後日譚
グレイは目覚め、アールは溜め込んでいたものが溢れ出した。
しかしこれは彼の終わりではない。
この一件だけが、彼らの人生ではないのだから。
――サークルから南方 トゥーサトル国境付近
「師匠、そろそろ国境です。皆さんの渡航書を確認しておいて下さい」
アール達は馬車でトゥーサトル、レティーとエミールの故郷へと向かっている。
サークルでのソルと組合の橋渡しは、難航せずに終えることができた。
後は班長やベルモント達に任せ、アール達はレティーの依頼を受けている。
「書類関連は姉さんが……。姉さん、渡航書ってどこに仕舞ったの? ちょっと見当たらないけど」
地下の人類、ソル達の事はしっかりと把握する事ができた。
サークルの地下のソル達は、レティーの故郷を襲ったソル達とは別勢力だとも。
会ってどうするかはまだ解らない、それでもレティーは護衛を依頼してきた。
「そっちの青いバッグ……あれ、ないの? なら……あー出る時バタバタしてたから」
「渡航、書……これかな? お兄ちゃん見てくれる?」
「どれ……うん、これだな。しっかし、もう文字覚えたんだなあ。……ブルックは親父に似たのかな?」
ブルックもこの旅に同行している。
歴としたディガーとして、ギルド『タルパズ』に入っている。
『ソルはディガーになる事はできない』等という規約はない点を皆で押しきった。
むしろ、ミュースを説得する方が難儀だった。
「機械技術はさる事ながら、アールより余程頭が良いな。……というか、アールはもうちょっと勉強しておけ。いつか苦労するぞ」
「まーた始まったよ。……計算とかはグレイがやってくれるから大丈夫だよ」
鎧はサークルから持ち出すことが出来ず、武装は採掘武器だけであった。
しかし一行は特に不安を感じてはいない、お互い既にしっかりと信頼を結んでいる。
更にアールには『特例』もくっついて来ていた。
「……そんな雑用で使うんなら、お給料でも要求しようかしら。ちょっと私が起きてから、頼り過ぎじゃない?」
グレイはあの夜、アールがようやく涙を流した日に意識を取り戻した。
理由の方は、今一グレイにも解っていない。
自己修復が働いたのか、ブルックの修理が良かったのか、はたまた別の何かか。
「へー、お給料ね……。だったら私がアールより出せば、グレイは私のものに?」
「姉さん……。それは聞き捨てならんな、そういう話だったらワシが」
「お2人共、グレイの冗談を本気にしないで下さい。アールが困っているでしょう」
御者のサチェットから注意が飛び、一旦馬車内は静かになる。
組合や貴族との交渉では、サチェットが大いに貢献してくれた。
サチェットもそれで威張り散らしたり等はしないが、皆は少し頭が上がらない。
グレイを持ち出す事には色々と横槍が入ったが、ジョージャウを始めとした皆が協力してくれた。
結局、ソル達の技術や文化に興味のある国々が折れ、アールの所有物になっている。
「給料ねー……でもお前、水以外に欲しいもんなんてあるのか? つーか金なんて何に」
「それもそうね。でも欲しいもの……お水以外にもあるよ?」
グレイに欲しがるものがある、その一言に皆の視線が集まる。
予想外の反応に、グレイはチューブをもじもじとさせた。
「んー……やっぱり秘密。言ったら消えちゃうかもだし」
「なんだよー、良いだろ教えてくれたって? 消える、もの? ……なんだそりゃ」
皆はしばし考え込むが、それが何なのかは解らない。
当のグレイは水を飲みつつ、黙りこくってしまった。
痺れを切らし、アールがグレイを捕まえる。
「良いだろ教えてくれたって? 言って消える様なもんって、全く解んないって」
「そうねえ……。でも内緒♪ いつか、何となく解るかもしれないわね」
グレイは控え目に笑い、しかしそれが何かは明かさない。
そうこうしている内に馬車は国境へ達し、一先ず皆は馬車を降りる。
「お兄ちゃん、先行ってるよ?」
「りょーかい……まあいつか話してくれよな? こういうのは、どうにも気になっちまう」
「ふふ、考えておくわ。これからも宜しくねアール……私を見つけてくれて、ありがとう」
一行は新天地を踏みしめ、新たな活動を開始する。
だがそれは、彼らを本質的に変える事ではない。
どこへ行こうとも、彼らは彼ら自身の何かに沿って行動する。
その行動は、この世界の運命を大きく変えた。
その善悪はまだ定かならないが、彼らはそれが善いものだと確信している。
それはどこかのお話の『英雄』と、さして違いはありはしない。
ささやかな英雄譚は、ここで一度閉じられる。
終わった話に、作者があれこれと長話をするのは無粋であろう。
最後までご覧頂き、まことに有難うございました。
また次回作等でお会い出来れば幸いです。




