22 フラグを折れ!
今日は昼前からサイネリアに呼ばれていて、昼ご飯とアフタヌーンティーを挟みながら彼女の相手をすることになっていた。
サイネリアは子どもの頃から既に自分用の執務室を与えられていて、勉強などもそこで行っている。山のように積み上げられた本のほとんどは歴史書や資料集など公務に関するものだけれど、勉強をし政治を執り行うことだけが王族女性の仕事ではない。
「あなたが結婚したということで、たくさん届いたのよ」
そう言いながらサイネリアは、デスクに広がるいくつもの封筒を手で示した。彼女の向かいに座る私は目を皿のようにして、それらの手紙を見る。
「もちろん、全てに出席しろとは言わないわ。中には冷やかしやからかい目的のものもあるでしょうから、内容を吟味しながら出席するものを選びなさい」
「……かしこまりました」
サイネリアが示しているのは、私――もしくは私とエドウィン宛の招待状だった。
結婚するまでの私は女王陛下のご意向により、私単独でお茶会や夜会、ホームパーティーなどに参加しないことになっていた。独身時代にサイネリアたちにくっついていろいろなところに出向き、単独での参加は結婚してからの方がよいだろうということになったんだ。
「皆は、女性王族でありながら王位継承権を持たず、かといって貴族の奥方になったわけでもないあなたに興味津々なのよ。今まであまりこういう例はなかったからね」
手紙を次々に箱から出して広げながらサイネリアが言うように、このエルフリーデ王国における私の立ち位置はちょっと特殊だ。
市井で生活した時間があまりにも長すぎるので、私自身に王位継承権はない。普通なら公爵として臣下に下る王子二人のどちらかと結婚して公爵夫人になるか、爵位を持つ男性と結婚してナントカ夫人になり、次期女王サイネリアを支えるかのどちらかだ。
でも私が結婚したのは、爵位を持たない平民のエドウィン。一代限りの爵位をもらうという案もあったそうだけど、私とエドウィンだと位が上なのはあくまでも私なので、却下された。
結果、私がエドウィンの家名であるケインズ姓を名乗って、エドウィンはあくまでも「カトレア・ケインズの夫」だという。婿なのにエドウィンの家名を乗っ取っているような気がするけど、仕方ない。
そう思いながら封筒を開封していると、
「そういえば、あの媚薬はちゃんと使った?」
いきなり爆弾ゲームが始まった。
ジリジリと導火線を燃やす爆弾をサイネリアから渡され、私は思わず封筒を取り落としてしまう。
びやく――媚薬って、例のあまーいお薬か!
「え? ……いや、その?」
「媚薬よ媚薬。ちゃんと離宮に届いたでしょう?」
「と、届きました。でも……」
一応今は仕事中じゃないのかな。
渡された爆弾をサイネリアに投げ返すこともできずにまごまごしていると、サイネリアは眉根をぎゅっと寄せた。
「……あらそう。まだ使っていないのね。そんなものなくても毎晩充実しているってこと?」
「違います! ……あ、いえ、その……」
「ふぅん? ……まあ、まだならいいけれど」
サイネリアはとたんに興味を失ったようで、デスクに頬杖をついて名簿を手に取り、特に意味もなく捲り始めた。
「あの『狂犬』を『忠犬』にできるのはあなたくらいだとは思っていたけれど、まさか夜まで待てをされているとはね……しばらくはプラトニックな新婚生活を満喫したいってこと?」
「そ、そんな感じです。あの、まだ今はバタバタしていますし、そういうことはお互い落ち着いてから、と思ってまして……」
「そう。それならいいわ。ちなみにあの媚薬、使用期限は長いけれど一度開けるとだんだん水分が飛んで濃度が高くなるそうだから、お楽しみにね」
「……」
爆弾が静かに爆発した。
私は既に一度、あの媚薬の蓋を開けている。つまり、私がウダウダしている期間が長ければ長いほどあの媚薬は濃くなっていって、いざ使ったときの効果が凄まじいと――恐ろしい!
招待状の整理をあらかた終えたところで、サイネリアは市街地視察に行くことになった。多忙でなかなか城を離れられない女王陛下の代わりに王子王女たちがあちこちに出向き、視察したり女王陛下の書状を渡したりするんだ。
「今日はお兄様を護衛にして、最近改装したオペラハウスの視察に行くわ」
外出に向けた着替えをしながら、サイネリアが言う。サイネリアが侍女に着付けされている外出用ドレスはロゼワインのような明るいピンク色で、私のドレスは同じデザインだけど赤ワインのように濃い赤色をしている。髪も、独身のサイネリアは一房を結うだけだけど、私は全ての巻き毛をぐいっとまとめて簪のような長いピンで留めていた。
それぞれの性格や立場にあわせた双子コーデってところだ。サイネリアは昔から、女友だちと双子コーデをすることを夢見ていたらしい。なんて可愛いんだ!
「オペラハウス……確か、再来年の女王陛下即位記念式典の音楽会をそちらで行うのですよね」
「そう、そのために大がかりな改装工事をしていたの。まず今日、私とお兄様とカトレアで視察をして、後日お母様が改めて訪問するのよ」
「なるほど……ん?」
「どうしたの?」
サイネリアがさっと振り返った。これから向かう公務で何か気になる点でもあるのかと緊張している面持ちだったから、私は慌てて首を横に振る。
「いえ、オペラハウスのことではなく、別件で気づいたことがありまして。公務に支障はありません」
「そう? それならいいけれど、もしあなたの目から見て何か気づいたこととかがあれば、忌憚なく言いなさいね」
「かしこまりました」
私はサイネリアの背中を見ながら、ぞわぞわする胸元にそっと手を宛った。
サイネリアたちの視察に同行するというのは、今に始まったことではない。私はあくまでも補佐、オマケなので、これといって特別なことをしなくてもいいし、皆の前でスピーチするわけでもない。母フリージアに瓜二つだというこの顔でサイネリアの隣に立ち、華を加えるだけで十分だそうだ。なんかちょっと複雑だけど、もう諦めた。
……それはいいとして。
訪問先を聞き着替えを始めた頃からなんとなくモヤモヤしていたのだけれど、サイネリアの話を聞いて確信を持った。
サイネリアやジルベール様と一緒に、オペラハウスの視察に行く。
これって――ジルベール様との恋愛イベントの一つじゃないか!
「シークレット・プリンセス」では、攻略対象一人につき、誰か一人を選ぶ前の共通ルートで四つ、ルート選択後に六つの恋愛イベントが存在する。
ジルベール様はとにかく攻略が簡単ということで有名で、共通ルートのイベント四つは発生条件がすごく緩い。ステータスや友好度、天候などの条件さえ整えば連日起こることもあり得た。
ジルベールルートはクリア後特典のために何度も周回したから、イベントの大まかな概要も覚えている。確か、オペラハウス視察は共通ルート一つ目のイベントで、ジルベール様のきらきら王子様っぷりをプレイヤーにアピールするためにあるようなものだった。耐性のない乙女はこのイベントでコロッとジルベール様に堕ちるという。
かく言う私「れな」も、公式サイトのキャラクター紹介を見たときから気になっていたジルベール様の沼に嵌ったきっかけが、このイベントだった。サイネリアたちと一緒にオペラハウス視察に行くヒロインだが、公務慣れしているサイネリアと違い、姫になって間もないため緊張してしまい、ジルベール様にそっと手を握られたり優しい声を掛けられたりするのだ。
……まずい。
このイベントは本当にまずい。
ゲームでもスチルが存在し、スチルの部分はフルボイスという特別仕様。
それを生の人間であるジルベール様が、生のボイスで囁いたとなれば?
カトレア・ケインズは間違いなく、萌え死にする。
夫のいる身でありながら、ジルベール様に堕ちる自信がある。
着付けが終わり、馬車の待つ中庭まで降りる道中も、私は必死に考えを巡らせていた。
そりゃあ確かに、「カトレア」は好感度をエドウィンに全振りしている状態で、ジルベール様の好感度をこれっぽっちも上げていなかったようだから、これまで一度もジルベール様イベントらしいものを経験していないのも当然だろう。
とはいえ、なぜ今になって発生するんだ――!
普通、誰か一人のルートを選んだら他のイベントは一切起こらなくなるのに!
何を思ってこのタイミングでジルベールイベントが始まったのかは分からないけれど、これは――エドウィンに操を立てるためにも、回避しなければならない。かといって今さら公務から逃げるわけにはいかない。
でも――考えてみれば簡単じゃないか?
だって、ゲームでイベントが起こるとしたらそれは序盤で、当時のヒロインは城に来たばかりのあか抜けない十六歳の少女。でも今の私は二十歳で、何度も視察に行っているから今さら緊張でくらっときたりしない。そもそも、私は緊張でくらっとするほどヤワじゃない。
私が元気いっぱいで公務を終わらせたら回避できるじゃないか! 簡単簡単!
……本当は、ジルベール様のイベントをこの目で、この耳で、この肌で感じたいという疚しい気持ちもある。
でも、それをするとエドウィンに辛い思いをさせてしまう。献身的で優しい夫を裏切れるほど、私は冷酷じゃない。
よし、くよくよしてても仕方ない。
いざ、イベントフラグクラッシュ!




