異世界転生 2
前歯しかない食事というのは不便なものだ。奥歯が生えてくるまでもう1、2年の辛抱だと思う。異世界に転生して歯の大切さを思い知るとは… あとでちゃんと歯を磨いておこう。
さて、食後と言えば、お昼寝の時間である。前世の頃だったらさっさと職場に戻って業務再開だったが、この体はまだ睡眠が必要なようだ。寝る前に歯磨きを… そういや歯ブラシ持ってないや。しょうがない、口腔含嗽、いわゆるブクブクぺーを念入りにやって寝るか。
『あなたには魔王と勇者の子に転生してもらいます』
『いやいやいや、ちょっと待て』
どうやら夢を見ていたようだ。あれからもう1年以上経つんだな。そういえば夢だと気付いた途端に目が醒めるこの現象ってなにか名前付いてたっけ?まあいいか、情報収集をしよう。
ネット社会だとなかなか気づかないけど、情報って大事だよ?テンプレ通りだったら今は王族だけどそのうち最貧民にまで転落するから。ドラ○エの主人公だって王様の息子なのに布の服&檜の棒スタートだよ?死に戻りできる確証があるなら気に病むこともないけど、多分死んだらジ・エンドで2度目の転生とかないだろうし。身ぐるみを剥がされた時でも役に立つものって情報くらいしかないんだよね…
そんなこんなで自室にある読み聞かせ用の本は大体目を通したかな。あとは”ウォー○ーを探せ”の魔獣版みたいな本があったが、これもよくできている。魔獣の生息域とかはたぶんこの本の通りなんだろう。根拠は前世でのモ○ハンの知識だ。ともかく、読み聞かせで聞いた以上の情報は得られなかったが、素材が獣皮であることから、文明レベルは中世くらいだと推測できる。現代で羊皮紙なんてものはお目にかかれないので、この獣皮が羊のものなのか、見たこともない魔獣のものなのかはわからない。ただ、触り慣れているA4プリンタ用紙からするとすごい重量感がある。
そんな感じで、前世の知識を踏まえながら来るXデーに備えて情報収集していくうちに、5年の月日が経った。
…エ○ァの映画かよ。こちとらいつ身ぐるみ剥がされて布の服&檜の棒で世界を救うことになるのかビクビクしてたのに。
3歳の時に家庭教師を付けてもらってから、貴族のマナーから魔界をはじめとする世界情勢までとことん教わった。使用人達曰く、6歳にして王立図書館にある本のほとんどを吸収した天才児だそうで。今や『次期魔王になってくれれば世界は安泰だよAHAHAHA』なんて言われる始末。おい、勇者成分どこいった。
蔵書のほとんどといっても文芸書などは一切なく、ほとんどが伝記と専門書だった。伝記の内容は読み聞かせで、専門書の内容は前世の知識で大体クリアしているため、然程苦労はしていない。ただ、魔法関連の内容については、自転車の乗り方と同じで、実践してみないことにはなんとも言えない。
それにしても勇者だ。母さんや使用人達に聞いてもはぐらかされるだけで人物相が見えてこない。仮にも父親だろうに、子供の前に姿を見せないのはどうなんだろう。もしかして、隠し子扱いなのか?
今日の夜にでも母さんにちゃんとした話を聞こう。
母さんは日頃から公務で忙しく、食事の時くらいしかお目にかかれない。というか、少々無理をしてでも、出来るだけ俺や使用人達と一緒に食事をしたいそうだ。家庭味が溢れるというか、母親に関してはアタリみたいだ。育休なんてシステムはないだろうから、これでも親子の交流は盛んな方らしい。親の仕事が殺人的に忙しかったり、家庭の方針だったりで、成人するまで親とはまともに会話したことすらない人だっているのだから。
「アルちゃんは今日はどんなことをしとったん?」
「今日は”なぜ氷は冷たいのか”について調べてた」
別に嘘は言っていない。手に取った本のタイトルがそうであっただけで、なぜ氷は冷たいのか、なんて全然疑問に思っていない。『前世と同じ物理法則なのかを調べてた』なんて言えないしな。あと、タメ口なのは母さんからの希望があったからだ。敬語だと距離を感じるそうで。当然公私で口調は変えているから家庭教師に見つかって怒られるなんてヘマはしていない。
「アルちゃんはすごいなぁ。その年でそのことに疑問を持つなんてなぁ」
「母さんは疑問に思ったことないの?」
「うちはインフルに罹った時の冷えピタがきっかけやな」
「出停期間とか暇だもんね」
「せやけど、元気になっても休めるんは学生の特権やで。社会人になると『熱が下がったならすぐ会社に来て埋め合わせをしろ』とかいうアホに従わなアカン」
「ブラック企業あるあるだよね、それ」
「せやな。そんで社内パンデミックになって『ざまぁ』ってとこまでがセットや。インフルくらいならええけど、致死率高い感染症とかが広まったらどないすんねん」
「それな。社内パンデミックとかツイッターでよく見るや、つ… あれ?なんで話通じてんの?」
「ん?話通じてるって… ほんまや、なんで通じとるん?自然すぎて気づかへんかったわ」
「母さん… もしかしなくても『日本』を知ってるよね?」
「えーと、とりあえずこの後、うちの部屋に来て。続きはそこで話そか」
「そうだね」
隣で『一体何の話をしているの?』という表情でポカーンとしていたジュリーが印象的だった。