第6話 狩猟
ボルターの誘いを受けギルド「クレメント」にアールは加入する。
翌日、ボルター達と3人でディガーとしての初仕事に臨む。
ボルターから助言を貰いつつ、獣狩りに慣れていくアールだったが・・・。
中層 未探索領域
アールは、モールベアと睨みあっていた。
グレイの鎧を纏い徒手空拳で、荒く呼吸をする。
ボルターは見守りつつ、アールに狩りの助言をする。
「ハァッ……ハァッッ……っ!」
「グブゥ……グ、ゴォッ……」
「落ち着きなさいアール君。相手はモールベア一匹だ。まずはしっかり、相手を観る事だよ」
――2時間前 上層 搬出口付近
初仕事の朝。
アールはボルターと搬出口で落ち合い、もう1人の仲間のコルトを紹介してもらった。
「こちらはコルト君だ。ディガー歴は私と同じ位だね、彼からも色々学ぶといい」
「初めましてアールです。経験が浅いのでご指導よろし」
「ぉう、お前がアールか。……それがグレイか? ふーん……まあしっかりやれ」
コルトは、余所余所しい態度を隠そうともしていないが、地下仕事は慣れている様に見える。
得物は槍状のシャベル、ピンポイントの攻撃に向いた武器だ。
これから仕事を通じて打ち解けていけば大丈夫と、アールは特に気にしない。
「アール君、今日の仕事だが。……中層が先日の事件で、かなり広がってしまっている事は知っているね?」
「はい、組合の地図よりも随分広くなって。下層とも、あちこちで繋がってしまったとか……」
先日の事件発生後、組合は大規模な中層探索を行った。
この結果を受けて、中層までもが「獣指定領域」になったが、まだまだ未探索の領域は多い。
とても全容の把握にまでは至っていない。
「今日は君の獣への慣れと、中層の探索任務を同時に行っていこう。私とコルト君が万全を期す、君は獣との対峙に集中しなさい」
と、ボルターに説明されて仕事は始まった。
中層の未探索領域へ踏み込みながら、獣狩り。
2匹のモールベアを3人で協力して倒し、次は君1人でやりなさい、君は筋が良いと言われ現在に至る。
「アール君。モールベアはそれなりに賢いが、攻撃の選択肢は突進か、立って殴るの二択だけだ。まずはそれを落ち着いて見極めなさい、攻撃はしなくていい」
ボルターからのアドバイスを受けつつモールベアと睨み合う。
指示に従い、またツルハシを持ってはいない。
グレイの鎧は万全だ、しかしそれでも息は荒くなる。
「稀に近付いてから投げるような事もしてくるが、今はそこまで考えずとも良い。見極めて回避する事に集中しなさい」
「グォォゥヴァァ!」
吠えながら突進してくる、アドバイスに従い間合いを計って横へ飛ぶ。
「ブォッ!? ……ボォブゥ……ブフゥ」
「壁を背に突進を避けたが、やはり壁に激突まではしないか。次は、避けてから間髪入れずに攻撃しなさい、無理に頭でなくてもいい」
「ブフ……バァグァバァァ!」
背中のツルハシに手を伸ばす、同時にモールベアが突進してくる。
万全で迎え撃ててはいないが、さっきよりは自身が冷静なのが解る。
左に避けつつ、頭にツルハシを打ち込む、ツルハシはモールベアの頭を捉えた。
鎧を纏っているせいか、打ち込んだ感触は朧気だった。
的確に捉えられていたのか、モールベアは少し苦しげに唸った後に、力無く息絶えた。
「……お見事だアール君。これでもうモールベアは1対1なら大丈夫かな?」
「いやぁ、毎回こうなるとは。……でも嬉しいです、すごく」
今回こそは胸を張って自分で勝ったと言える、それが嬉しかった。
仕留めたモールベアから鉱石を剥ぐ。
獲物によっては、比較的安全な所で運搬をしているディガーに丸ごと預けに行くが、こいつは背中の露出している鉱石だけで充分だと教わった。
「ぁ、そういえば……グレイ? 俺が初めて取った鉱石……」
「はぁ! そういえば私のポケットに仕舞いっぱなし!? ……あったあ!」
初めてグレイと会ったときにモールベアから取った鉱石。
約6日間忘れられていた『思い出の品』である。
「ほぉ初めての戦利品か。大抵のディガーは気にせず出荷するが……破片だけでも持っておくと良い。そういう物も大事だ」
「そうですね。……しっかし完全に忘れてたなあ。グレイも気がつかないもんなの? 体の中にあったんでしょ?」
言いつつ緑の鉱石から、アールのポケットに入る程度を割っておく。
思い出の少ないアールは、思い出をぞんざいにしたくはなかった。
「アールだって、何日か前のごはんちゃんと覚えてる? 似たようなもんよ」
グレイと責任の所在を争いつつ鎧を解除する。
思い出の品は、しっかりアールの後ろポケットに入れておく。
「さあさあ一匹で満足していてはいけない。このまま探索を続行するよ、気を抜かない様に」
午前中にモールベアを合わせて5匹、内2匹はアール1人で仕留めた。
安全地帯を確保してから昼食を取る、アールは今日は弁当を作ってきた。
アールが弁当を開いた途端、ボルターは食い入る様に見つめていた。
まるで懐かしい思い出を見る様に。
「ほぉ……お弁当かね。私も昔はたまに弁当を作っていたが……近頃はずっと市販品だ。懐かしいねえ」
「俺も毎日ってわけじゃないですが、こっちのが節約になりますし。市販品ばかりだと、飽きてしまいますからね」
「……もし、よければ一口交換してくれないかな? たしかに、市販品には飽きてしまってね」
午前中、コルトは未探索領域の地図の作成、ボルターはモールベアとの戦闘でアールを導いてくれた。
お弁当程度では何の返しにもならないと思いつつ、笑顔で差し出す。
「では一口。……ぁぁ、これは。……うん。……良い味だ、懐かしいねえ」
ボルターは、アールの手製の菜っ葉の副菜を一口頂いた。
目を閉じたまま、何かを思い出す様に噛み締めている。
アールはそれを見て、何とも言えない気持ちになった。
「おい、飯を早く仕舞え。……目当ての奴がいたぞ、さっさとしろ」
1人でさっさと昼食を済ませ、探索を再開していたコルトが戻ってきた。
目当ての奴とは、何だろうか?
「……ほぉ本当にいたかね。ならばまずは先にそちらを平らげようか。アール君、昼食は一旦仕舞いたまえ……狩りの時間だよ」
促されるままに、弁当を仕舞い出立する。
言いぶりから察するに、何か目当ての対象なのだろう。
コルトに先導され、下層の近辺まで降りていく。
「あそこだ。こっから見える……ばれるなよ?」
坂の上に寝そべりながら、コルトは前方を見る様に促す。
アールとボルターもそれに倣い、坂の上から顔だけを出す。
少し前方に、岩の棍棒を持った土の巨人が見えた。
「あれはゴーレムだ。鉱石を核にして土や岩で体を構成している。弱点は……前の腹にある鉱石。見えるかね?」
「はい。下っ腹に青く……点滅してますね?」
「そうだ、あれをしっかり突くだけだ。外さなければモールベアの頭よりも脆い」
ボルターはそう言いつつ、コルトと一緒に何かロープをいじっている。
狩りに使うのだろうか?
「ゴーレムの攻撃は、武器をもってそれを振り回すものだ。鎧のアール君は、前方から奴の注意を引き付けつつ核を狙ってくれ。私達が後ろからロープで隙を作ろう」
「解りました、ロープを掛けるまでは回避重視ですね」
作戦は解った。
アールが鎧を纏い、ゴーレムの前で睨み合う。
生身の二人は、こっそり後方から近付く。
そしてロープで両手を封じ、アールが弱点を攻撃する。
チームプレーは、既に午前中の最後のモールベアで一度やっていた。
「頼むよグレイ、さっさと終わらせて飯にしよう」
「りょーかい。私も、もうちょっと水飲みたいわ」
鎧を展開しゴーレムへと近付く。
二人はアールの後ろを左から周って行く、アールは少し右へと進み出た。
直ぐにゴーレムもこちらに気付き、棍棒を構える。
ロープが決まるまでは避けとガードに専念する。
向き合ってみればゴーレムは4メートル強、鎧状態のグレイは3.4メートル。
パワーでは負けていそうだが、速さでは分があると踏んだ。
「ボォォ、ボォォ……ブバァア゛ア゛!」
大きく棍棒を振るってくる。
派手で圧力はあるが、何とも直線的である。
アールは冷静にこれを躱す。
返す刀で横振りをしてくるが、やはり見切り易い攻撃だ。
落ち着いて見極めれば、防御に向かないツルハシでも受け止められる。
アールはツルハシで、棍棒を横に受けたまま互いが硬直する。
ロープを掛けるには絶好の機会である。
「今だコルト!」
「解ってらあ!」
既にゴーレムの左右後方に回り込んでいた、ボルターとコルト。
ボルターの合図で、ゴーレムの両腕に縄を掛け、反対側を杭で固定した。
それを待ってアールは半歩後ろに下がる。
ゴーレムは前に進み、固定された腕は前に進まず、胴体だけが前に出て止まった。
後は落ち着いて、無防備な腹の核に一撃を入れるだけである。
アールは少し屈んで、ツルハシの柄で打とうと覗き込む。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
ゴーレムの腹の核から強烈な光が、アールとグレイに照射される。
「!? ……な、ん!?」
「ちょっとー! なにこれ!? 何も見えないって!?」
アールとグレイは屈んでいた所に、至近距離から強烈な光で目を潰された。
堪らずに膝をつく。
同時に、アールの耳に何かブチブチという音が入ってくる。
まるでロープが引き千切られている音である。
次の瞬間、アールの頭に強烈な衝撃が響いてきた。
依然目は見えないが、攻撃を受けたのだ。
アールは地面に叩きつけられ、更にそのまま攻撃を受け続ける。
仰向けになりツルハシで防御しようとするが、防御に向かないツルハシで目も潰されている。
闇雲な防御では、ツルハシではまともに防ぐ事はできない。
「アール君! 早く逃げるんだ! 立って、距離を取れ! 早くー!」
「ボルター。どうせもう聞こえてねえよ。……演技してねえで、黙って待ってろ」
ボルターは我に返る様にハっとし、力無く腕をだらりと下げた。
アールを助けようと、何かしようとはしない。
コルトは得物の槍シャベルを持って、アールを滅多打ちにしているゴーレムの後ろへ周った。
何かを待っているかの様に、悠々とタバコを吹かしている。
「グレイ! 何とか……できない、か!? この、まま……じゃ」
「こっちも……カメラが。衝撃吸、収できな……」
アールは必死に頭部をガードしているが、目も見えずガムシャラな防御ではまともに防げない。
凌いでいれば、2人が何かしてくれる筈と懸命に耐える。
しかし鎧の中とは言え、強烈な衝撃はアールの頭にも響き、意識を刈り取る。
段々と朦朧としていき、腕から力が抜けていく。
「もういいな。……ホイっと」
タバコを吐きつつ、コルトが慣れた手つきでゴーレムの背中の一点を突く。
パっと見では何もないが、偽装された本物の核をしっかり捉えていた。
瞬間、ゴーレムは体を呆気なくバラバラに崩す。
後には、青い大きな鉱石だけが残った。
「アール君!? 大丈夫かね!? 遅れてすまなかった……今安全な場所に運ぶ、グレイ! 鎧を解除してくれ、このままでは運べない!」
「少し考えれば、弱点が点滅して目立ってるなんざ、おかしいと気付くもんだが。……まあ所詮は、運良く鎧を拾っただけのガキか」
ボルターが顔を青くして駆け寄る。
アールもグレイも、既に意識はなかった。
グレイは、意地と根性で鎧を維持していた。
ボルターの言葉は聞こえていなかったが、ゴーレムの攻撃が終わりそれも解かれる。
「良い具合になってるな。……ポイントは見つけてる直ぐに運ぶぞ。ゴーレムの核は、どうするか決めてなかったな。どうする?」
「私は要らん。……早く忘れたいからな」
意識を失ったアールとグレイ。
2人はコルトが予め見つけていた、安全な場所まで運ばれる。
ボルターとコルトは、一体何を考えているのか?
果たして、アールとグレイは狩りの獲物となってしまった。
こうしてアールとグレイはまんまと罠に掛かってしまった。
果たしてボルター編の結末に向けて物語は展開していく。
なぜボルターはわざわざこんな回りくどい方法を取ったのか?
安全な場所とは一体何なのか?これまでの全ては演技だったのか?
どうか次回も、是非御覧下さいませ。