口論で起きました。」
不機嫌そうな半眼で尚も喧嘩を続けるドレイクとニーアを睨みながらハッチから飛び降りてきた異国情緒漂うゆったりした服装を身に纏う小柄な少女はカグヤ・イテヅキという。カグヤはフラルの横を通り過ぎ、手にした打刀の鞘でドレイクの頭を音高く叩いた。
「いっで! 何しやがる!?」
「うるさいんですよ。主に兄貴さん、貴方の声が。ニーアさんよろしく喧嘩なさるのでしたら冷静に喧嘩なさってください。」
そう言い残し、運転席の助手席に腰を下ろすカグヤ。そして、装甲車を運転しているフラルに瓜二つの少女に懐から取り出した地図を見せる。
「ここを降りて森の中に敷かれた道をまっすぐ進めば、村の入り口です。運転代わりましょうか、フラウさん?」
カグヤの提案をやんわりと断り、ハンドルを再度握る少女は、フラウ・ジーアイエン。フラルの双子の姉であり、フラルと同様、ある事情によって《トランゼン》となった非人間である。
その後も、フラウは坂道の傾斜に応じてギアを器用に変えながら装甲車を危なげもなく操作し、やがて森の中に作られた平坦で粗末な道へと出た。
森の道を進んでいる途中、帝国史にまつわる書籍を読んでいたニーアが、何かに気付いたように顔を上げ、傍にいたドレイクとフラルに尋ねる。
「ねぇ、銃声聞こえない?」
「え?」
「オレ、お前らみたいに感覚鋭くねぇからわからん。」
「はぁ~、やだねぇ~凡人はぁ。」
「ちょっと待って、銃声って本当かい?」
また険悪な空気になりかけたところを焦った様子のフラルが止め、ニーアに問い詰める。
「うん、多分南の方向から聞こえたよぉ。」
「南って……目的地の方角よ!?」
そんな運転席のフラウの言葉が聞こえるや否や、フラルとニーアは同時に駆け出し、カグヤが出てきたハッチから二階部分に昇り、四つん這いで移動しながら、二階部分の天井に設けられたもうひとつのハッチの錠を解除し、装甲車の屋根の上に上体をさらけ出す。
「ニーア、双眼鏡ある?」
「はい、持ってきといたよぉ~無能さん。」
「さんきゅ!」
ニーアが吐く毒を無視し、双眼鏡を受け取ると、それを両の目に押し当てるフラル。そこには、木々の葉の合間から小さく民家群が確認でき、その民家群に囲まれるように設けられた広間に、大勢の人間が固まって座り込んでいる様子が視認できた。座り込んでいる人々の周囲を武装した人間が歩き回っているのも確認できる。
「……盗賊かな。」
「このご時世、生きるためなら手段を選ばない野生動物みたいな人間モドキ増えたからねぇ~。」
「僕やニーアも言ってしまえば人間モドキだと思うんだけど。」
「それはそれ、これはこれだよぉ。理解力持とうねぇ~。」
またも悪口は無視し、リビングルームに戻るフラル。ニーアも特に不満な顔を見せることもなく彼についていく。フラルがその場にいる全員に状況説明をすると、運転席のフラウが声高に宣言した。
「オッケー、非常事態よ皆! 戦闘準備!」
その声が車内に反響すると同時に装甲車はガクリと制動し、窓の外に村の入り口なのだろう木製のアーチが見えた。
そこからの全員の動きは実にテキパキとしていた。フラルは軽量の金属鎧を着こみ、リビングルームの床下からボロボロのアサルトライフルを取り出すと、マガジンを装着してコッキングレバーを引く。
ドレイクも同様に軽量の鎧を着ると、フラルのアサルトライフルの隣にしまわれていた二挺の拳銃を手に取り、安全装置を外して腰のホルスターに差し込んだ。
ニーアは鎧も着ずに村の入り口方面とは逆の出口から一度装甲車の外に出ると、壁のハンガーに取り付けられていた艦船に装備されているような対空砲を取り外し、肩に担ぐ。
カグヤは服のしわをしっかりと伸ばし、腰の帯を固く締めると、左手に打刀をしかと握り、装甲車のドアの前で待機するフラル、ドレイクの後ろに立つ。
最後にフラウが中型のスナイパーライフルを手に二階に設けられた屋根のハッチを開き、体は出さずにその場で待機すると、全員の準備が完了した。その直後フラウは深呼吸をし、頭だけハッチから覗かせ、村の内部をじっと観察し、武装した人間がこちらに気付いていないことを確認すると、車内中に響く声で叫んだ。
「総員、状況開始! 目標、事態の鎮静化! これより次第は各員の判断に委任する!!」
まず、リビングルームからフラル、ドレイク、カグヤが車外へ飛び出し、それに続くようにニーアが装甲車を軽々と飛び越えていく。フラウはハッチから身体を露出させ、スナイパーライフルのスコープに眼を当てた。
その盗賊たちはいきなり俺たちの村にやってくると、手にしたライフルによる威嚇射撃の発砲音で俺たち村人を脅迫し、女子供構わず逆らったら殺すと告げ、村の真ん中の広場に全員を集めた。この盗賊たちは、恐らく貴金属などの換金できるものなど奪っていかないだろう。そんな俺の予想通り、見張りについていたリーダー格らしき男に命じられ、見張り役の数人以外の盗賊が村の家々から盗み出してきたのは、主に食料品ばかりだった。
「お父さん、怖いよぅ……。」
先程から俺の腕を幼子とは思えない力でぎゅっと掴んで離さない息子が涙目で俺に訴えかけるのを、頭を撫でて落ち着かせてやる。
「大丈夫だ、食料ならまだ何とかなる……。」
だが、そう思っていない人間も中にはいたようで、村人のうちの一人、俺たちの家の三軒隣に住んでいた青年が突如立ち上がり、見張り役の一人に殴り掛かった。しかし次の瞬間、轟音と共に青年は銃弾で背中を蜂の巣にされ、その場に倒れ伏してしまった。
その銃声に驚いたのか、とうとう息子が泣き出してしまった。それにつられて、他の家の子供たちも次々に大声をあげて泣き始める。それに苛立ちを見せるリーダー格の男が、銃を俺に突きつけて怒鳴った。
「オイ、うるさいぞ! 黙らせろ!」
「……っ。」
その原因を作ったのは自分たちだと言うのに、何を偉そうに。そう思った俺がそのまま何もせずにいると、リーダー格の男は銃口を俺の息子に向け、俺に「五秒以内に黙らせろ」と迫った。だが、そんなことできるはずもない。子供だってひとりの人間だ。増して、そんな物騒な物を向け続ける限り、この子は絶対に泣き止まないだろう。
「ごぉー、よぉーん、さぁーん……。」
俺はせめて息子が撃たれないようにと、その体に覆いかぶさるように息子を抱きしめた。
「にぃー、いーち……!」
衝撃と痛みを恐れ、俺が目を閉じてしまった、その瞬間。
「――がひっ!?」
歪んだ悲鳴がやや遠くから聞こえ、その方を向くと、見張り役のうちのひとりの首から上が消失していた。鋭利な刃物で切断されたと容易に予想できるその首は、宙をくるくると舞い、リーダー格の男の足元に鈍い音を立てて落下した。
「ヒィッ!!?」
リーダー格の男が悲鳴を上げるのと同時に、また別の見張り役が焦ったような声を出す。
「だ、誰だおま――!」
咄嗟にその方を見ると、東方の伝統衣装を身に纏った黒髪の少女が、手にした東方式の刀で目の前にいた見張り役の首を刎ね飛ばしていた。
「おい、何してやがる! 殺せ! 殺せェ!!」
リーダー格の男の号令で、茫然としていた他の見張り役も我に返り、少女に向かって銘々その手に持った銃を乱射する。しかし、そのうちの一発とて少女の身体を傷つけることは叶わない。それほどまでに少女の移動速度は常軌を逸していた。
「どけ! こいつでやる!」
そのうち、ひとりの見張り役が大型のマグナムピストルを持ち出し、少女の真正面からそれを発射した。直後、少女の首が吹き飛び、少女は慣性のままに前のめりになりながらその場にぐしゃりと倒れてしまった。
――だが。
「ヒッ……!?」
「こ、こいつ、《トランゼン》だ! 死に損ないだ!!」
首のなくなった少女の身体がびくりと痙攣し、首を失った状態のままおもむろに立ち上がり、まるでそこに眼があるかのように、地に転がった刀を拾い上げ、見張り役たちの前に優雅に立ち塞がった。そして目にも留まらぬ速度で目の前にいた見張り役の一人の肩を掴むと、少女は自分の方へその男を引き寄せ、その首に横から刀を突き刺し、他の見張り役たちへと首に刀が刺さった状態の男を見せつける。
すると、少女が刀の柄をぐりぐりと前後に回すのに合わせて、白目を剥く男の口がガクガクと動き始めた。
『ザンねんながラ、クびをウシナうけいケンははじめテデハないのデ、コレシキのことでワタしはトメられませンヨ?』
次の瞬間、少女は男の首から刀を抜き、男を放り捨てると、残りの見張り役たちに襲い掛かった。