59 騎士と姫の恋②
あまーいR15
名前を呼ぼうとしたら、下唇を吸われた。わざとなのか偶然なのか湿っぽい音が立って、唇だけでなく耳までとろとろに溶かされ、びくびくと身を震わせてしまう。
エドウィンはしばらくの間私の唇をはむはむと味わっていたけれど、やがて唇を離し、舌の先でつうっと私の唇のラインをなぞってきた。
「ひっぁ!?」
「可愛い、あなたはとても可愛い。こんなに可愛くて愛しいあなたを手放したくない。愛しています、カトレア様」
「……わ、たし……変な前世、持っているのに?」
「『れな』さんだった頃のあなたも、まるっと愛していますよ? それに、げぇむだのコウリャクタイショウだのいろいろあるみたいですが、終わったことに執着しても何にもなりません。今、俺は生きた存在としてあなたの側にいる。……それだけじゃダメですか?」
「ダメなことないっ! 私も、あなたが大好き!」
声を張り上げて愛を告げただけじゃ足りなくて、私は身を乗り出してエドウィンの両頬を掴み、ぎゅっと唇を押しつけた。
私の方から舌を絡めたり唇を吸ったりといった高度なテクは使えないけれど、エドウィンの薄い唇に自分の唇を押しつけ、すりすりと薄い皮膚同士をすり合わせる。
エドウィンは少し驚いたように私を見ていたけれど、私が精一杯自分からキスし、鼻や頬をすり寄せるのを穏やかな眼差しで見守ってくれていた。
いよいよ恥ずかしくなった私が顔を離してすとんと座り込むと、エドウィンは口元に手を宛ってくつくつと笑い始める。
「……はは。あなたはやっぱり可愛い人ですね」
「ご、ごめん。満足できなかった……?」
「うーん……満足できたかどうかと問われると、否ですね」
「……ごめんなさい」
「悪い意味じゃないです。……恥ずかしがり屋なあなたが勇気を出してくれたのだから、俺もあなたの想いに応えるのが筋でしょう」
そう言うとエドウィンは「舌を出して」と囁き、あっかんべーをするように舌を突き出した私のそれに自分のを触れあわせた。
唇には触れず、尖らせた舌同士で突き合い、舐め、唇の端を伝う唾液をぺろりと舐め取ってくる。ざらざらとした舌の感覚と熱っぽく見つめるエドウィンの眼差しに、いよいよ私の体も熱くなってきた。どこと言わず体中がキュンキュンしていて、苦しいくらい。
……い、いや。今はまだ朝だ! いくら明日までお休みといっても、お日様が煌々と照っているし! 朝ご飯を食べたばかりだし!
そう思って舌を引っ込めようとしたら、エドウィンは不機嫌そうな顔になって私を抱き寄せてきた。そして逃げようとした舌を捕らえ、わざとらしい水音を立てて吸い上げる。
「んんっ……!」
「……カトレア様。ぺんぎんに邪魔をされ続け、俺はあなたとの一線を保ち続けました。いざそのときになっても呪いで邪魔をされて――でも今は、邪魔をする者はおりません。俺たちが結ばれることを拒む者もいません」
灰色の双眸が揺らめく。その瞳には甘さもあるけれど、それ以上に強いのは捕食者の輝き。
さっきまで私の口内を蹂躙していた舌がつうっと自分の上唇を舐める様を見せつけられ、また体の奥がキュンキュンうずく。
「……愛しています、カトレア様。あなたを、抱きます」
「いっ!?」
「お嫌ですか?」
またしても、彼が舌なめずりをした。一気に及び腰になった私を獲物と認識しているのか、その目はぎらぎら輝き、私の背中と腰を支える手にも力がこもっている。解放するつもりは、ないみたい。
『あなたを、抱きます』
いやいやいや、それは困る!
困るけど……
「い、嫌というわけじゃない……」
「ならいいじゃないですか。俺は今すぐ、あなたをベッドに連れ込んで服を全部剥ぎ取って抱きたい」
「今は朝ですっ!」
「そうですね。それがどうしましたか?」
「だ、だって……明るいし……みんなが活動している時間だし――」
「明るいのは嫌ですか? だったらカーテンを閉めればある程度暗くなりますし、キティたちに寝室に近寄らないよう言えばいい話です」
いや、それはそうかもしれないけれど!
キティなら「ちょっと寝室に来ないで」とそれとなく告げれば皆まで言わず察してくれるだろう。離宮の使用人たちも、深追いせずに私たちをそっとしてくれるはずだ。
でもさぁ、でもさぁ!
「はっ、恥ずかしいもの!」
「ああ、いいですね、恥じらうあなたの姿。俺に余すところなく、たーくさん見せてくださいね」
「うううっ!」
「それとも……本当にお嫌ですか? 朝っぱらからあなたを抱こうとする俺のことを、軽蔑されますか?」
それまでは押せ押せフィーバーだったというのに、エドウィンは瞬時に鎮火して気遣わしげに私を見てきた。
「すみません、俺、また自分勝手に……お体の都合とかもありますものね。あなたがお望みでないなら夜まで待ちますし、なんなら明日以降ということにしましょう」
「……あ、あの。そうじゃ、ないの」
ごめん、と私はエドウィンの服を掴んで謝罪する。
ずっとずっと彼に待たせ、苦しませていたというのに、この期に及んでまだまごまごしているなんて。
「あの、朝ってのはやっぱりちょっと気が引けるけど――でも、私もあなたに抱いてほしくて……その、夜だったら明日に響くかもしれないけど、朝ならその後もゆっくり休めるしなぁ、なんて思ったりもして――だから、あの……大丈夫、です、はい」
なおも言い訳がましく言っていると、困り顔だったエドウィンは徐々に表情をほころばせ、私の右手を取ってちゅっとキスをした。
「あなたの仰せの通りです。今日は一日掛けて、あなたを愛でさせてください」
「……うん。たくさんたくさん、愛してください」
彼の首に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。至近距離で見つめ合い、すりすりと鼻先をすり合わせてじゃれた後、私たちはどちらからともなく唇を寄せた。
エドウィンに抱えられ、私は居間から寝室に向かった。廊下で待機していたキティたち使用人は私たちを見ると瞬時に事の次第を察してくれたようだ。キティは寝室のドアを開けて私たちを通した後、「わたくしたちはしばらく、階下におります」と言って皆で去っていった。
エドウィンが療養している間、一人で眠っていた大きなベッド。そこに横たえられ、エドウィンがカーテンを閉めて室内を薄暗くしていくのをぼんやりと見守る。
カーテンを全て閉めても、真夜中ほどの暗さにはならない。でも、ほどよい薄暗がりに包まれると羞恥心もだいぶ収まったし、エドウィンの顔もちゃんと見えるからこれくらいでよかったのかも、と都合のよいことを考えたりする。
でも、すぐに私の頭は余計なことを考えられなくなった。
愛情を確認するようなキスを受け、その合間に服を脱がされる。私をベッドに縫い止め、見下ろしてくるエドウィンの目はぎらぎらと獰猛に輝いていて、彼に衣服を剥かれ、体中にキスの痕を付けられていると興奮と期待の合間に、恐怖も感じてしまった。
それでも、エドウィンはずっと優しかった。
ずっと私を気遣い、「いいですか?」と確認しながら私を愛してくれる。私を暴いていく彼の両手は熱くて、それでも私を傷つけまいと、壊すまいと、最後まで優しさを忘れずにいてくれた。
「……エディ、愛してる」
二人分の熱の狭間をたゆたう私が呟くと、私の額にこつんと自分の額を押しつけたエドウィンは微笑み、鼻先にちょんっとキスをしてくれた。ごつごつした指先が痛みと幸福で流れていった私の涙を掬い、そのままあやすように頬を撫でてくれる。
「ええ、俺も愛しています。俺だけの、お姫様――」
私だけの騎士様はそう囁いて、私を溺れさせていった。




