39 猟犬の本性①
結局、サイネリアがその場で即決闘――じゃなくて結婚を申し込むような相手は見つからなかったようだけど、「骨のありそうな貴公子を数人見つけました」と、ジルベール様はご機嫌だった。アルジャーノンも「姉様、いつもより機嫌がいいですね」と言っているし、兄と弟に挟まれて二階フロアに戻ってきたサイネリアもまんざらでもなさそうな表情だった。
「カトレアもご苦労様。今日はゆっくり休みなさい」
「はい。失礼します、サイネリア様」
「……いろいろうまくいったようね。そっちに関しても、ご苦労様」
「……こちらこそ、です」
私たちは声を潜め、そして同時にニッと笑った。会自体はもちろん、「私たちの夫婦仲のよさを見せつけよう」作戦も成功したからね!
サイネリアの許可も得られたことだし、私たちは揃って退室した。途中、例の姦しい貴族の皆様の側を通ったので簡単に挨拶したけれど、最初とは別の種類の視線を感じた。もはや私たちの不仲説を囁く者はいないようで、例の伯爵夫人でさえ、「本当にお仲がよろしかったのですね」としみじみした口調で言ってきた。いい感じだ!
お互い疲れていたので、帰りの馬車の中ではうとうとしてしまい、離宮に着いたらそのままそれぞれ寝仕度を整える。
「今宵は大成功だったそうですね、カトレア様!」
既に離宮にもだいたいの報告は行っていたようで、風呂に入っている最中、ご機嫌そうなキティに言われて私も頬を緩めた。
「ええ。最初は疑って掛かる人もいたけれど、エディも頑張ってくれたみたいだしうまくいったわ」
「そのようですね。……ちなみに、わたくしどもが伺った内容によりますと、『レディ・カトレア・ケインズとその夫は、皆の前で愛情に満ちた口づけを交わしていた』とあったのですが、フリではなくて本当になさったのですか?」
……いったい誰がその報告をしたのか気になるけれど、それは今は置いておこう。
くるんくるんの癖の付いた長い髪を洗い、傷めない程度にぎゅっと絞られながら私は「フリだよ」と答えた。
「エディの方から提案してきたんだ。夫婦なんだし、この世界は結構オープンだから人前でキスをするのもおかしくはないだろうしってことで、了解したの」
「……なるほど。カトレア様の前世の世界では、皆の前で夫婦がキスをするというのはあまり見られない光景だったのですね」
「少なくとも、私が生きていた国ではね」
キティと言葉を交わしつつ、私は泡風呂に浮いていた大きめの泡を掬い取り、ふうっと息を掛けて飛ばした。虹色の光沢を放つシャボンは一瞬だけ宙に浮いたけれど、すぐに音もなく弾けて石けんの液をまき散らす。
――そう、さっきのキスはただの「フリ」。
私とエドウィンの仲がよいことをアピールするための演出のひとつ。
そこに他意はなかった。……なかった、はずだった。
「……ねえ、キティ」
ネグリジェに着替え、寝室に向かう。いつも通りエドウィンは既にベッドに腰掛けて待っていて、私を見ると立ち上がってぎゅっと抱きしめてきた。
「今日はお疲れ様でした、カトレア様」
「エディこそ、本当にありがとう。助かったわ」
「あなたのためなら、これくらいなんてことありません! ……あれ? なんだか今日もいい匂いがしますね」
「そう?」
すんすんと体の匂いを嗅いでくるエドウィンに私は素知らぬフリをしたけれど、決して彼の気のせいではない。
キティに頼んで、私は風呂上がりに例のサイネリアからの贈り物をちょっとだけ体に付けてみた。シャイな旦那様が云々とまではならずとも、これで一歩前に進む勇気が出れば――と思ったんだ。
私はエドウィンと一緒にベッドに上がり、向き合って座った。媚薬の匂いを吸い込んだためか、エドウィンの頬がうっすら赤くなっているような気がする。
……まずは、私の方から言うことがある。
「エディ、さっきのことだけど」
「……え? どれのことですか?」
「キスのこと」
思いきって言うと、そわそわと視線を揺らしていたエドウィンは瞬時に私を凝視し、薄く開いた唇から「えっ」と小さな声を漏らした。
さっき、皆に見せつけるためにキスをしようと提案されたとき、私はフリをするということで了承した。
……そのときのエドウィンは、努めて自分の感情を表に出さないようにしていた。でも彼の瞳は雄弁で――落ち込んでいることが明らかだった。
フリでもいい。でも、できるなら本当にキスをしたい――そう思っていたのに私が「フリをするなら」という前提で話を進めたから、がっかりしてしまったんだろう。
エドウィンもそのことに思い至ったようで、目を見開くとがしっと私の両肩を掴んできた。ちょっと痛い。
「違いますッ! ……あ、いえ、違うわけじゃないんですけど……でも! 俺、あなたを待つって決めたんですから、あなたの望まないことは絶対にしません!」
「エディ、あの――」
「確かにさっきは、その、ちょっとだけ……がっかりしました! でも、無理にやってあなたを泣かせたりするのはもっとショックなんで、我慢しました! だからカトレア様が気にされることは全く――」
「あのね、エディ――」
「そ、そりゃあ俺だってあなたとキスしたいです! でも、あのときの俺たちの役目は仲のよさをアピールすることなのに、俺が我慢できずにあなたを襲ったりしたら台無しに――」
「ちょっと静かに聞きなさい、エドウィン・ケインズ」
「はい」
静かに注意すると、エドウィンは叱られた犬のように大人しくなり、その場に正座して膝の上に拳を固めた。なんというか、本当に――素直な人だ。
忠実に「待て」をするエドウィンはきりっと表情を引き締めているけれど、口元がぷるぷるしている。いろいろ言いたくてうずうずしているんだろう。
彼がまた暴走する前にと、私は口を開いた。
「確かにあのときは、フリで済ませることにしたわ。……でもね、それはあなたとキスをするのが嫌だったからではないの」
「違うんですか!?」
「ええ。……私もそのことが、最近になって分かってきたんだけどね」
本当に嫌いな人だったら、フリだろうとあんなに落ち着いた気持ちでキスをすることはできない。そもそも好きでもない人とイチャラブアピールするなんて精神が耐えられないし、私はそこまで器用な人間じゃない。




