過ぎ去りし日々 8
進展かどうかわからない進展があったようです。
「これで一区切り?」
正式な申し込みとはおこがましいが
真剣な表情と必死さに負けて
たまに会うことを約束させられた
今後、お店の周りをうろつくことを禁じて
これ以上の迷惑を広げないようにはなったものの
それもいつまで続くやら・・・
ちょうど弟が出来て、周りをうろつくのに似て
新鮮さはあるものの、しつこさには溜め息だ
離婚したことも、子供がいることも
大方は知っていた様子で
今度一緒に動物園に行こうと言い出す始末
お店の皆は興味津々で、話を聞きたがり
本気なのかもとか、捕まえちゃいなさいよとか
無責任に言い放つ始末だ
そんな簡単にいけば、世の中苦労はないだろうに・・・
それともみんな、簡単に、考えもせずに
世間を渡り歩いているのだろうか
私にしたって十八、九の未通娘ではないのだから
何時までも、恥ずかしがる年でもないし
このまま年を取るつもりもないのだけれど
それにしてもこの割り切れない思いは何だろう
ふと気づけば、近頃は夢でうなされる事がなくなっていた
ふふふ、今度一緒に動物園、行ってみようかしら
どんな顔をして迎えてくれるやら
そこまでならば、それまでなんだし
そこを越えればもう少し、考えてあげようか
しかし・・・
あの男ばかりの考えだけで、子供が動くわけもない
私自身も子供からどんなふうに思われているのか、自信がないこともある
一歳半の時からずっと、母に預けたままなのもあり
どんな風に思われて、どんな心の折り合いをつけているのか
それさえも、私はなにも知らないことに気が付いて
ああ、浮かれていたんだと、いまさらに
我が身につまされて、そして、涙があふれる
そう、今度の動物園は、私の行く末への一区切りなんだ
これが私の大切な分かれ道なんだ
私と子供の未来への、二度とない選択なのだと
漸くに気が付くことができた
うん、今度のお休みは、一緒に動物園へ行ってこよう・・・
「再婚、そして・・・」
手が冷たいね
・・・一緒に手をつないだ時の感想だった
さあ、どこに行こうか、どこに行きたい?
・・・手をつないで歩きながらの二言目だった
私は子供に動物園へ行くことだけは伝えてあったけれど
この人のことは話してなかった
子供はどんな反応をするのか、何を思っているのか
私はニコニコしながらも注意深く表情を見ていた
ちょっとだけぽかんとした顔をしていたけれど
特に大きな表情の変化はない
いつものように静かで
何かを考えている様子でもなくて
同じ年齢の子供たちに比べると
どこか表情が少ないような気がする
大きく感情が動いている様子は見られない
落ち着いていると言われれば、その通りなのだけれど
どこかが違うように思うのだけど判らない
特に喜ぶわけでもなく、嫌うわけでもないし
おとなしく従っていても、楽しんでいないわけでもなさそうだ
ときに何かを考えているのか、じっと見つめることがある
田舎で母と暮らしている時にはどんな表情をしているのだろうか
もっと無邪気で、素直に喜んでいるのだろうか
私は今までにこれほど表情が乏しい子供を見たことがない
お店に連れてこられる子供たちはみんな
もっと泣いたり、笑ったり、怒ったり・・・
ふと、心に不安が拡がる
そういえば、わたしも表情が乏しいと言われてる
同僚から、お腹の底から笑ったことがあるのって
聞かれたことがあるんだっけか
失礼な、笑ったことぐらいあるわよと返事をするものの
正直自信がない、自分ではこれが普通だと思っていたのだけれど
私の笑い顔が凍りつく・・・
私はこの子を連れて、この人のところには行けないかもしれない
確かな予感として自覚した
この子のためにはならない、そう解ってしまった瞬間だった
この日、特に不都合なことは起きなかった
表情は乏しいものの、それなりに楽しんでいた様子だったから
あちこちを回り、ケーキを食べたり、ジュースを飲んだり
焼きそばを、ホットケーキを、カレーライスを分け合って食べたり
その後には、コンクリートの恐竜に登ったり・・・
植物園を探索したり・・・
すべてが終わってしまったそのあとで
恐る恐る聞いてみた、どうだった、やっていけそう?
私の子供、難しそうだけど・・・
そんなことないよ、あれくらい普通だろ
頭のいい子はあんなものだよ、成績とは別らしいけどね
それが答えだった
強い反対があったらしい、それでも強引だった
私はついて行くことを決めた、支えることを決めた
ただし、子供は元の籍に残すことを条件に
彼の両親は子供に逢いに行ったそうだが
会いたくないと言われて
結婚は認めるが、一緒には住みたくないと言われたという
彼はそれを聞いても、ただ笑っているだけだった
厳しい選択です。