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26 迷いと決意

 一人きりで眠るベッドはものすごく広く感じられ、一人きりの目覚めは寂しいものだと気づいた。

 結局昨夜はほとんど眠れず、悶々と考えながら夜を明かした。


 私は、どうしたいのか。私は、どうするべきなのか。

 エドウィンと夫婦として関係を再構築したいと言っても、私がジルベール様に片思いの眼差しを向けていたのは事実だ。だとしたらエドウィンは私がどのように言い訳しようと、無理をして自分を愛そうとしていると解釈するはずだ。


 女王陛下は現実主義者だから、「ジルベールがいいのならそれでどうぞ」と言いそうだ。むしろ、女王家の濃い血を継ぐ子が生まれそうだと手放しで喜ばれるかもしれない。サイネリアやアルジャーノンはさすがにいい顔をしないだろうけど、もし女王陛下のお言葉があったなら、彼女らに言い返すことはできなくなる。


 エドウィンは、いつだって真っ直ぐだ。昨夜だって、自分の思っていることを真っ直ぐ伝えてくれた。ちょっとこっちの話を聞いてくれないきらいはあったけれど、昨夜の取り乱した私の状況を考えればそれも仕方ないことだろう。


 だったら、どうすればいいのか。

 直球には直球で返すのならば――彼に、打ち明けるべきなのだろうか。

 私は転生者で、ここは恋愛シミュレーションゲームの世界で、私の前世の最推しがジルベール様だったのだと。


 でも、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。転生はまだしも、ゲームの登場人物とか推しキャラとか攻略対象とか言われても理解不能だろうし、万が一、億が一に理解されたとしても、自分を空想上の人物扱いされたエドウィンがいい気持ちになるはずがない。


「私の前世は別の世界で生きていた女性で、結婚式数日前に記憶を取り戻した」――これくらいだろうか。前世の自分は男性の好みが全く違ったので、記憶を取り戻したとたんにエドウィンの見方が変わってしまった――とか。


 この世界に魔法は存在しないけれど、この世界の人は神の加護とか、前世からの絆とか、生まれ変わりとか、そういうのをわりと信じている。恋愛シミュレーションゲーム云々は置いておくとしても、前世を思い出したというのはこの世界においてそれほど頭おかしい発言じゃない。エドウィンもそれなりに信仰心はあったはずだから、ちゃんと説明すれば信じてくれるはずだ。


 朝になったら、すぐにエドウィンと話をしに行こう。

 そう思っていたのだけれど――


「……えっ? もういないの?」


 いつもより早い時間にキティを呼んだのだけれど、彼女の返事に私は裏返った声を上げてしまった。

 キティは私の体を拭きながら頷く。


「エドウィン様は二刻ほど前には仕度を終えられ、出勤なさっています。本日いつ頃帰宅されるかは分からないので、カトレア様には自分を待たずに就寝してほしいとのことを伺っております」

「……。……そうなの」


 考えずとも分かる。

 私は、エドウィンから避けられている――いや、私に気苦労をかけまいと、彼が私から距離を取ろうとしているのだろう。

「ペットでもいい」「それだけで十分」「最愛じゃなくてもいい」――それらは彼の、紛れもない本心だったのだろう。


 私の気持ち優先、どこまでも一途でひたむきな人。

 ……「カトレア」の愛した人。


「……ねえ、キティ」

「はい」

「私は前世では別の世界で生きていた人間で、今の私は前世の自分と今世の自分の意識が混ざっている状態だって言ったら、信じてくれる?」

「ああ、そういうことだったのですね。納得しました」


 本当はエドウィンに聞くはずだったことを思いきってキティに聞いてみたのだけれど……あ、あれ? なんだか思っていたのと反応が違う?

 思わずぐりんと首を捻って振り返ると、キティは何度も頷きながら目を細めて遠くを見やっていた。


「ご結婚の数日前から、ご様子がおかしいとは思っておりました。結婚前で気持ちが不安定になってらっしゃるのかと思っておりましたが、まさか前世の記憶を取り戻されていたとは」

「えっ、信じるの!?」

「これまであれほどエドウィン様を愛されていたカトレア様からの変化を考えると、まあ妥当だと思いますね」


 ……さすがファンタジー世界。「前世」とか「記憶を取り戻した」といった発言にこうもすんなり納得がいってしまうとは。日本だったら間違いなく痛い子を見る目で見られるし、下手すれば病院送りだ。

 振り返った姿勢のまま硬直していた私の肩に手を添え、「前を向いてくださいね」と言った後、寝癖の酷い巻き毛にブラシを通しつつキティは続ける。


「……側で見ていれば、分かりますとも。記憶を取り戻される前と後では、カトレア様がエドウィン様を見つめるときの眼差しが全く違いますから。もしかして、前世のカトレア様の男性の好みは今と全く違ったのでは?」

「……ご名答です」


 社畜人間「れな」だった頃のタイプは、とろとろに甘やかしてくれる優しい王子様。「カトレア」のタイプは、正直に愛情をぶつけてくれる元気いっぱいなナイト。

 毎日の仕事に疲れ果てていた「れな」にはエドウィンの荒々しい魅力は理解できず、さらには男性の大きな声が嫌いだったので、むしろエドウィンは苦手なタイプだ。逆に平民育ちで城の空気を息苦しいと感じていた「カトレア」には、まさに型に嵌めたような王子様のジルベール様の魅力が理解できなかった。

「れな」と「カトレア」はどちらも私だけれど、生活してきた環境や異性に求める観点の違いが混ざり、こじれ、その結果今こうしてトンデモ展開を生み出してしまった。


 キティはしばらくの間黙って私の身仕度を手伝っていたけれど、やがて化粧道具を置き、意を決したように私の名を呼んだ。


「……エドウィン様にお話しされるべきでしょう」

「うん、私もそう思った。だけど、エドウィンは朝早かったみたいだし、今日もいつ戻ってくるか分からないし……」

「そうですね……しかし、時間が経てば経つほど話はこじれますし、お二方の間に亀裂が生じていることに他の者たちが気づく可能性も高くなるでしょう」


 私は頷く。

 キティは私の片思いの相手がジルベール様だとは気づいていないようだけど、私の様子がおかしいことは騎士団では既に広まっているはずだ。きっとエドウィンが口止めをするだろうけど、人の噂に戸は立てられない。それに、ずるすると先延ばしにしていたらキティの言うように、他の人たちが私たちの不仲――完全に私が悪い――に気づく可能性も高くなる一方だろう。


 私の悪い噂は、なんとでもなる。悲しいことに、エルフリーデ王家の姫である私にはそれだけの権力がある。

 でも、エドウィンを守ってくれる人はいない。あの優しい人はこれから先ずっと一人で悩みを抱え、私に攻撃の矛先が向かないよう心を砕き、身を挺して私を守ろうとするだろう。


 そんなの、だめだ。

 エドウィンのことが好みとか好みじゃないとか前世とかそういうの以前に、人として、彼と結婚した女として、エドウィン一人に責務を負わせてはならない。


 そうしないためにも、私たちは話し合わないといけない。

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