40 猟犬の本性②
あまーいちょっとR15
過去の私は、ジルベール様の癒しオーラと包み込んでくれるような愛情を求めていた。でも、「カトレア」として二度目の生を受けた私はちょっと違う。
愛情はもちろん嬉しいけれど、理解してくれる心と一緒に歩いてくれる存在、素の私をもまるっと受け入れる度胸を持った人を求めていると、ようやく分かってきた。
今の私は、カトレア・ケインズ。
画面越しのジルベール様に恋をし、グッズを集めてハアハア言い、萌え転がっていた「れな」ではない。
私はゼロから――いや、エドウィンのキャラ的にはマイナススタートだったかも――夫との関係を築き、彼のたくさんの良さを知り、温かさに触れてきた。そうしていると、彼ともっと近づきたい、キスをしたい……そう思えるようになってきた。
そのことをたどたどしく伝えるうちに、ますますエドウィンの頬が赤くなっていく。「えっ、それは……」とか「あ、あの、まさか……」といった言葉が漏れるけれど、「待て」の命令を忠実に守ってその場から動かず、話に割って入ろうとはしない。
「……だから、あの場でフリで済ませてもらいたかったのは、あなたのことが嫌だからじゃないの。むしろ……初めてちゃんとするキスを皆の見せ物のようにはしたくないと思ってしまって……ごめんなさい。あなたは一生懸命対応して、提案してくれたというのに」
そう言って頭を下げると、ついにエドウィンは「待て」モードを自らぶっ壊してマットレスに両手を突いた前傾姿勢になり、私の顔を覗き込んできた。
「謝らないでください! あの、俺、あなたの気持ち、よく分かりました! 俺こそ、あなたの思いとかをなんにも考えずに軽率な提案をした挙げ句、あなたに気づかれるほど情けなく落ち込んだりして……すみませんでしたッ!」
体育会系のノリで言い切ったエドウィンは、そのまま柔らかいマットレスに頭突きする勢いで土下座した。気持ちは分からなくもないけど、そんな安易に土下座しないでほしいというのが本心だ。
……そういえばいつの間にか、エドウィンのいきなりの大声にもびくっとしなくなっていたな。これは耳が慣れたからなのか、それとも――
「顔を上げて。あと、私の前で土下座はもうナシだから」
「す、すみません。……あの、ということはですね。カトレア様は……その、俺とキスすること自体はまんざらでもない、ってことでいいんですかね……?」
「……ええ」
勇気を出して頷くと、とたん、エドウィンはぱあっと顔を明るくさせて私の両手を取り、ぎゅっと握ってきた。
「ほ、本当ですか!? あの、無理とかしてませんか?」
「してないわ。……さんざんあなたを待たせて、困らせていた私がこんなことを言うのもおかしいのだけれど」
唇を湿し、ゆっくり呼吸する。
思っていることを、ちゃんと伝えないと。
いつも真っ直ぐ私を見つめてくれる彼に応えるためにも。
「……あなたの真っ直ぐさが、好きです。私をいつも気遣ってくれるところが、好きです。ちょっと無茶するところも……全部、好きです」
「カ、カトレア様……」
「好きだから……もっとあなたと近づきたい。私があなたのことを好ましいと思っていると分かったのだから、それを言葉に、態度に表したい。……そう思うようになったの。ちょっと、遅すぎたかもしれないけれど」
「そっ、ンなことありません!」
エドウィンはぱっと私の手を離し、そして正面から抱きついてきた。
私の体から漂う甘い香りが匂い立ち、エドウィンの体にも絡みついていく。
「ああっ、もう……何を言われるのかどきどきしていたけれど、言われてからもどきどきが止まりません! 本当に、あなたという人はどうしてここまで俺をむちゃくちゃにするんですかっ!」
「だめだった?」
「大歓迎です!」
情熱を込めて言い切った後、エドウィンはこほんと咳払いをして少し私との距離を取った。
ランプの明かりを受け、エドウィンの灰色の目が柔らかに光っている。そこに獰猛さはなく、静かに漣立つ海のような、穏やかな風吹く春の野のような、静謐な輝きをたたえている。
彼の唇が、私の名を呼ぶ。
彼の片手が、顎のラインに添えられる。そのまま、無理のない力でくいっと仰向かせられると、灰色の目とばっちり視線がぶつかった。
もう一度、名前を呼ばれた。
私もまた、彼の愛称を呼ぶ。
彼のもう片方の手が、後頭部に添えられた。少し喉を反らせた私が苦しい体勢にならないよう精一杯気遣う彼は掠れた声で、私に目を閉じるよう懇願した。
彼らしくもなく弱々しいその言葉に逆らえるはずもなく、従順にまぶたを下ろす。視界がシャットアウトされ、彼の息づかいや衣擦れの音が響くのは、パーティーのときとほとんど同じ。
でも、直後に唇をかすめた彼の呼吸の熱さや、手つきのなまめかしさ、そして――私自身の激しい脈動は、さっきとは比べものにならないほどだった。
そっと、唇が重なった。
まるで、大切な宝物に触れるかのように。重ねられた唇はどちらのものも熱く、触れあったあわいで二人分の熱が溶け合う。
唇が触れていたのは、ほんの数秒のこと。やがて、唇の皮が少し引っ張られる感触と共に熱が離れていき、私はまぶたを開いた。
はあっ、と吐き出された熱っぽい息は、どちらのものだっただろうか。
これ一度で終わりで、はいオヤスミ、にはなりたくないと思ったのは、どっちだろうか。
今度はどちらからともなく唇が寄せられ、さっきより強く、長く触れあう。やがてエドウィンの唇が少し開き、私の下唇を愛撫するように柔らかく食んできた。
何をしているの、と問いただす気持ちを込めて、尖らせた舌先で彼の唇をつんつん突いた。でも、どうやらこれは逆効果だったようだ。
何かのスイッチが入ったのか、もしくは何かのストッパーが解除されたのか。エドウィンの瞳がきらりと輝き、私の体をとんっと押してベッドに寝かせ、唇をなぞるように舌を這わせてきた。
「んっ……エ、ディ――?」
「煽ったのはあなたです」
ベッドに寝転がった私を見下ろして、悪い人ですね、と笑うエドウィンは、もはや忠犬でも可愛いわんこでもなんでもなかった。
――獲物を捕らえようと構える、猟犬の眼差し。
獲物はもちろん、彼にやんわりと組み敷かれた私だ。
彼は腕を伸ばしてランプの明かりを落とし、一気に真っ暗になって小さく声を上げた私には見えないところでククッと笑った。どうやらエドウィンは私よりも、目が暗順応するのが早いみたいだ。
「可愛い人。今夜はたくさんたくさん、あなたにキスを贈らせてください」
「エ、エディ、なんか、いつもと違う……?」
暗闇の中では輪郭がぼんやり見えるくらいなので、腕を伸ばして彼の頬に触れようとするけれど、うまくいかない。エドウィンの温もりに触れられないことに寂しさを感じているとすぐに彼の方から身を屈めてくれたようで、私は夫の背中にすがりつくことができた。
くしゃっとシャツを握りしめる音と、くすっと小さく笑う声。その微かな声さえいつもの彼とは違っていて、私の体をびくっと甘く震わせた。
「んー、そうですね。でもこれも俺の本性の一つです。……こんな俺は、お嫌ですか?」
「……私限定なら、嫌いじゃない」
「光栄です!」
ようやっと目が暗闇に慣れてきたので、ニッと笑う彼の顔がぼんやりと見えてきた。
……甘い香りが、漂う。
その香りに導かれ、誘われるかのように、私たちは四度目のキスを交わした。




