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55 神を脅す者①

「おお、久しいな」

「ふっざけんな唐揚げにされたいのか」

「初っぱなから酷いことを言うでない」


 めっ、と私を叱ってくるのは、私の膝くらいの身長しかない白黒の生き物――フンボルトペンギンだった。


 真っ白な世界と、ペンギン。

 ……そうだ。ここは、車に轢かれた私が最初に引き込まれた世界。

 私の足下で偉そうに喋っているペンギンの正体は――


「あんた、神だっけ」

「そうとも。わしは神。そなたをこの世界に転生させたのだが……ニンゲンの貧相な脳でもちゃんと覚えていたようだな」


 腰に手――じゃなくて翼を宛い、えっへんと胸を反らすふてぶてしいこのペンギンの正体は何を隠そう、神様だ。


 前世の私は職場付近をうろついていたこいつを助けようとしたために、車にはねられた。どうやら自分のせいで人間を死なせるというのは神の世界ではまずい行為らしく、こいつは私が好きだったゲーム「シークレット・プリンセス」の世界のヒロインに生まれ変わり、推しキャラと結婚させるということで罪を償おうとした。


 ……うん、そうなんだけど。


「あんたさぁ、なんで今になってノコノコ出てくるわけ!?」


 吐血して目覚めないエドウィンを心配する気持ちと、いきなりこの場所に拉致られたことへの怒りを、このペンギンにぶつけることにする。

 でもペンギンは唾を飛ばしながら怒鳴ってもびくともせず、はて、ととぼけた仕草で首を傾げた。仕草自体は可愛いのに、この中身が爺言葉を喋るうっかり神だと思うと愛でる気にはなれない。


「それはそなたが、エドウィンも攻略対象ではあるが自分のおしきゃらでないと嘆いたからであろう」

「そもそもあんたが間違えたんでしょ!?」

「おお、そうだの。そなたのおしきゃらはエドウィンではなく、ジルベールだった。そうだな?」

「そうだけど」


 私が答えたとたん。

 ゆらり、と何かが揺れた気がして、私は周囲へ視線を移動させる。


 私たちの周りは見渡す限り真っ白な世界で、何か揺らめきそうなものは存在しない。……さっき、何かが揺れた気がしたんだけど、気のせいかな。


「おしきゃらを間違えた件に関しては、すまなかったと思っておる」

「つくづくろくなことをしない神ね」


 ……あっ、またどこかで何かが揺れた。


「そう、わしは自分の行動を反省しておる」

「反省しているなら、もうちょっとそれっぽい雰囲気を出してよ」

「わしは神だから、ちっぽけなニンゲンに対して頭を下げるつもりはない」

「むかつく」

「まあ、それはいいとして。……わたしはちゃーんと、そなたに償いをしてきたぞ?」


 謝るどころか尊大な態度で言われ、私は眉根を寄せた。

 償い? そんなのされたっけ?


「……それって、私が転生したときのことでしょう。他に何かされたっけ?」

「したであろう。そなたはおしでも何でもないエドウィンと結婚することになり、憂鬱になっておった。だが、嘆くのはまだ早い。そう思ってわしはちゃーんと、るぅとへんこうの鍵を渡した」

「……ルート変更の鍵?」

「そうとも。そなたがエドウィンと離婚してジルベールと結婚できるよう、わざわざげぇむのいべんとを発生させてやったではないか」


 どこまでも偉そうな喋り方のペンギンだ。

 ……それはいいとして。


「……イベントを発生?」


 なんじゃそりゃ……と思ったのもつかの間。ぴんと思い出されたのは、オペラハウス視察に行ったときのこと。

 エドウィンと結婚――つまるところエドウィンルートをクリアした状態だというのに、ジルベール様のイベントが発生した。イベントを回避しようとしても、急に馬車に酔ってしまいさらに次の段階のイベントが発生する始末。


 あのときは正直それどころじゃなくて、どうして今になってジルベール様の恋愛イベントが……ってのは今の今まで忘れてしまっていたけれど、つまり――あのオペラハウス視察でイベントが起きたのは、このペンギンのせいだったというの?


「……なんで、そんなことを――」

「わしの方が、どうしてわざわざわしの厚意で発生させてやったいべんとを無駄にしたのか聞きたいくらいだ。あのままジルベールと親しくなっていれば、皆はそなたとジルベールの仲を疑う。ジルベールは、望まぬ結婚をしてしまった従妹に情を移し、逢い引きするようになる。いずれエドウィンもそなたたちの関係に気づき、そなたの幸せを願って自分一人が罪を負い、王都を離れるという予定だったのだが」

「最悪じゃん! 何その不倫女!」


 ペンギンはさも当然といったように語るけれど、その内容は実にゲスだ。美談のように言っているけれどつまりそれは、私とジルベール様を不倫させて、エドウィンを追い出そうっていう作戦じゃないか!


「あんた、最低」

「何を言うか。そなたのことをしつこく想い、いつまでもそなたにずるずると執着するエドウィンに自制を呼びかけ、それでも抗おうとするから排除するため呪い殺そうとしてやっているのだぞ」


 精一杯の恨みを込めて「最低」と言ってやった側から、このペンギンはまたしても爆弾投下し、私の地雷を踏み抜いていった。


 ……自制を呼びかけた?

 呪い殺そうとしている?


 カチリ、と頭の中で何かのピースが嵌った。


『それはだめだ、って頭の奥の方で誰かが叫んでいるような気になるんです』


 以前、エドウィンと甘い夜を過ごしていたとき、彼が口にした言葉。

 そのときはその場の雰囲気もあってさらっと流してしまったけれど、もしかして、その「誰か」というのはこのクソ神だったの?


 私とエドウィンがなかなか離婚しないから、クソ神はエドウィンに自制――私を抱かないようにと呼びかけた。

 でも、エドウィンを自制させることはできても、私とは離れたがらなかった。おまけにあの夜、ついに肌を重ねようとしたものだから強硬手段に出たということ――?

 エドウィンが苦しんでいるのは病気だからではなく、クソ神が呪っているから。

 私に「愛している」と言ったときや「すみません」と謝罪したときにより症状が酷く出たのは、クソ神が操作していたから――?


 ぷつん、と何かが切れた。

 数本切れた。


「……ふっざけんな、クソチキン! なんで、なんでエディを呪い殺す必要が!?」

「……神族の掟だからだ」


 それまでの軽々しい口調から一転、ペンギンは神妙な顔つき――っぽくなって、言った。


「わしはわしの過失でそなたを死なせた。わしは、転生したそなたが幸福になれるよう導かねばならん」

「で、それでどうしてエディを死なせようと?」

「そなたの幸福は、ジルベールと結婚することだろう?」

「いつの話してんの! 今の私はとーっくの昔に、エディのことが大好きになっているんだから!」


 普段なら恥ずかしくて言えないような言葉だけど、目の前にいるのはフンボルトペンギンの皮を被ったクソ神だけ。


 ――ふわり、と何かが揺れる。


「そりゃあ確かに、最初はびっくりしたし、がっかりした。でも、エディは声は大きくてちょっと雑だけど、今では彼のそういうところも全部可愛いと思えるし、大好きだし、だっ、抱いてほしいと思っている!」

「わしもできることならもっと早くそなたを助けようと思ったのだが、いかんせん時間が掛かりすぎた。その間にそなたもエドウィンに同情し、絆されてしまったのだろう」


 このペンギン、全然話が通じない!


「失礼なことを言うなっ! 私は今、ジルベール様のことは従兄として、同じ王族として尊敬している! 私がエドウィンに対して抱く感情とは全く違う!」


 まぶたが熱い。

 怒りと、悲しみと、エドウィンへの申し訳なさで涙がこぼれる。

 うなされながら彼が私に謝罪したり、自分の死後のことを話したりしていたのは、倒れた後もずっとこのペンギンに脅されていたからなんだろう。


 優しくて自己犠牲精神の強い彼のことだから、他人を詰るのではなく自分を責める。今回のこともきっと、「自分がいなければ、カトレアは本当に好きな人と結婚できたのに」と自責の念に潰されそうになっているんだろう。

クソチキン

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