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58 騎士と姫の恋①

あまーい

 食べさせあいっこをしたりお互いよそい合ったりしながら、いつもより時間を掛けて朝食を食べた。キティから事前に、「お二人は今日までお休みをいただいておりますので、ゆっくりしていただいて大丈夫ですよ」と言われていたので、遠慮なくいちゃつかせてもらった。


 食後、私は果物のジュース、エドウィンは渋めの紅茶で一服することになった。そして彼はキティも含めた使用人全員を下がらせ、私の肩を抱き寄せる。


「……腹も膨れたことですし。そろそろ話をすり合わせましょうか」

「……そうね」


 エドウィンの硬い肩にもたれながら、私はしばし、考えをまとめるために瞑目する。

 エドウィンは、夢の中でのやり取りを全て知っているはずだ。自称神なフンボルトペンギンのことも、私の本音のことも。そして――


「……げぇむのコウリャクタイショウ、でしたか」


 エドウィンの呟きに、私はほんの少し体を震わせた。

 隣を見ると、エドウィンは手元のカップをじっと見つめている。


「それって多分、あなたの前世に関連するのですよね」

「……ええ。前世の記憶がある、って以上にトンチキな話になるけれど……聞いてくれる?」

「はい、謹んで拝聴いたします」


 エドウィンが私を見た。

 灰色の目に疑いの色や戸惑いの色はなく、私を信じる、私の話を最後まで聞くと、雄弁に語っていた。


 ……そう、夢の中でもそう言ってくれたんだ。

 だから、大丈夫。

 もう、ジルベール様に片想いしていた頃の私じゃない。


 私は少しずつ、前世のこと、「シークレット・プリンセス」というゲームのこと、私が死んだ後のことを話し始めた。


 ここは、前世にプレイしていた「シークレット・プリンセス」という恋愛シミュレーションゲームの世界。

 神の不手際によって死んでしまった私は償いとして、SPの世界で一番好きだったキャラと結婚させてもらうはずだった。でも神の手違いで――セーブデータとか周回とかは混乱するだろうし本題じゃないから言わないことにした――当時推しだったジルベール様ではなく、エドウィンと結婚することになってしまった。


 前世の私にとって、声が大きく、物言いが少し雑で、容姿は整っているけれどちょっと怖いエドウィンは、好きになるどころか「苦手」の部類に入った。ゲームでも彼のことは最後まで好きになれなかったので、結婚するとなって最初はショックを受けたし、彼に抱かれる気にもなれなかった。

 でも、共に時間を過ごすうちに、ゲームの画面越しじゃ分からないエドウィンのたくさんのいいところや素敵なところを見つけることができた。神は、私とジルベール様をひっつけようと画策していたようだけれど、私はイベントを回避しようとしたし、エドウィンも最後まで粘った。


 神の目的は、「転生した『加藤れな』が幸福な第二の人生を歩めること」なので、エドウィンを愛する私が彼を喪えば、私は不幸になる。だからジルベール様と無理矢理くっつけようとするのを諦め、私たちはこの世界に戻ることができたのだ。


 ……話しながら、なかなかトンチキな話だと思う。この世界では前世の記憶とか転生ってのが信じられているようだけれど、「あなたは前世のフィクションキャラクターなのです」なんて言われたら驚くだろうし、不快に思う人だっているだろう。


 エドウィンも、最初は難しい顔をして黙っていた。でも私の肩を抱く腕を下ろそうとはしないし、私が言葉に詰まったり言いよどんだりしたら、励ますように背中を撫でてくれた。


「……つまり、俺を含むこの世界は全て、あなたが『れな』さんだったときの架空の物語の中の存在だったのですね」

「……ええ。私もまさか、前世に大好きだったこの世界に転生するなんて、ゲームをやっていた当時は思っていなかったけれど……あの、やっぱり信じられない?」

「にわかには信じられないですね。……でも、俺は実際に神を名乗るあの生き物――ぺんぎんでしたか? あれと出会っています。あいつ、ずっと俺の頭の中で命じていたんです。カトレアを抱くな、彼女が愛するのはおまえじゃない、ってね。最初は誰なのか分からなかったけれど、夢の中で声を聞いて分かりました」

「やっぱりあのクソ神がっ――!」


 下品な言葉遣いになっているのを覚悟で、クソ神を罵る。

 あいつは、最後の最後まで自己中心的だった。可愛いペンギンたちに罪はないけれど、今はあの白黒の姿を考えるだけでむかむかしてきた。


 エドウィンは鼻息荒く神を罵る私をなだめるためか、すりすりと頬をすり寄せてきた。ちょろい私はそれだけでどきっとしてしまい、大人しくエドウィンの腕の中に収まった。


「そういうわけで、信じざるを得ないというか――俺、あのぺんぎんに脅されたんです。今からカトレア様の本音を見せるから、覚悟しろって」

「やっぱり殴っておけばよかった!」

「……あなたがおしきゃらのこととか、ジルベール殿下のことが好きだったこととかを語るのを聞いたら、死にそうなほど苦しくなりました。でも、あなたはこんな俺を愛してくれた。あなたがさらけ出してくれた本心はとてもきれいで、愛情に満ちていて、俺を助けてくれた」


 私の肩に添えられていたエドウィンの手が腰に触れ、そっと私の体を回転させた。体を少し捻り、ソファの上でエドウィンと向かい合うようになった私は、優しく見つめてくる灰色の眼差しに意識を奪われてしまう。


「……神にとっても、あなたが俺を愛しているというのは誤算だったのでしょうね。もしあなたがジルベール殿下を愛しているのなら、俺はあの白い世界で心を砕かれ、呪い殺されていたでしょう」


 ……そういえばあのクソ神、「わしの負け」みたいなことを言っていたな。

 それってつまり、私が暴露する姿をエドウィンに見させ、ジルベール様を取るかエドウィンを取るかで賭けをしていたってこと? 私がエドウィンを選べば彼の呪いは解け、ジルベール様を選んだら呪い殺されていた――?


 ふざんけんな。

 本当の本当にふざけんな!


「……そんな苦しそうな顔をしないで。可愛いあなたには、笑顔でいてほしいです」


 今の私はおそらく「苦しそう」というレベルじゃないくらい醜い鬼の形相をしていたはずだけど、エドウィンは目尻を垂らして私の頬にそっと触れてきた。それだけで安心し少し頬の筋肉を緩めてしまう私は、本当にちょろいと思う。


「あなたは俺が思っていた以上に、たくさんのものを抱えていたんですね。……あなたにたくさん辛い思いをさせ、悲しませてしまい、すみません。俺は、ふがいない男ですね」

「そんなことなっ――」


 い、まで言うことはできず、吐息はエドウィンの口内に吸い込まれていった。

 素早く身を屈めてきたエドウィンは私の両肩を優しく掴み、キスしてきた。私は喋っている途中だったから口が開いていて、エドウィンはそこに素早く舌を滑り込ませ、する、と口内を舌でなぞってきた。私がさっき飲んでいたジュースとエドウィンが飲んでいた苦めの紅茶の味が混じり、口内で絡まっていく。


 ぞわぞわとした甘い痺れが背中を走り、鼻から抜けるような声を上げてしまう。それに気づいたらしいエドウィンは満足そうに目を細め、自分の上唇をちろりと舌なめずりした。妖艶な眼差しに射られ、私の体の奥がきゅんっとうずく。


「……でも、俺がふがいなくて情けなくても、神の前で告げた言葉に偽りはありません」

「んっ……?」

「俺は、あなたと一緒じゃないと嫌だ。あなたが他の男に奪われるのを指を銜えて見守るなんて断固拒否だし、そもそもあなたを手放したくない」

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