第5話 結論
組合出口で待ち構えていた初老の紳士ボルターはアールを仲間に誘う。
仲間を探していたが、素性の知れないボルターの誘いにアールは結論を迷う。
そこに顔馴染みの人物が現れ、アールに助言を行うが・・・。
ボルターに導かれるままに、アールはとある店に入っていく。
どんな所に連れて行かれるかと少々不安だったが、何の変哲もない。
表通りに面し、ターゲットを労働者に据えた簡素な食堂だった。
「私はここに来てから……中々に長いのだがね。この店の味が一番舌に合う、値段もお手頃だ」
「この店は初めてです、いつもは上の寮の近くで食べてるので」
奥の方の丸みを帯びた四角いテーブル、対面に座りながらボルターは話し出す。
グレイは机の上に置いている。
食事は必要ないが水をチューブからグイグイ飲んでいる。
「私ももぐらの時は上に住んでいたがね、ディガーになってからは上層に移ったよ。何かとこっちのが近くて便利だ、君にもお勧めするよ」
アールの現在の住まいはサークルの周辺、地表の労働者用の寮だ。
上層は元々採掘のために掘られたものなので一応地下ではあるが、天井は無く、空から見れば大きなクレーターのように見える。
「お客様、ご注文はお決ま……り!?」
ウェイターさんが注文を取りに来たが、グレイを見て固まってしまった。
水を持ってきた時は只の置物と思っていた物体が、水を飲んでいるのである。
暫くはこの対応に追われる事になるだろう。
「お嬢さん、こちらは彼の相棒だ、組合からも了承を得ている。どうか過剰に反応しないでやってほしい」
「し、失礼しました。初めて……見る様な……方? でしたので」
「気にしないで、私も仕方ないと思ってるから。ぁ、お水おかわり下さい♪」
アールが対応する前に、ボルターが上手く落ち着かせてくれた。
ホッと胸を撫で下ろすと共に、予想していた様なスムーズな対応に、人生経験の差というものを感じる。
「これを2つと、ホットコーヒーを2つ。注文は以上です……水はセルフだね?」
ウェイターさんは注文を確認し奥へと引っ込んだ。
まだアールは注文を決めていなかったが、ボルターが全て済ませてしまった。
「すまないが、私から絡んだ以上はここは奢ると決めていた。お薦めを頼ませて貰ったよ……グレイ君、私の水を飲むと良い、まだ口をつけてないよ」
グレイは水を受け取り、感謝を言いつつもう飲んでいる。
奢られるのは良いのだが、そろそろ用件が何なのか聞きたくなってきた。
「ありがとうございます、奢ってもらうだなんて。……それで、ボルターさんの用件とは?」
「うむ……単刀直入に言ってしまおうか。私と組んでくれないかな?」
予想はしていたが、やはり仕事の誘いだった。
しかしアールの口は、即座には答えを出せなかった。
地下での仕事仲間になる以上は、命を預け合う間柄になる。
出会っていきなりの相手と、それが出来るだろうか?
先程アールを断った多くのギルド、アールは彼らの考えが少しは解った様な気がした。
「私は個人ギルドで活動していたのだがね、君と同様に、今回の変化で手詰まりになってしまった。……1人は仲間をみつけてある。君が了承してくれれば、3人になって仕事を始められるのだよ」
まだ答えは出せない、ボルターがどういう人物かも素性も知らないのだ。
今の所悪い人物には見えない。
物腰も穏やかで気配りも効いている、しかし簡単に応じてしまっていいのだろうか?
「昔は6人程のギルドだったのだが。……まあ色々事情があって私1人になってしまった。それでも特に問題は無かったのだが、今回の件でそうも言ってられなくなった」
ボルターは苦笑しつつ、運ばれてきたホットコーヒーを啜る。
今回の件で困っているのは事実の様だ。
「そして私達は鎧を持っていない。1人は鎧持ちが欲しい所に君の事を耳にした。……私の勝手な考えだが、君は私達と組む事で、他にはないメリットがあると思える」
「他にはないメリット、ですか? それはどういう……」
アールもコーヒーを口にしつつ話の先を促す。
今はボルターの話しを吟味する事が重要である。
「まず、本当に失礼だが。……君にはディガーとしての信用が無く、簡単に組んでくれるギルドは無いだろう。組んでくれる所を探すのは、難航するはずだ」
何も言い返せない。
難航するはずではなく、実際に今、難航しているのである。
「次に、君は鎧はあるが採掘道具を持っていない、これも君特有の問題だ。……地下に潜ってからは必ず必要になる」
「獣との戦闘だったら、素手でも大丈夫だったわよ? もう2匹倒してるんだから」
ボルターの話に、グレイが応じる。
確かに既にモールベアを2体倒している、アールではなくグレイがだが。
「モールベアだったね、あれは弱点が柔らかく鉱石による覆いもない。確かに鎧の殴打でも有効打になりえるが、全ての獣がそうではない」
獣はモールベア以外にも多種多様に存在する。
モグラからディガーになったばかりのアールには、そういった知識もない。
「弱点は露出しているが固いもの、弱点を鉱石で覆っているもの、君ではそれに対応できない。また地下を進む上でも採掘道具は必要になる時がある、これは経験によるものだ」
グレイはむむむむと水をブクブクさせている。
経験を引き合いに出されては、アールには反論しようもない。
「私は道具を2つ、スコップとツルハシを持っている。君が望むのだったらツルハシを貸してあげてもいい、これは君にとって破格のはずだ」
採掘道具、その価値は品質等によって上下するが、平均すると約10万z。
平均的なモグラの年収の5倍程になる。
鎧を手に入れたアールにとって、採掘道具はまさに今一番に買うべきもの。
それを貸してもらえるのは大いに助かる。
「それは、とても助かりますが。……しかし」
「君の疑問は解るよ。では『お前は何をメリットに僕と組みたいのか?』だろう」
その通りである。
ここまではアールが受けるメリットであり、ボルターがアールを欲する理由は依然不明だ。
せいぜい、鎧持ちである事しか上げられていない。
「私にとっては『鎧持ちなのに他と組めない』というだけで大助かりなのだよ。……君は5日間、組合に捕まっていたから知らないだろうが、この5日間はディガー達の間で、生き死にを賭けた交渉合戦続きだった。」
アールが聴取で忙殺されていた5日間。
確かにほぼ軟禁状態であり、外で何が起こっていたかは、アールもグレイも知らないことだ。
「組合から今回のギルドや3人縛りの情報は、今日の朝に出たが、ディガー達の内々には数日前から広まっていた様でね。……私は個人ギルドだったので情報の入手が遅く、乗り遅れたのだよ」
沈痛な表情でボルターは語る。
情報の速度は時に直接の損益に繋がる、まさに今回がそうだったのだ。
「気付いた時には、既に繋がりのある鎧持ちは皆スカウトを受けた後だった。彼らにも信用がある以上、そうほいほいと乗り換えはできん。……別ギルドの私と仕事をしてくれるとしても、各々のギルドより優先度は低くなる。それに振り回されていては、私の仕事に支障がでる」
仕事における信用というものは、とても重用だ。
命が掛かった仕事であれば、それは尚更である。
「君に声を掛けたのはそういった理由だ。いや私もうっかりしていたよ。何か大きな事があれば気を引き締めねばと、何度も味わってきたのだがねえ……」
苦笑しつつ、ボルターはいつの間にか運ばれてきた料理に手を付け出す。
豚肉をメインにした、大盛りの定食だった。
「さあさあ冷めないうちに頂こう。……返事は直ぐでなくてもいい、よく熟考してくれたまえ」
「……はい、頂きます」
アールも定食に手を付け出す。
話を聞いている内に、すっかり空腹になっていた。
二人ともさらっと完食しコーヒーを啜る。
食前とは打って変わって、二人とも無言であった。
「私は、この後も知り合いに会いにいくから先に出るよ。……返事が決まったらここに来てくれ、支払いは済ませておく」
ボルターはそう言って席を立ちつつ、アールにメモ用紙を渡してくる。
住所か何かが書かれているのであろう。
「ぁ……。ご馳走様でした、とても美味しかったです」
「お水ありがとでしたー」
ボルターは笑顔で応じつつ、先に店から出て行った。
アールは、まだ考えが決まらないまま椅子に座っている。
「おう、アールじゃねえか。ボルターと話してたな、つーかお前仕事は?」
ボーっとする間もなく、聞きなれた声で話し掛けられた。
気付けば、班長が横に立っていた。
「班長!? こりゃどうも。仕事は、ちょっと躓いちまいまして……」
班長はアールの話を聞くつもりなのか、ボルターが座っていた席にドカっと腰掛ける。
左肩には包帯が巻かれていた。
班長には、組合の聴取で助けられて以来である。
と言っても班長は、組合の人間に一頻り捲し立てて直ぐに帰ったので、アールと会話等はしていないが。
「聴取の時はありがとうございました。……傷の方は、まだ痛みますか?」
「気にすんな先達としての義務ってやつだ。労災もしっかり取れたからこっちも大丈夫だ。……グレイもいるのか、お前って飯食うのか?」
「私は水だけよ、固形物は食べれません」
班長は軽く肩を回しつつ応じる。
本当に軽傷のようで何よりだった。
「で? それよりお前だ。今回ので色々変わって察しは付くが、まあ話してみろや」
アールは班長に、ギルドやボルターの事を話す。
班長は食事を取りつつそれを聞いてくれた、こういう事に慣れている感じだ。
一頻り話し終え、アイスコーヒーを飲みながら班長が口を開く。
「なるほど大まかには解った。ボルターの言う事は、まあ納得できる話だ。……で、お前はどうしたいんだ?」
「俺は、ボルターさんの誘いはとても助かる、のですが……」
自分で説明し改めて振り返っても、やはりまだ答えを出せない。
過去の経験等から正解を辿ろうにも、始めての事にはそれは無理である。
「まあ初対面でいきなり組もうやって言われたら、そりゃ困るわあな。俺だって困る……とりあえず俺の知ってるボルターについて話してやろう」
「ボルターさんと、面識があるんですか?」
「面識と言えるほどじゃねえが、仕事柄、同業者の事は多少は耳に入るもんだ。その程度だが、話せる事は話せる」
班長はアイスコーヒーを空にして、グラスを机に置く。
まだ何か頼むつもりなのか、メニューを見つつ話し出してくれた。
「あいつが個人ギルドで食ってたってのは本当だ、偶に数人で地下へ行くのも見た事があるな。……特に良い噂も悪い噂も聞かねえ。だが仕事でちょろまかしたり騙したりってのは、やらかしたらすぐに広まるもんだ」
とりあえず、ボルターがディガーとして真面目に働いてきたのは本当であり、悪人であるという事は無いようだ。
アールは一先ず、ボルターが悪人や詐欺師ではないか? という考えは捨てる。
「個人ギルドでやってる経緯は知らんなあ。そういうデリカシーな事は、お互い口にしねえもんだ。……大ジョッキと唐揚げ盛り合わせ頼むわー!」
「昼から酒ですか班長」
「ぐーたらだなー」
「今日は非番だ、グレイは酒は飲まんのか? モグラ達も上層にしか仕事が無くなって、現場指揮の仕事も減っちまったんだよ。……俺からのボルターの印象は、あくまで鎧を買う為に、真面目に堅実に頑張ってるディガーってとこだな。一度だけ酒に誘ったことは有ったが、倹約だ貯蓄だとかで断られちまったっけか」
運ばれてきたビールに1口つけ、唐揚げを待ちわびる班長。
アールにとってはためになる話しをしてもらった。
「お話有難うございました。後は自分で考えてみます」
「ありがとでしたーまたねー」
班長はビールを飲みつつ、片手を振って答える。
後は自分で結論を出さねば、この先ディガーとしてやっていけない。
「で、アールはどうする? ボルターさんと組む?」
「……組もう、どの道俺達に選択肢は無い」
既に、組合から紹介されたギルドは全滅している。
懸念なのはボルターの素性等であったが、悪人や詐欺師ではないと情報を得た。
いつまで待って貰えるかも解らない。
これを断れば、仲間が見つからずどん詰まり、という事もあり得る。
「貰ったメモは……住所だ。今はいないかもだけど、とりあえずは一度行ってみよう」
「了解、こうなりゃボルターさんを上手い事利用しましょ♪」
メモの住所には店から15分程で着いた、普通のアパートである。
しかしここで困った事になった。
メモには建物の住所しか書かれておらず、部屋番号は書いていなかった。
「参ったな。……まさかボルターさん、こんなうっかりをするとは」
「管理人とかいないかしら? とりあえずは入ってみる?」
建物の前で困惑する、しかし立ち止まってはいられない。
とりあえずは中に入ってみるかと考えていると。
「おや? もしかしてアール君かね? もう返事が決まったのかな?」
振り返ると、つい先程食堂で別れたボルターが立っていた。
手には、大きな買い物袋を持っている。
「ボルターさん!? あれ? 人と会う約束というのは……」
「早々とフラれてしまってね。しょんぼりしつつ、買い物を済ませてきた所だ」
苦笑しつつ勧誘の失敗を伝えるボルター。
思えば、苦笑している顔を一番見ている気がする、彼の苦労が嫌でも感じられた。
「そうでしたか。……俺はあなたの誘いを受けようと思います。この後、組合までいいですか?」
「うんうん。君の人生に関わる大事な事だから、ちゃんと熟考してから返事を。……ぇ? 今OKって、言った?」
ボルターは目を丸くする。
すぐさま建物の中に走って行き、すぐに買い物袋を置いてきた。
「良いとも良いとも! さあ組合に向かおう! 善は急げときたもんだあ!」
突っ走るボルターに手を引かれ共に組合へ向かう。
担当のレティーに会って、滞りなくギルドへの加入登録も済ませられた。
「それじゃ、アール君はボルターさんのギルド『クレメント』に加入ですね。後はこちらで処理しておきます。……まさか今日中に決めてくるとはね、おめでとうアール君」
「ようこそ我がギルドへ。歓迎するよアール、これから宜しく頼むよ」
「こちらこそ宜しくお願いします。……鎧を持ってるだけで経験はほぼ無いので、ご教授お願いします」
ギルドへの加入。
仕事を始める為に駆け足になったが、早々にギルドに加入できたのは、大きな前進だと内心打ち震える。
「私は早速明日取り掛かる仕事を探しておくよ。君は……とりあえずは、ディガー用の基本セットを買っておきたまえ。あれさえあれば、大抵の事態に対応できる」
基本セット、ディガーは地下に潜り、鉱石の採掘や獣との戦闘を行う。
それらに関して必要な、大抵の消耗品がまとめられたメジャーな商品である。
地下に数日潜りっぱなしという事も珍しくはない。
数日分の携帯糧食も、大抵は一緒に売られている。
「そうね、とりあえずはセットを買っておけば困る事は無いと思うわ。……ボルターさんもアールの事を考えて仕事を選んでくれるでしょう。これから宜しくお願いします」
「勿論ですともレティーさん。しかしアール君の担当は美人で良いなあ、私の担当ときたら……」
二人に挨拶を済ませ組合を後にする。
一時はどうなる事かと思ったが、終わってみれば万事が上手く行った様である。
アールは明日に控える初仕事に向けて、気持ちを新たに準備に取り掛かるのであった。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
という訳でアール君は晴れてボルターさんのギルドに加入し無事に仕事を始めれるようになりました
早く稼がないと寮の修繕費で素寒貧になっちゃうもんね!オカネ大事
今回ポンと出てきたのは「ディガー用の基本セット」便利なアイテムを丸っと積めてお手頃価格で絶賛大人気の商品となっております
ディガーは仕事の内容によってやる事は様々です、採掘 獣討伐 鎧のない人達の護衛 未確認領域への調査 獣の調査etc ぶっちゃけ地下での便利屋ですね
当然それらに必要となる物資は様々ですが、仕事の度にあっちの店こっちの店、なければ通販?お取り寄せなんて、ディガーが禿げてしまいます、私も考えるの大変です
という訳でお客様のニーズにお応えした商品「基本セット」の登場です、がっぽりですやろなあ
発火剤からロープから浄水剤からあれやこれやと、私もこれで楽をさせてもらいます
次回はアール君がディガーとして初の地下へ、ボルターさんはどんな仕事を受けてきたのでしょうね?