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1  幸福な結婚式?

 その日、エルフリーデ王国の大聖堂で、盛大な結婚式が執り行われることになっていた。

 大聖堂での挙式が認められているのは、エルフリーデ王国の王族のみ。王族の結婚式は実に数十年ぶりになるため、国民たちは此度の結婚式に興味津々だった。

 というのも、今回の花嫁はちょっとばかり特別なお方なのだ。


「カトレア様は、亡きフリージア様に生き写しらしいな」


 もうすぐ、城下町の大通りを花嫁を乗せた馬車が通る。大聖堂に近づく許可を持たない一般市民が美しい花嫁を拝めるのはこのときだけで、国民たちは今日ばかりは仕事をほっぽり出し、民衆と警備係の騎士たちでごった返す大通りに集っていた。


 花嫁の馬車が来るのを待っている間、路肩に座り込んで酒を飲む男性の呟きを耳にした老人が深く頷いた。


「そのようだ。二十年前に城を出られたフリージア様――その忘れ形見となれば、女王陛下が手元に置きたがるのも仕方なかろう」

「陛下は、姉君であられたフリージア様のことを慕ってらっしゃったんだよな」


 王都に長く居る者の中では、当代女王マーガレットの姉である元王女フリージアの話は有名だった。

 約二十年前、当時王太子だった王女フリージアは一般市民の男性と恋に落ち、母親である先代女王の反対を押し切って駆け落ちしてしまったのだ。先代女王は、妹マーガレットより美しいものの勉学は苦手で君主には向かないフリージア王女を厳しく教育してきた。


 自分は妹より劣るのに、王太子である。

 こんな自分が女王になっていいものなのか。


 長く悩んでいたフリージア王女は、安らぎを与えてくれた男性の手を取って国を出たのだという。積極性はないものの、美しく心優しいため妹王女以上に皆に慕われていた王女の出奔に王都は震撼したが、やがて「それがフリージア様の幸せならば」と、時が経つにつれて思うようになったという。


 その後フリージア王女は消息を絶ったが、つい最近、王女は死に、忘れ形見である娘がいることが明らかになった。先代女王が崩御し、王位に就いたマーガレットは姪を探し当て、王城に招いた。姉を苦労させてしまった分、今度は自分が姪を守ろうと決意したのだという。


 そうして王都にやってきたのは、カトレアと名付けられた十六歳の娘だった。アッシュブロンドの巻き毛に紫色の目というのは父親譲りのようだが、そのたぐいまれな美貌は母親と瓜二つだった。

 間もなく彼女と女王の血縁関係が証明され、カトレアは姫として正式にエルフリーデ王家に迎え入れられることになった。


 エルフリーデ王国は、代々女性が王位を継ぐしきたりになっている。マーガレット女王には三人の子がおり、第二子であるサイネリア王女が王太子となっている。カトレア姫の出現によってサイネリア王女との後継者争いが起きるか――と思ったら、そうではなかった。


 女王は、いずれ女王となるサイネリアを支えられるレディになることをカトレア姫に求めた。庶民として生まれ育ったカトレア姫だが、健気にも叔母である女王の命令に首を縦に振り、慣れない淑女教育を受けてきていた。


 そうして、カトレア姫がやって来て二年。

 次期女王の片腕として期待されていた彼女が結婚相手に選んだのは、平民上がりの騎士の青年だった。二十年前のフリージア王女の駆け落ちを彷彿させる出来事に、国民は驚いた。そして、マーガレット女王がどのような「手」に出るかを窺っていた。


「二年前だったか……結構ゴタゴタしていたな」

「そうそう。陛下がなかなかお二人の交際を認めてくださらず、カトレア様の婿としてふさわしい教養をたたき込むことを条件に出された。そして最後にはサイネリア様の後押しもあって結ばれることになったんだよな」


 マーガレット女王は姪を立派なレディにするべく、結婚相手は自分の息子たちのどちらか、もしくは宰相の息子や騎士団長など、身分も権力もある男のもとに嫁がせたがっていたそうだ。

 そんな女王は、姪があろうことか平民上がりの粗野な騎士に恋していると知って激怒し、一度は騎士を始末するべく死地に放り込もうとまでした。だがカトレア姫の嘆願やサイネリア王女の取りなし、そして騎士本人が過酷な試練を受けてでもカトレア姫との結婚を望んでいることを知り、ようやっと怒りを収めてくれた。


 王族としての矜持がある。

 だが敬愛していた姉のような思いをさせたくない。

 女王の心境は複雑だっただろうが、結果として本日、姫と騎士の結婚式が行われるに至ったのだった。


 そんな激動のラブロマンスは城下町の若い娘たちに大人気で、こういったこともあって今日の結婚式は皆の興味関心を引いていた。


「おお、そろそろ馬車が来るな」

「じいさん、無茶すんなよ。ほら、掴まりな。せっかくだし、フリージア様生き写しのカトレア姫のご尊顔を拝見しようじゃないか」

「すまんな。頼むよ」


 馬車が近づく。

 大通りには歓声が満ち、からりと晴れた空には紙テープや花吹雪が舞い、美貌の姫の結婚を皆が祝福していた。














 城下町の東端に位置する大聖堂。

 王族の結婚式の時のみ利用される聖堂内は、美しく飾り立てられている。

 壁際に据えられた大理石の天使像はそれぞれが楽器を手にしており、王族の幸福な結婚を祝福していた。参列席を挟んだ中央の床には赤いカーペットが敷かれており、その先には両手を差し伸べた女神像と礼服姿の神官、そして緊張の面持ちで花嫁の到着を待つ花婿の姿があった。


 騎士団に所属する彼の正装は、軍服だ。白地の上着やベストを、金のラインやタッセルが彩っていた。少しだけ斜に被った軍帽にはエルフリーデ王国紋章の刺繍が入り、彼の階級を表すピンバッジも付いている。噂によると、此度の結婚によって彼の階級が格段に跳ね上がったらしく、ピンバッジは傷一つない新品だった。


 長めの栗色の髪は後頭部で一つに結わえられているが、硬質だからかあちこち撥ねている。十九歳とまだ年若いこともあり、騎士にしては小柄で筋肉も薄いが、灰色の眼差しは鋭く、獰猛な肉食獣のような気配さえ感じられた。


 エルフリーデ王国騎士団所属――通称「狂犬」、エドウィン・ケインズ。

 緊張のためにいつも以上に険しい表情をしていた彼だが、華やかな音楽の音と共に聖堂のドアが開いたため振り返った――その時の眼差しはこれ以上ないほど柔らかく、愛情に満ちていた。


 赤いカーペットを、純白のドレスを纏った姫がやってくる。アッシュブロンドの巻き毛に、白い肌。グロスを塗らずともぷっくりとしたみずみずしい唇は蠱惑的な紅色で、全体的に色素の薄い彼女を引き立てる差し色になっているようだ。


 伏し目がちなので今はよく見えないが、目は神秘的な紫色だ。布地を幾重にも重ねることでふわりとしたシルエットを生み出すウェディングドレスを纏う彼女はしずしずと赤い道を進み、花婿が差し出した腕にそっと掴まった。


「……行きましょう、カトレア様」


 花婿が少しだけ裏返った声で囁くと、花嫁はこっくり頷いた。

 祭壇に向かい、神官の説教を聞く。差し出された台帳にそれぞれの名前をサインし、「では、誓いの口づけを」という合図で二人は向き合った。


 灰色の目と紫色の目が、互いを映し合う。


「……俺を選んでくれて、ありがとうございます。絶対に幸せにします」


 鋭い美貌の花婿が震える声で宣言すると、ベールの下で花嫁は静かに微笑んだ。


 女神像に見守られて口づけを交わす二人を見て、誰が思うだろうか。

 花嫁が心の中では、「なんでこうなったんだ!?」と絶叫していることなんて。

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