47 サイネリアのターゲット②
「それはよかったです。……ちなみにそちらにいるエドウィン・ケインズはここにいるわたくしの従姉、カトレア・ケインズの夫です」
「おや、ではあなたがケインズ殿の愛する奥方なのですか」
殿下は、私に視線を向けてきた。私がドレスの裾を摘んでお辞儀をすると、軽やかに笑う声がした。
「ケインズ殿には軍事制度やエルフリーデ軍が所蔵する武具についてのお話も伺いましたが、奥方の話も聞かせていただきました。美しくて優しい、生涯かけて守るべきお方だと語っていたときのケインズ殿は、とても輝いていましたよ」
「お恥ずかしい限りです、殿下」
楽しそうに語る殿下に対してエドウィンが少し照れたように言ったけれど……そ、そっか。エドウィン、殿下に私のことをのろけたのか。
その後、殿下はサイネリアとアルジャーノンを交えて話をすることになった。ここまでは当初の予定にはなかったけれど、サイネリアはもちろん、殿下もまんざらでもなさそうなので予定変更になったみたいだ。アルジャーノンは最後まで「早く城に戻りたい……」と言いたそうな顔をしていたけれど。
私もその場に同席することになっていたので、殿下、サイネリア、アルジャーノン、と続いて私も本部にお邪魔する。
それまでずっとドアを開けていたエドウィンは私と視線がぶつかると、柔らかく微笑んでお辞儀をした。
「……ようこそいらっしゃいました、カトレア様。アドルフォ殿下の接待係として、僭越ながら俺も同席させていただきます」
「もちろんです。……あなたと同じ場所で仕事ができること、嬉しく思います」
そう返事をすると一瞬、エドウィンの目が揺れた。それはいつも彼が「ありがとうございます!」とか「嬉しいです、カトレア様!」と感情を露わにするときの前触れだった。
でも彼はすっと息を吸い、粋な仕草で軍帽を取って胸に当てた。
「俺も同じです。……こんな場所で立ち話も何ですし、中へどうぞ、カトレア様」
「……。……ええ」
ちょっとしたときに見え隠れする、違和感。
今、その理由が少し――ほんの少しだけ、見えた気がした。
王子殿下との話は、始終和やかに進んだ。
サイネリアは猫を被ることもせずズバズバいつもの様子でいるもんだから、私は一人ヒヤヒヤしていた。でも王子殿下は見た目に違わず穏やかな人で、ずけずけものを言うサイネリアに合わせ、おっとりと受け答えをしていた。
なんというか、お淑やかなお姫様の皮を被らずに素の自分で最初から勝負を仕掛ける辺り、サイネリアの本気具合が分かるようだ。
話を終えた王子殿下は迎えの者に連れられて退出し、私たちも城に戻ることになった――のだけれど。
「結構時間が掛かってしまったし、カトレアも振り回してしまったものね。今日はもう離宮に戻っていいわ」
サイネリアからそうお許しがあった。この後、もうちょっと書類整理を手伝うはずだったんだけど――
でもサイネリアだけじゃなくて、アルジャーノンも難しい顔で頷いている。
「それがいいです。ここは本当に砂だらけですし、カトレア姉様も御髪が傷む前に早めに湯を浴びた方がいいですよ」
「そういうこと。……エドウィン・ケインズ。カトレアを離宮までお送りしなさい」
後ろを振り返ったサイネリアは、戸口に立っていたエドウィンに命令した。……そういえば彼、「きりが付いたら、帰宅します」と言っていたっけ。つまり、彼もそろそろ上がる時間なのかな?
どうやら私の予想通りだったようで、エドウィンは一旦席を外して上官の許可をもらいに行き、戻ってくると頷いた。
「上官からも、今日は上がるようにとのお言葉をいただきました。カトレア様と一緒に離宮に戻らせていただきます」
「ええ、そうなさい。……カトレアも、明日からまたよろしく頼むわ」
「かしこまりました。では、失礼します」
サイネリアとアルジャーノンの許可が下りたから、私たちは揃って退出する。
騎士団本部から離宮まではちょっと距離があるので、二人乗りの馬車に乗って帰ることになった。普段女王陛下がチャーターしてくださる馬車より小振りだけれど、私たち二人だけが乗るのならこれくらいで十分だ。
「今日はお疲れ様でした。まさか、サイネリア様がいらっしゃるとは思っていなかったのですが……」
並んで座っているとエドウィンがしみじみと言ったので、私はくすっと笑ってしまった。
「私もびっくりよ。というか最初の予定では様子を見るだけで、膝を合わせてじっくり話をするはずじゃなかったんだけど……エディも巻き込んでしまったね」
「俺はあれも仕事の一環だから、全然構いません。むしろ、もしサイネリア様とアドルフォ殿下が今後縁を結ばれるのでしたら、そのお助けができたということで自慢もできますからね」
そう言うエドウィンは誇らしそうに胸を張っていて、いつも通りな彼の姿にほっと一安心だ。
……あ、そういえば。
「エディ、アドルフォ殿下に私の話をしたんだって?」
殿下がそんなことを言っていたのでなんとなく話題に出すと、とたん、エドウィンはさっと青ざめて私を凝視してきた。
……あれっ、どうして?
照れるか笑顔で頷くかだろうと思っていたエドウィンの意外な反応に私が不意打ちを受けていると、彼はしゅんっと項垂れた。
「……そ、その……すみません。殿下が、姫婿である俺に興味を持たれたので――」
「謝ることじゃないわよ? 私の愚痴とか文句を垂れたわけじゃないんでしょう?」
「そんなこと、天地がひっくり返ったって絶対にしません!」
わあ、久しぶりに彼の大声を聞いた。
でも彼はすぐにはっとし、唇を噛んで心底悔やむように頭を下げてきた。
「……すみません、大声を上げたりして」
「……あの、さ。エディ、何か様子が違う?」
今朝からずっと思っていたことを、これを機に尋ねてみることにする。
簡単に言うと、エドウィンらしくない。いつも以上に自分を抑え込んで、本心ではない別の行動を無理矢理取っているように感じられる一日だった。
私の指摘を受け、エドウィンは虚を衝かれたかのように目を見開いた。そしてがくっと肩を落とし、頭を抱えて「あー」とか「うー」と唸り始める。
「……やっぱ今日の俺、おかしかったですか?」
「おかしい自覚はあったのね」
「ええ、まあ、その……何と言いますか」
エドウィンは言いよどみ、しばらくの間そのままの姿勢で沈黙した後、顔を上げた。
さっきより顔色はいいけれど、悩ましそうに眉根をぎゅっと寄せている。
「……分かりました。事情はお話しします……が、こんな揺れている馬車の中で話すのもアレなので、離宮に着いてからでいいですか?」
「もちろんだけど……あの、言いにくいこととか私には言えないことなら、無理はしなくていいからね?」
追及しておきながらにわかに不安になったので、そう呼びかけた。彼にも個人的な事情はあるだろうから、妻だからといって彼のプライベートを余すところなく暴露させるのはおかしいだろう。
でもエドウィンは首を横に振り、観念したように苦笑した。
「本当に、しょーもないことなんです。ぶっちゃけるとあなたには秘密にしたかったのですが、怪しまれたのなら仕方ないです」
「……分かった」
状態異常・「なんか変」に掛かった理由は私には秘密にしたかったけれど、バレてしまったのなら仕方がない……ってこと?
よく分からない……。




