13 強気なお姫様
そうしていると、ドアがノックされた。薔薇を片づけ終えたキティが応じると、「サイネリア様がいらっしゃいました」という侍従の声がした。
「サイネリア様も来られたようですね」
「は、はい」
「……緊張しているのですか?」
尋ねると、エドウィンは少し気まずそうな顔になって「いえ……」と視線を逸らす。
「その、さっきのカトレア様と同じパターンです。俺、これまでサイネリア殿下とちゃんとお話ししたことがほとんどないので……でも、頑張ります!」
「……ええ、ありがとう。でも、無理はしなくていいですよ」
さっきはエドウィンが私をサポートしてくれたんだから、もしサイネリアとの挨拶でエドウィンが困っているようなら、私が前に出ればいい話だ。
キティに連れられて入室したサイネリアは、凛とした美少女だ。私より一つ年下でエドウィンと同い年の十九歳で、艶のある赤金髪と意志の強さを表すように吊り上がった茶色の目が特徴的だ。
女王陛下の唯一の女児であるサイネリアは、生まれたその瞬間から王座を約束されている。幼い頃から勉学や教養をたたき込まれ、女王陛下から帝王学を学んだ。自分にも他人にも厳しいため、「友だち」と呼べる存在がいない。でも案外繊細な寂しがり屋で、女友だちや甘えさせてくれるような人に飢えていた。そして重度のブラコンである。
ゲームにおけるサイネリアは、どのルートを選ぶにしても必ずある程度の好感度が必要だ。またブラコンなので、ジルベール様もしくはアルジャーノンのルートに入ると一気に態度がとげとげしくなる。
でもそれ以外のルートを選んだ場合は基本的にヒロインの味方で、好感度を最高まで上げると攻略対象そっちのけで彼女とのシークレットエンドを迎えることさえできるらしい。私はやったことがないけど、サイネリアエンドを迎えた人の書き込みによると「新しい世界への扉が開けそうだった」とのことだ。
まあ、それはいいとして。
エドウィンルートでもサイネリアの好感度が必要だし、これまで「カトレア」がサイネリアと一緒に過ごした出来事を振り返ってみる限り、彼女との仲はかなり良好みたいだ。エドウィンとの結婚を許してもらうときにも、サイネリアには世話になったからね。
真紅のドレスがよく似合うサイネリアは、宝石飾りの美しい扇子を贈り物に携えていた。重厚で豪奢な見た目だけれど持ってみると思ったより軽く、宝石じゃらじゃらだというのに全くイヤミな感じがしない意匠が素敵だ。
「結婚おめでとう、カトレア。新婚生活はどう――といっても、昨日の今日だからまだ模索中というところかしら?」
向かいのソファに座ったサイネリアはそう言って、真っ赤な唇を緩める。彼女の声は私より低くて艶がある。顔立ちも私よりくっきりしていて――まあ、私の顔のパーツはアバターそのままなんだけど――、ただし胸は私よりかなり小さい。
見た目は悪女系なのに全体的にすとんとした体付きというのは、主人公のライバル的立ち位置のキャラとしてはちょっと斬新なんじゃないだろうか。でもそれがマニアックなプレイヤーにはウケていて、掲示板にも、「サイネリア様(貧乳)を崇めるスレ」ってのがあったっけ。
閑話休題。
「ありがとうございます、サイネリア様。サイネリア様のおかげで私たちは結婚することができました」
「あら、わたくしはそれがあなたにとって一番よいことだと思って、応援したまでよ」
サイネリアはキティが淹れた茶を一口飲み、さらさらの髪をさっと手で梳った。
「だってあなた、城に来てからずうっと根を詰めていたもの。……実を言うとわたくしも最初は、ジルベールお兄様と結婚するのがいいのかもしれないと思っていたわ。でも、エドウィンと一緒にいるときのあなたはとても輝いていた。そんな姿を見れば、応援するしかないでしょう?」
「サイネリア様……」
「それに」
カップを置き、サイネリアはほっそりとした人差し指を立てた。日の光を浴び、きれいに整えネイルを塗られた爪がきらめく。
「あなたが結婚しても、わたくしの補佐として側にいてくれる。それさえ約束してくれるのなら、正直誰と結婚してもいいと思うようになったの」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。お母様もなんだかんだ言って結局、フリージア伯母様に生き写しだというあなたに弱いのよ」
そしてサイネリアは、私からエドウィンへと視線を移動させた。
「エドウィン・ケインズ。カトレアはわたくしの従姉であり、友であり、今後女王になるわたくしを支えてくれると約束してくれたかけがえのない人です。必ず、カトレアを幸せにしてあげなさい」
「……はい、もちろんでございます」
エドウィンは殊勝な態度で頷いた。ちょっとだけ声が震えているのはやっぱり、サイネリアに対して緊張しているからだろう。
今日は午前中にとにかくたくさんの人と挨拶をしなければならないし、サイネリアは公務がある。もうすぐアルジャーノンが来るから、ということで席を立ったサイネリアだけど、途中で思い出したように立ち止まった。
「そうそう、カトレア。後ほど離宮に差し入れをするので、確認すること」
「差し入れでございますか? しかし贈り物は既に――」
「その扇子は『王女サイネリア』から『カトレア姫』への贈り物。今度のは、『サイネリア』が『友』に宛てた贈り物よ」
そう言うとサイネリアは私の返事を待たず、ふいっと顔を背けてずんずん歩き去ってしまった。かなり歩くのが速いので、彼女が連れてきた侍女たちが慌ててその背中を追っていく。
私はぽかんとし、手元の豪奢な扇子に視線を落とす。
これは、王女が身内の姫に宛てた贈り物。
そして後で届くのは、サイネリアという一人の女性が友人――私に宛てたもの。
「……素敵な友人関係なのですね」
エドウィンが柔らかい声音で言って、ぽんぽんと私の肩を優しく叩くものだから、私は黙って頷くしかできなかった。