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19 推しのいる世界

 ご飯を食べたら昨日と同じように迎えに来た馬車に乗り、本城に行く。

 午前中はあちこち回って貴族たちに挨拶し、午後から贈り物整理の続きを行った。あらかた返事は書いたから、あとはそれぞれの贈り物をどこに置くか、いつ使うかなどを検討し、離宮に運び込む指示を出す必要があった。


「これ、ベルトでしょうか……?」

「あ、それは帯剣用のベルトです。騎士団の仲間から贈られたものですね」


 べろんとした妙な形のベルトを手に問うと、エドウィンが教えてくれた。彼は慣れた手つきでベルトを腰に取り付けつつ、説明してくれる。


「騎士団の仲間からは連名で俺とカトレア様宛に贈り物が届いていますが、これは個人的に贈られたものみたいです。カトレア様もサイネリア殿下から個人的にもらっていましたよね? あれと同じです」

「そ、そうなのですね」


 ……つい声が裏返ってしまった。

 エドウィンはただの例としてサイネリアの名前を出したんだし、媚薬のことは知らない――はずだ。

 言葉に詰まる私を不審に思った素振りもなく、エドウィンは「お、どうですか、これ」とベルトのバックルを嵌めて私の前でくるりと一回転した。


 ベルトの左腰部分は三角形になっていて、剣を装着できるよう、かなりごつめのベルト通しや金具が付いている。柔らかくも頑丈そうななめし革の素材といい、やや無骨なデザインといい、戦う人のために作られたことがよく分かる品だ。


 そんなごつい革のベルトを身につけるエドウィンは今、王城に出向くための上質な仕立ての貴族服を身につけている。だから今はどうしても服とベルトがちぐはぐだけど、騎士団の服を着ればさぞ似合っていることだろう。


「ええ、あなたが騎士団の制服を着たときにはとても似合うと思います。デザインも落ち着いた感じで、ぴったりですね」

「本当ですか!? あなたに褒めてもらえて光栄です!」


 あいつらもセンスいいですね、と嬉しそうに言いながらベルトを外すエドウィンの顔は晴れやかだ。騎士団の仲間と接するときは堅苦しい敬語を使ったり肩のこりそうな礼法に気を付けたりしなくていいから、彼も気楽に付き合っているんだろう。


 ――つきん、と胸が痛んだ。


 ベルトは彼に預け、他の贈り物も順に確認していく。ちなみに昨日アルジャーノンからもらった時計だけど、なぜかエドウィンの猛反対により寝室に置くのは却下された。理由を尋ねたらものすごく答えを渋られたけれど、最終的には「ちょっと派手すぎると思って」と教えてくれた。なんとなく、他に理由があるんじゃないかとは思ったけど、それ以上突っ込まないで彼の言うとおりにしておいた。

 もっと可愛いデザインの時計が贈り物にあったから寝室用はそっちにして、アルジャーノンの時計はひとまず居間に置いておくことになった。


 重いものを運んだり移動させたりするのは使用人の皆だけど、私もあれこれ指示を出したり相談したりしていたから、だんだん喉が渇いてきた。エドウィンは私を部屋に居させて代わりにあちこち歩き回ってくれているし、そろそろ一緒にお茶休憩をしてもいいかもしれない。


 そう思ってキティを呼び止めようとしたら、空の箱を持って私の側までやって来たエドウィンに名を呼ばれた。


「そろそろいい時間ですね。カトレア様もお疲れでしょうし、お茶休憩にでもしませんか?」

「えっ?」

「え?」

「あ、いえ……私もちょうど、休憩を提案しようと思っていたのです。私と違ってあなたはずっと立ちっぱなしですし」


 なんと、図らずも私たちの考えていることが一致していたようだ。

 それを告げると、エドウィンは空の箱を足下に置き、つと視線を逸らした。口元を手で覆っていて、少しだけその頬が赤い。


「……あの、エドウィン?」

「いえ、その……カトレア様が俺を気遣ってくださることが……嬉しくて」

「あら、失礼ですね。私だって夫を気遣いますよ?」

「あっ、そ、そうじゃないんです! あなたがお優しいのはよく知ってます! でも……俺のことを見てくださっていたんだと思うと、すごく嬉しいんです!」


 エドウィンは急いた口調で言った後、「ああ、もう!」と前髪をくしゃりと掻きむしる。いつもなら礼法に厳しいキティたちも今は何も言わず、私たちのやり取りを見守ってくれていた。


「それに……俺たち、同じことを同じタイミングで思っていたんだと思うと……とにかく、嬉しいんです。わ、分かってください!」

「ええ、分かっています。からかってごめんなさい」


 必死になって言い訳するエドウィンは、なんとも微笑ましい。

 私が今彼に抱いているのは、異性に対する激しい愛情とか、恋情とかじゃない。それでも彼の大きな声にはだいぶ慣れてきたし、荒っぽい言葉遣いも減っているから、やたらめったら怯える対象ではなくなっていた。

 彼が私に抱く想いとは全く形が違うのは分かっている。どちらかというと――可愛い弟、って感じかな。「れな」からすると彼は六つも年下の男の子だから、余計にそう思ってしまうのかも。


 エドウィンは私が怒ったり機嫌を損ねたりしていないと気づいてほっとしたのか、肩を落とした。まだ頬はほんのり赤いけど、だいぶ落ち着いたみたいだ。


「そ、そうですか。……あ、今日は天気もいいし、あそこのベランダでお茶にしません?」

「そうですね。ではテーブルセットを外に――」

「俺がします! カトレア様は先にベランダに出て、外の空気を吸っていてください!」


 言うが早いか、彼は使用人たちに「カトレア様のお好きな茶の仕度を頼みます」と指示を出した後、意気揚々とテーブルセットを外に運び始めた。あまりに彼の調子がいいからか、キティもやれやれとばかりに肩を落とし、「今はエドウィン様にお任せしましょうか」と言っていた。


 彼の厚意に甘えてお先にベランダに出た私は、考える。

 エドウィンはちょっと型破りだけど、使用人の皆からは愛されている。さっきもそうだったけど、彼は使用人に対しても丁寧な言葉遣いを忘れないし、元気よく感謝の言葉や日々の挨拶をするし、お金の無駄遣いをしない。そういったところが、城に仕える皆からの評価を得ているようだ。きっと、本人は無意識なんだろうけどね。


 女王陛下に認められたものの、いまだに貴族には「エドウィン様はカトレア様の婿にふさわしくない」と陰口をたたく者もいる。エドウィンもそれは重々承知しているし、「俺が皆に認められるような人間になればいいんですよ!」と反応もからりとしている。


 気さくで、偏見を持たなくて、偉そうにしない。

「カトレア」が好きになったのは、そんな年下のわんこ系攻略対象だった。


 ベランダの手すりに両手を預けてぼんやりと物思いにふけっていた私は――ふと、どこからともなく有名声優の甘いボイスが聞こえた気がして、思わず身を乗り出した。


 ――ああ、いた。なんというタイミングだろうか。

 眼下の庭園に私の最推しが、いる。


 最推し――ジルベール様は本日、サイネリアとアルジャーノンと一緒だった。サイネリアのボイスを担当する女性声優もアルジャーノン担当の若手声優もどれもファンの多い人気者なので、彼らが話をしているのを聞くだけでも耳が癒される。


 いとこたちは上階から見つめる私の存在には気づいていないようで、ベンチに座るサイネリアと彼女を守るように両脇に兄弟が立つという配置で、なにやら雑談に興じているようだ。

 王位継承者であるサイネリアと、彼女を守るために存在する王子たち。きょうだい関係がギスギスしたり恨み妬みが生じたりしてもおかしくない関係だけど、三人の仲は良好だ。まずサイネリアとアルジャーノンがどっちも公式ホームページに「ブラコンである」と書かれるくらいなので、何の問題もない。


 それにしても――私の視線は親友のサイネリアではなく、どうしてもジルベール様に釘付けになってしまう。


 まさか、最推しが同じ次元に生きているとは。同じ空気を吸い、同じ世界を見ているとは。そしてその気になれば、推しに触れられるとは。

 日本中の夢見るオタク女子理想の世界が、ここにある。ただし、推しルートではないが。


 アルジャーノンが何か冗談でも言ったのだろうか。サイネリアが「まあ、アルジャーノン!」と呆れたように言い、ジルベール様がまあまあと妹をなだめ、アルジャーノンには「サイネリアが本気にするだろう」とやんわり窘めている。


 まさに、理想のお兄ちゃん。

 彼が何か喋れば、それは全て神ボイス。

 彼が目の前にいれば、それは全て神スチル。

 彼が動けば、それは全て神動画。


 ジルベール様。

 あなたは、仕事で疲れた私の癒しだった。


 あのペンギンがちゃんとしていれば、あなたはもっと私に触れてくれていた。頭ぽんぽんとかだけじゃなくて、従妹に接する態度じゃなくて、恋人として触れてくれていた。


 もしも、のことに想像の羽根を羽ばたかせるけれど……だめだ。過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

 ゲームみたいに、ルートクリアすれば最初からプレイできるわけでも、途中でアイテムを使えばルート変更できるわけでもない。一度決めたルートは変更できないし、過ぎたエンディング内容を改変することもできない。


 ふうっと息をついて振り返るとちょうど、大きめのテーブルを手にしたエドウィンがベランダにやってくるところだった。


「お待たせしました、カトレア様。ちょうどいいテーブルが見つかったんです。これでお茶にしましょうね」


 彼はそう言ってテーブルを置き、額の汗を拭った。

 ――「カトレア」だったらハンカチを取り出し、彼の汗を拭っていただろう。だってゲームにはそういうイベントがあったし、「カトレア」は過去にちゃんとそのイベントをこなしている。


 でも、今の私にはできなかった。

 代わりに私は笑顔を浮かべ、「ええ、ありがとうございます」と答える。


 きっと、ちゃんと笑えたはずだ。

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