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34 義務じゃない口づけを

 食事を終え、一足先にエドウィンが本城に行くことになった。


「今日は城下町へ調査に行くので、ちょっと帰りが遅くなるかもしれません。夕食は外で食べるので、カトレア様は先に休んでいてくださいね」

「分かった。お仕事頑張ってね」


 離宮の玄関にて。

 肩章やらバッジやらがたくさん付いた上着を着るエドウィンに持っていた剣を差し出すと、それを受け取った彼は慣れた仕草でベルトに下げた。私だと両手で持つので精一杯な長剣だけど、エドウィンは軽々と身につけている。というか、あの重い剣を支えられるベルトがすごい。結婚祝いに騎士団の仲間から贈られたそのごついベルトは見たところ革製っぽいけど、何の動物の革なんだろう。


 仕度を終えたエドウィンは一度ベルトの位置を調節した後――私の顔をちらっと見てきた。


「えっとですね、カトレア様」

「はい」

「……その、もしお嫌でなければいいんです。よかったら、でいいんですが――」


 そう言いだしたのに彼は一気に声量を落とし、「やっぱだめかな……」と呟いている。


 なんのこっちゃ、と思ったのは最初だけ。

 そう、彼は以前、出勤する前に「アレ」をお願いしたいと言っていたんだ。


 やがてエドウィンが「やっぱいいです――」と言いかけたので、すかさず彼の両肩を掴み、ぐっと引き寄せた。エドウィンは不意打ちでつんのめるように前傾姿勢になったので、右手を離して彼の頬に添え、ちゅっ――と、唇の端にキスを一つ。


 前回渋々ながらやったときは、頬にした。でも今回は頬ではなく、上下の唇が分かれる辺りの際に唇を押しつけ、意図してリップ音も出してみる。ぶっさいくな音になったらどうしようとヒヤヒヤしたけど、我ながら可愛い音を立てられて一安心だ。


 ゆっくりと唇を離し、彼の頬と肩に当てていた手も外す。エドウィンは目を点にしている。まさか前世の記憶を取り戻した私が、自分から、ちょっと強引に、それも前回より唇に近い場所にキスをするとは思っていなかったんだろう。


 ……別に、「れな」が恋愛経験豊富で奔放だったってわけじゃない。でも「カトレア」よりは自由な性格をしていたし、これくらいなら勇気を出せばできた。


「……嫌だった?」


 エドウィンが固まったままなので尋ねると、彼ははっと息を呑み、ぶんぶんと首を横に振る。一つに結わえた髪もぶんぶんと尻尾のように揺れた。


「と、とんでも、ありません! あの、まさか、カトレア様からこんなに大胆にキスしてもらえるとは思っておらず――失礼しましたッ!」

「あ、いいのよ。てっきり引かれたかと思って」

「あなたに惹かれることはあっても引くことは絶対にありません!」


 おお、うまいことを言ったなエドウィン。

 頬を赤らめた彼はごまかすように咳払いした後、今の拍子に少しずれた軍帽をきゅっと被り直し、さっき私が唇で触れた辺りにそわそわと触れる。


「なんというか……『れな』さんはとても大胆なお方だったのでしょうか? あの、キスに慣れてらっしゃるとか」

「残念ながら仕事が恋人の社畜だったから、こうしてキスをするのは前世も今世もひっくるめてあなただけだよ」

「嬉しすぎるお言葉ありがとうございますッ! ……あ、そろそろ行かないとですね」


 私の後ろに控えていたキティたちに何か合図されたらしく、私の背後を肩越しに見たエドウィンはごほっと咳払いして姿勢を正した。

 それまでの体育会系青年はなりを潜め、優雅にその場に膝を突いた彼はいつものように私の右手の甲にキスを落とす。


「それではカトレア様。あなたの愛の籠もった口づけを糧にし、行って参ります」

「……え、ええ。気を付けて行ってきてね、エディ」


 私の手をそっと離して一礼したエドウィンは、騎士らしく威厳に満ちた所作で出て行った。

 なんというか……本当に、オンとオフの差がすごいな。

 そこがいいんだけど。

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