第8話 推理
ボルターとコルトの罠に嵌まり、窮地に陥ったアール。
しかし思い出の品、獣の鉱石を使って何とか一命を取り留める。
誰がアールを救助したのか?グレイはどうなったのか?
ボルターは本当に悪人なのか?
ボルターにまつわる今回の一件は、少しずつ結末に近づいていく。
上層 ???
「……ここ、は?」
アールの意識が覚醒する。
腕も足も動く、目も見える。
何か柔らかいものに横たわっている、ここは安全であると何となく解った。
上半身だけを起こし辺りを見回す、薄暗く広い空間。
壁掛けの時計は6時を指している。
窓の外は少し薄暗い、夜明けのようだ。
寝させられていた横広のソファから降り、辺りを見回る。
机と椅子が大量に放置され、掃除は行き届いていない。
もう使われてはいない様だが、元々は食堂か何かのようだ。
誰も見当たらない……アールは自分が助かったのは解ったが、まるで状況が解らず困惑していた。
奥の方から誰かが顔を出した、首にタオルをかけ汗を掻いている。
「おや? もう起きたのですか? 体は大丈夫ですか?」
少し年上の男性。
アールよりも背は高く赤みがかった髪に碧の目、整った顔立ちだが、とても優男とは言えない体付きと雰囲気を纏っている。
「助けて頂いて、本当に……ありがとうございます」
まずは助けてくれた感謝を伝える。
あそこで誰かが通らなければ、アールにはどうしようもなかった。
「貴方は師匠が見つけてくれました、とても運が良かった。……師匠の変な趣味が、初めて人の役に立ちましたよ」
苦笑しつつもアールに説明してくれる、促され寝ていたソファに座る。
水を差し出され彼も適当な椅子に座った、何とも丁寧な物腰だ。
「私の名前はサチェット、貴方と同じディガーですよアール君」
「え? ……俺の名前? なぜ知って……。会った事ありますかね?」
サチェットはマジックの種明かしをする様に、ニヤリとしてから答える。
キザではなく爽やかな笑みだった。
「貴方を地下から連れてきてから、まずは組合に向かいましてね。幾つか話し合いまして、その時に貴方の名前も知りました」
説明を受けて、アールは途端に頭がハッとする。
まずはボルターとコルトの件を通報しなければ!
グレイが奪われたのだ!
サチェットに訴えようとするが、落ち着いて話を聞くようにとサチェットに手で示される。
「貴方の鎧、グレイが無くなっている件。貴方と一緒に仕事を受けた、ボルターとコルトが行方をくらませている件。既に組合も警察も知るところです。……彼らが奪ったのですね?」
「多分……。俺は気を失って、目隠しされて……。解りませんでしたが」
サチェットの質問に、アールはしどろもどろに答える。
アールには、彼らに嵌められたという事しか解っていない。
気絶から目覚めても、グレイの声を聞いた覚えはなかった。
苦笑しながらサチェットはアールに説明を続ける。
「組合に師匠の知り合いがいまして、師匠はかなり強引な方でして……。貴方を組合から強引に、奪って連れてきてしまったのですよ」
突拍子の無い言葉にアールは目を丸くする。
つまり彼は、誘拐でもされている真っ最中なのか?
それにしては縛られもせずにソファに放置されていた、毛布のオマケ付きで。
アールは困惑しつつ、サチェットから詳しい話を聞こうとしたが。
不意に、まどろみと苛立ちを含んだ女性の声が聞こえてきた。
「五月蝿いぞお前ら。……まだ6時じゃないか。喋るのなら外へ行け」
アールは声のした後ろを振り向くが、女性の姿を確認する事はできない。
どうやら建物の少し奥の方にいるようだが、やってくる気配もない。
立ち上がりつつ、サチェットがその声に対応して聞いてくる。
「師匠を起こしてしまいましたか……。話の続きはあちらでしましょう。それとも貴方も、もう少し眠りますか?」
今は眠っている場合ではないと考え、立ち上がりついていく。
勝手口から店の裏手へ、少し開けたスペースに出る。
色々とトレーニング器具等が転がっている。
サチェットが汗を掻いていたのは、ここで運動をしていたようだ。
「ここでしたら良いでしょう。さて、師匠が貴方を連れてきた所からでしたか」
「なぜ俺を連れてきたんですか? 俺に何か用でしょうか?」
サチェットは肘に手を当て少し思案する。
木製のベンチに座りつつ答えてくれた。
「貴方もどうぞ。……師匠は、地下について色々と研究をしています。貴方の事も、鎧のグレイの事も知っています。恐らくはそちらに興味があって、貴方の話を聞きたいのでしょう」
「グレイにですか。……俺もあいつが鎧って事くらいしか、知らないですね。捕まるでしょうか……?」
組合と警察への通報は済んでいる。
アールも、座して待つつもりは微塵もない。
師匠とやらも、グレイに用があるのなら協力してくれるだろう。
正直な所は、今すぐ捜索に走り出したかったが、如何せん、情報や手掛かりが何もなかった。
少し考えた後にサチェットは答えてくれた。
「今はまだ先日の事件を受けて、各国や警備の目も厳しい。簡単にサークル外へ脱出する事はできません」
先日の、中層での獣の出現。
それの対応の為、現在も各国や貴族の重要人物が、サークルを訪れている。
そんな中で、地下絡みのこの事件の発生。
ボルター達はタイミングを誤ったと言える。
顎に手を当てたまま、サチェットは所感を続けてくれる。
「グレイが喋れるのでしたら、売られる前に自分が盗品だと訴えるでしょう。盗品を買い取る正規店は、そう多くない。……ですが裏ルートや闇商人を使って換金し、サークルから逃げ出す事は絶対に不可能とも言えません。貴方は何か心当たりはないですか?」
「心当たり。……俺が知っている事は」
二人が正体を現したのは、アールを拘束した後からだ。
そこからの記憶を必死に思い返す。
気付いたら目隠し付きで拘束されていた、あそこでの情報は二人の会話だけだ。
アールは二人の会話を、出来る限り思い返す。
……言い争い、証拠、地図……はっきりとは解らないが、何かが引っ掛かった。
アールは違和感を感じるが、それを上手く説明できないながらに、言葉にする。
「あの時の二人は、何か言い争いをしていましたが……。なんと言うか、立場? 状況が違うような。……そんな感じをですが、まだ何か?」
「組合との話し合いで、すぐに解った事としては。ギルド無所属のコルトが、ボルターのギルドに加入して、今回の件に当たっています。恐らくは、ボルターが主犯格ではないかと」
主犯格はボルター。
殺されかけたというのに、アールはまだボルターを憎みきれてはいなかった。
心のどこかで、ボルターはコルトの甘言に乗せられて、犯罪に手を染めたのだと思っていたかった。
しかし状況は、ボルターが主犯格だと示す。
少しだけだが、確かに心が痛んだ。
「ボルターさんが? ……そうですか。彼は俺を妬んで罠に嵌めたと、俺を蹴落として利益を得ると告白してくれました。グレイはやはり、換金目当てかと思います」
「そうですか……。彼の口座も既に凍結されていますが、殆ど貯蓄は無かったとの事です。金目当てというのは頷けます」
貯蓄が無かった?
それはおかしい。
ボルターは鎧を買う為にこつこつ貯めていたと、班長が言っていた。
班長が間違っていたのか?
鎧はとても高額である。
その為に貯蓄していたとしたら、多少出費があったとしても、口座が空になる何て事はないはずだ。
アールは疑問を抱えつつも、これが何に繋がるのかは、まだ解らなかった。
コルトが立ち去り、ボルター1人になった場面の会話を思い返す。
アールは、違和感の正体に気付いた。
「ちょっと待て……。二人が、別れる前に……。コルトは先に、グレイを持っていった? ボルターさんは、その後に地上に戻った?」
「妙ですね……。盗品は一つだけなのに、別行動を取れば裏切りもありえる。そもそも二人で一緒に換金しなければ、分けるも何も無い。これは一体……?」
何か答えに近付いた?
まだ違和感は残る、答えもまだ不明瞭だ。
アールは頭を振り絞って、二人の会話を思い出す。
「保身、証拠……君は離れる……? これってつまり」
「君は離れる、なら私は離れない、という事ですね。保身や証拠への気遣いは、サークルから遠くへ逃げるのならば、必要ありません」
コルトはサークルから逃げる。
ボルターはサークルに残る。
これが二人の会話から感じていた、違和感の正体。
ならば二人が、別々に地上へ戻ったのは?
一緒に換金しない理由とは?
アールは考えを少しずつ、絡まった紐を解くように、少しずつほぐしていく。
ボルターさんはディガーとしてここに残る。
俺を殺して口を封じても、グレイに犯行がバレてはいけない。
グレイは換金するが、その時ボルターさんがいれば罪がばれる。
グレイが起きるまでに換金を済ませる?
いつ起きるかも解らないのに、そんなリスキーな事を?
ならばコルト1人で換金するなら?
これなら、グレイが起きたらコルトは罪がばれる。
でもサークルから離れるコルトは、グレイに罪がばれても痛くも痒くもない。
アールの頭の中で全てが繋がった、たどたどしくだが言葉が連なる。
「グレイが起きたとしても、コルト1人で換金をして、ボルターさんは金だけを……? これなら、ボルターさんはグレイにバレずに、グレイが起きてもコルトはサークルから離れるから問題ない。俺が死んでいれば、ボルターさんは疑われない……?」
サチェットはそれに頷き、綺麗な言葉でまとめてくれる。
「サークルから逃げ出すコルト1人で、足がつくのを承知で、グレイを換金できる所を虱潰しに探し。ディガーに拘りここに残るので、足をつけれないボルターは換金に顔を出せない。仕方なく別行動を取り、合流して金を分けてからコルトは逃げる。という事ですね」
言われてアールはハっとする。
組合や警察は、正規店にグレイは持ち込まれないと踏んでいる。
ボルター達が意図したかどうかは解らないが、捜査の穴を突いている。
サチェットも気付いたが、焦らずに立ち上がりつつアールを諭す。
「この時間なら、まだ普通の店は開いていないでしょう。早く気付けたのは僥倖でした。……私は警察へ報せに行きます、アール君は組合をお願いします」
サチェットは勝手口から元いた建物へ入っていく、アールもそれに続いていく。
まだ出会って数分だが、アールはサチェットに頼もしさを感じだしていた。
中に入るとホールの中央に、褐色の美人が、鬼の形相で仁王立ちしていた。
「外に出てからお喋りは大変結構。だがドアも閉めずにピーピー囀られては、ワシの安眠が妨げられるのだが? 外でやれとは言ったが、お前にドアを閉めるのは重荷だったか?」
アールは強烈な圧力に、思わず身が硬直する。
サチェットは怯えてたじろぎつつも、必死に抗戦する。
「師匠! これは、その……私は! ぇー……しかし今は!」
「なんだ? 師匠と仰ぎつつ、蔑ろにするのがお前の性根か? というか、誰かを弟子に迎えた覚えなんぞはないぞ。ワシが若ボケたとでも言わせたいのか?」
アールは自分がドアを閉め忘れたせいだと気付きつつ、今は存在感を潜めるべきだという本能に従った。
つい先程サチェットに感じた頼もしさは、すっかり霧散していた。
アールのステルスは通じず鬼はアールに気付く。
少しだけ圧が和らいだ。
「ん? 起きたかグレイの所有者。……アールだったか? ならば丁度良い。茶を入れろサチェット、こいつと話がある」
サチェットに師匠と呼ばれている人物。
黒くて長い髪と青い目、年はサチェットより少し上だろうか?
スラリとした無駄のない体つき。
寝起きのせいか機嫌のせいか、向けられる目つきは若干厳しい。
サチェットは怯えつつも、今伝えるべきことを必死に訴える。
「申し訳ありませんが、どうかお話は後に! ボルターとコルトの件で進展がありました。警察と組合へ、連絡を急がなければなりません!」
だが、まだ少しビクビクしており猫と鼠の様であった。
アールよりも少し背の低い師匠は、圧と眼光だけでサチェットを平伏させている。
師匠は状況を察したのか圧を消し、掛けていた上着を羽織る。
「ならば手分けすれば良かろう、ワシはどこへ行けば良い? 寝起きの散歩に行ってやろう」
「有難うございます! では師匠は組合へ、私は警察に。アール君はあまり繁盛していないディガー用のお店を周って下さい!」
「解りました! 行ってきます!」
アールはサチェットの指示に従い、建物を飛び出して走る。
幸いにも建物を出てすぐに現在地が解った。
普段使っている通りの端っこの建物だった。
あまり賑わっていないディガー用の店、そこまで心当たりはないが、思いつく限り当たってみるしかない。
「……で? 進展とやらの詳細は? 途中までは一緒だ、走りながら話せ」
「了解です。アール君の話しによると……」
こうして生還して息つく間もなく、アールは走り出す。
グレイを奪還すべく、ボルターとコルトを捕まえるために、駆けずり回る。
未だ違和感の残るボルターの内情。
コルトはグレイをどこへ持っていったのか。
グレイのディガーとしての門出は、いよいよ一つの節目に近付いていた。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
という訳で新キャラの鬼の形相の寝起き美人さんと物腰穏やかなサチェット君がアールを拾った二人組みでした、まあサチェットの名前だけは前回も出てましたが
年齢の方ですが、アールは21 サチェットは26 師匠さんは28となっております、サチェットと師匠の間柄などは今回の一件の後に追々と
師匠は地下に関して研究をしており、当然地下からの変な喋る鎧なんてドストライク
でもそいつの所有者は地下で緊縛プレイにあっていてグレイは奪われていた、ドン引きですね
それでもとりあえずはグレイのために盗人探しに協力してくれるわけであります
次回からはボルター編のいよいよ〆にむかって物語は展開されていきます