15 贈り物点検をしよう
午前中は来客の応対に時間を費やし、昼食を挟んだ後は贈り物の点検作業をすることになった。
「これはまた……たくさん届きましたね」
キティの案内を受けて「贈り物の一時保管場所」に行くと、エドウィンが惚けたように言った。
離宮の応接間一つ分くらいの部屋は、方々から届いた贈り物で溢れかえっていた。大小様々な箱や紙包み、花束などがあちこちに置かれていて、使用人たちがそれらをリストアップしたり中身を点検したりしている。
「これだけの量の確認をしないといけないんでしょうか……」
「あ、いいえ、私たちはそこまでしなくていいそうですよ。ほとんどの仕分けは皆がしてくれるので、私たちはお返事を書けばいいそうです」
「そ、そうですか。……俺、あまり字が得意じゃないんですけどね……」
「頑張りましょう?」
「……ハイ」
しゅんっとなったエドウィンは、叱られて耳を垂らす犬みたいで――ちょっとだけ可愛いと思えた。私よりずっと背が高いし体格も大きいんだけど、なんだか頭よしよししたくなる。さすがにしないけど。
部屋の奥にデスクがあったので、私とエドウィンが並んで座る。そこには既に筆記用具とレターセット、そして贈り物を一つ一つメモしたリストが置かれていた。私たちが見ている間にもどんどんリストが追加されていくので、キティがそれらを集めて束ねてくれた。
「ではカトレア様とエドウィン様は、お返事をよろしくお願いします。ただ、身分が低い相手への返事でしたらお二人のサインだけで結構です」
「その辺の指示はあるのかしら?」
筆記用具をバラバラとデスクに広げつつ私が問うと、キティは頷いて部屋の隅を示した。贈り物の箱で埋もれているので入り口に立っていたときには分からなかったけれど、そこにもデスクがいくつかあり、こちらに背を向けて数名の使用人たちが書き物をしていた。
「サインだけ必要なものはあちらで筆記係が文面を書き、こちらに渡してきます。お二人の直筆の文面を要するものは、こちらのリストに赤い印を入れております。ただ、文面自体はほぼ定型で構いません」
「分かったわ。早速始めましょう」
「……はい」
私は意気揚々と、エドウィンはどこかぎこちない様子で、ペンを執った。
私が「カトレア姫」として城に引き取られて、四年。その間、歌や踊り、詩歌や器楽だけをしてきたわけじゃない。
私を次期女王サイネリアの右腕にしたい女王陛下は、事務仕事の技能なども身につけるよう命じてきた。亡き母が読み書き計算を教えてくれていたけれど、それ以上のことも求められる。ちなみにゲームでは、こういったことはステータスに反映され、ちゃんと公務の練習をしていれば「知能」や「気品」が上がっていた。
「カトレア」は公務や乗馬、ダンスレッスンなどまんべんなくこなしていたようで、手紙書きくらいの仕事なら細々とした指示がなくてもできる。私に「れな」と「カトレア」両方の記憶があってよかった……「れな」の記憶を取り戻したと同時に「カトレア」の感覚を失っていたら、ただのポンコツ姫になっているところだった……!
エドウィンは私と結婚するにあたりかなり勉強したのだけれど、それでもデスクワークは苦手みたいだ。既に使用人たちが文面を書いた手紙に私と並んでサインをするのはまだしも、真っ白の便せんに文面を書くとなると、難しい顔をしていた。もともときつめの顔立ちをしているから、顔をしかめるとなかなか威圧感がある。
「……難しそうなら私がやりますよ?」
こそっと耳打ちすると、エドウィンははっとして私を見、唇をとがらせた。
「そうはいきません。これも俺の仕事ですし、決められた量はちゃんとこなします。その……カトレア様より時間は掛かってしまいますけど、必ずっ!」
最後の一言は騎士団での訓練時のように声を張り上げたものだから、思わず私はびくっとしてしまった。
彼に悪気はなく、気合いを入れるためだと分かっていても、やっぱりいきなり大きな声を出されると心臓に悪い。「カトレア」のときはそうでもなかったのに、やっぱり今の私は「れな」の意識の方が強いみたいだ。
ひとまず、私たちはそれぞれ同じ量の返事を書くことになった。さっきエドウィン本人も言っていたように、公務慣れしている私よりエドウィンの方が書くスピードが遅い。三枚ほど仕上げたところでちらっと隣を見ると、彼はまだ二枚目の前半に取りかかっているところだった。
確かにエドウィンは、記述の速度は遅い。でも、ペンより剣を持つ時間の方が長かった彼としては大きな進歩だし、何より彼は一度も書き間違えていない。時間が掛かる分、スペルミスをして紙を無駄にすることのないよう意識を集中させているのが分かった。
返事書きに取り組む彼の横顔は真剣そのものだ。伏し目がちになっていて、案外まつげが長いことが分かった。意識を集中させるためか下唇を少しだけ噛んでいて、騎士団での訓練中とはまた違う「本気」を見せているようだ。
「カトレア」は、ただの粗野な人物じゃないエドウィンのこういった面を見て、好きになったんだよね――
……だめだ。エドウィンの横顔を見ていたら、自分の手元がおろそかになる!
便せんに定型の返事を書き、サインをする。「カトレア・ケインズ」と書くのはまだ慣れなくて、気を抜けば「カトレア・ハイアット」と書きそうになってしまう。
エドウィンに負けていられない。私も集中しなければ!