3 ペンギンのお詫び
「……ああ、目が覚めたか。すまなかったな、ニンゲンよ。まさか、わしを救うために飛び出してくるとは思わなんだ」
「はぁ」
「そのような不細工な顔をするでない。これもわしの過失だ。そなたには転生する機会を与えてやろう。感謝するがよい」
「いや、ちょっと待って」
私は右手で「待った」のポーズをし、辺りを見回した。
ここは、真っ白な世界。なぜかその場に正座する私の正面には、例のフンボルトペンギンがいた。
こうして見ると普通に可愛いんだけど――こいつ、喋ってる? しかも、おっさんボイスだ。ちっとも可愛くなかった。
「これ……どういう状況?」
「む? そなたは先ほど、死んだ」
「しんだ」
「うむ。わしはそなたの世界の調査をするべく出向いていたのだが、まさかそなたを死なせてしまうとはな」
「あんた誰?」
「神だ」
「かみ」
私はまじまじと、目の前で偉そうに喋るペンギンを凝視した。
どう見ても、おっさんの声で喋るフンボルトペンギンだ。
これが、神?
「どうしてペンギンの姿で町を歩いていたの」
「これはペンギンというのか? そなたの世界の生物の姿をしていれば、ニンゲンに気づかれることなく調査できると思ったのだが、違うのか?」
……そりゃあ確かに、ペンギンは地球上の生物だけど。さすがに日本の町中にペンギンがいるのはまずいでしょ。猫なら野良猫だと思ってスルーしたかもしれないのに……。
ペンギンは腕を組み、「さて」と唸った。
「わしのせいでそなたは二十五年の人生に幕を下ろしたのだから、わしは神としてそなたに償いをせねばならん」
「償い……?」
いまだに自分が死んだことの自覚がないけれど、やけに体が軽いし、頭もちょっとぼうっとしている。
死んだ……私は、車に轢かれて死んだのか……ペンギンは目の前で消えてしまったし、傍目から見たら私はただの自殺志願者だったな……私を轢いてしまったドライバーさんに申し訳ない……。故郷の両親に、合わせる顔がない……。それに、明日からの仕事、もうないのか……社長はクソ食らえだけど、先輩たちに一言でいいから挨拶したかった。
現実逃避していたら、「これ、聞かんか」とペンギンに叱られた。
「そうだの……そなたは生前、れんあいしみゅれぇしょんげぇむとやらに没頭していたようだな。なんなら、その世界のひろいんとして転生させてやろう」
「……は? ゲームのヒロインに――転生?」
何言ってんだこの人――いや、このペンギンは。
転生って……確かに日本では輪廻転生って考えがあるけど、ゲームの世界に転生とか、可能なの?
疑い百パーセントで問うと、ペンギンはふんぞり返った。でも、足が短いからかふんぞり返ったまま後ろにすってんころりんした。あ、そうすると結構可愛いかも。
「可能だ。わしは神族の掟により、わしの不注意で死なせてしまったそなたが快適な死を迎えられるようサポートせねばならん」
「快適な死って、それはそれでどうなの?」
「要するに、そなたが第二の人生を満喫できるようにせねば、わしが罰を受けるのだ」
……はぁ。つまり自分を助けようとして私が車に轢かれて短い人生に幕を下ろしたのだから、私が快適な第二の人生を送れるようにしなけりゃ自分が困るってのね。
親切に見えてこのペンギン、ただの自己中じゃないか!
「……それで? まさか、SPのヒロインになれるっての? あり得ない」
「ふっ、神を侮るでないぞ、弱小なニンゲンよ。そこまで疑うのならば……よかろう、我が力を見せてやろうぞ!」
「本当にそんなこと……えっ?」
ふわり、と体が浮き上がる。そうしてきらきら輝きながら目の前に浮かび上がったのは、私のスマホ。画面には、「シークレット・プリンセス」のタイトルロゴが浮かんでいる。
いつの間にか私の体はペンギンより高い位置まで浮かび上がっていたようで、ペンギンは私を見上げて満足そうに頷いた。
「では、加藤れな――いや、カトレアよ。第二の人生を、そなたのおしきゃらと共に満喫するがよい! 達者でな!」
カトレアって――私がSPのヒロインに付けていた名前だ。
私は本当に、SPの世界に――?
ペンギンが短い手を振っている。でもそんな姿もだんだんぼやけて見えなくなり、穏やかな眠りに落ちたときのように私の意識は沈んでいった。
私は目を覚ました。
ふわふわのベッドから体を起こし、いつもそうしているように、ベッドの周りを覆うカーテンをさっと取り払う。
「おはようございます、カトレア様」
「今日もよいお天気ですよ」
「今日はエドウィン様とお出かけの日でしたよね? 晴れてようございました」
ベッドの周りには、複数の侍女がいる。
いつも通りの光景。
いつもと何も変わらない、朝のやり取り。
それなのに。
「…………うっそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
エルフリーデ王城に、可憐な姫の雄々しい絶叫がこだました。