第43話 幕引
アール達は竜と化した首魁アビティオを倒した。
しかし、その戦いは大きな傷跡を残す。
それでも時の流れは待ってくれず、日々は過ぎていく。
数日後、アールは意識を取り戻した。
特に後を引く事もなく、すっかり元通りとなる。
まるで休んでいる場合ではないとばかりに、日々忙しない。
誰かがガサゴソとしている作業場に、慣れたやり取りで入っていく。
「ブルックー、なんか足りないもんあるか?」
何か図面を見て難しい顔をしている弟、ブルック。
その横には作業台の上に安置されている、物言わぬグレイ。
いつも通りのアールの登場に、ブルックも慣れた対応をする。
「あ、お兄ちゃん。そうだね、今は……」
依然グレイの意識は戻らない。
あの手この手を試してはみたが、沈黙を続けている。
今は機械技術に習熟したブルックが修理を担っていた。
それが日常になるほど時間は経ったが、グレイは未だ変化は無い。
まるで始めからそうだったかの様に。
「ん……了解。ほんじゃ、ちょっくら行ってくる」
「気をつけてね。今日はエミールさん達も来るってお母さん行ってたよ」
ブルックはアビティオ達の下で、機械に関連した技術を習得していた。
不完全ながらに紫のグレイを作り、そのメンテナンスも行っていたという。
今のアールはその手伝いを日課としている。
必要な物資等を調達にアビティオ達の拠点跡地に、毎日足を通わせていた。
「またいつもの憂さ晴らしだろうな。俺はこっちに掛かりっきりだから……」
「組合とかとボク達の橋渡しだっけ? 今日もお爺ちゃんが行ってるよ」
過激派のソル達を倒してから、レティーを通じて組合とコンタクトを取り、全てを公にした。
既にアビティオ達が排除されている以上、貴族や各国が関与してきても問題ないと判断して。
いつまでもソル達の事を伏しておく訳にもいかない。
何よりこれは、ジョージャウの希望でもあった。
平和な関係を築き、望まぬ形での衝突を避けようという。
アール達のギルド『タルパズ』と工房『巧遅であれ』の名前が無駄に広まってしまったが、デニスは大喜びしてる。
「まあ妙に交渉強いやつらが揃ってるし、問題ないだろ。……んじゃいってきまーす」
「いってらっしゃい、遅くならないでね」
アールは組合や貴族との交渉に、自分からは関与していない。
交渉等はもっと適任がいるし、何よりグレイの事を放っておけなかった。
今日も今日とて、ガレキと機械の山になった拠点後に赴く。
まるでモグラ時代に戻ったように泥臭い日々だが、特に悪い気はしない。
「代わり映えしないなここは。……あの時の跡も」
竜、アビティオと戦った跡は、未だ手付かずのままに放置されている。
アールとグレイが気を失った後、エミール達もあの場に駆けつけ、竜の中からアビティオを引きずり出したという。
事切れる寸前であったが、しぶとく色々と語った後に息を引き取った。
父親、レクターの話もその中に出てきた。
「……ま、そんな気はしてたし。むしろ、どっかほっつき歩いてたらびびるよな」
アビティオ達がグレイで逃げ出したレクターを見つけた時、既に事切れていた。
死者に鞭打つような事はせず埋葬され、特に遺品等も無い。
エミール達からそれを聞かされたアールは、しかし涙は出なかった。
グレイの録画を見た時から、アールは何となくそれを感じ取っていた。
埋葬地の、昔のジョージャウ達の村へも皆で向かった、墓参りに。
ミュースは泣き崩れ、それに釣られてブルックも泣いてしまった。
「おっと、ボケっとしてる場合じゃない。グレイ、言われたもの覚え、て……」
無意識に、グレイに喋りかける。
癖なのだろう、依然、グレイがいないという実感が希薄であった。
背中のリュックは以前より軽い。
足取りと心は、少し重い気がしていた。
「何やってんだか……。はぁ…………。気を取り直して」
頭を軽く掻き、覚えている限りのものを集める。
特に迷う事も無く集め終わった。
集めたものには、不足はないように思える。
ここに長居する必要もなく、村へと踵を返す。
「こんなもんだろ。……今は、これしかない」
少し広くなったリュックに物資を詰め、村へと戻った。
ブルックの元に戻り、さっぱり解らないグレイの修復を眺める。
手伝いたいのは山々だが、技術的な事はどうにも解らない。
家の手伝いや家畜の世話をして時間を潰す。
夕食に顔を出したエミール達と、顔を突きつけた。
「全くあいつらは……。サチェットの名を出さないとまともに口を開こうともせん。開けば開いたで遠回しに譲歩しか求めてこん。いっそ縫い合わせて……」
エミールはアールが回復する前から、足しげくここに通っている。
ソル達の酒が気に入ったからと言っているが、真意は解らない。
組合との交渉は主にエミールが担っており、ジョージャウからも信頼されている。
タダ働き同然だが、しかし投げ出さずにいた。
「師匠、明日も予定が詰まっています。お酒の方は程々に……。味の方には、勿論同意しますが」
サチェットも交渉に顔を出しているが、あくまでエミールの補佐との事だ。
何か吹っ切れたのか、実家の名前を存分に使っている。
しかし実家に戻る気も無いと言い、今はエミールの秘書の様になっていた。
「お父さんは今日は組合の人達と会合らしいから、気兼ねせずに泊まっていけば良いわ。どうせあの人も、地上のお酒で酔っ払ってるわよ」
ミュースは墓の前で泣いた後に、見た目にはすっかり立ち直った様に見える。
ブルックが言うには、たまにぼーっとしている時があるというが、今はまだ誰にも口を出せない。
エミールとはすっかり仲良くなり、2人で晩酌している事もある。
「勿論、気兼ねなんぞするつもりないさ。ん……? アール、酒が切れてしまった。取ってこい」
「ぇー、自分で行けよ。俺は飲んでないのに……」
アールはグレイが意識を失ってから、酒を飲んでいない。
特に誓ったとかではなく、何となくである。
エミールやサチェットはこういう時こそ飲むべきだと言うが、アールには解らない。
「アール、早く取ってきなさい。作業場の奥の……」
「へいへい。……母親って、もっと優しいもんだと思ってたがなあ」
小言のお返しに睨みを利かせられ、作業場の奥の倉庫へと向かう。
夜のジョージャウ達の村は、ほんのりと薄暗い。
鉱獣の発光物質だと言うが、獣のものとは少し違う温かみがあった。
「ぇーっと、酒は……どれ持ってきゃ良いんだ? ……まあ適当で良いか」
見覚えがある酒瓶を持ち、倉庫からトボトボと出て行く。
自然と、目に入った。
明り取りからの薄っすらとした光に照らされた、光を発しないグレイと。
何か感じ入ったか、気紛れか、作業台のグレイに向き合って座る。
「見た目には、やっぱ何も変わってねーなー……」
竜の業火にさらされ真っ黒だったグレイは、自然と元の色に戻った。
ブルックが言うには自己修復が機能しており、グレイも元に戻る可能性は高いという。
しかしそれから何日経っても、グレイは物言わぬままである。
「エミールに飲ませるのも、まあ……癪だしな」
手にした酒瓶を空け、そのままに口を付ける。
芳醇な香りのある、飲み易い味だった。
一口が二口に、二口が三口に、アールはちびちびとだが、酒に飲まれてしまう。
「いつになったら……。さっさと、さあ……」
誰かに宛てた愚痴をこぼしつつ、アールは疲れと酒に、意識を朧気にしていく。
―――――
「むぁ……ん? ……あ、やべ」
気付けば酒瓶は空に、少し寝てしまっていた様だ。
時計もなく、時間は解らない。
体はそう冷えてもいない、母屋からの酒盛りの音も変わらず喧しい。
起きて目に飛び込んできたグレイは、やはり変わらず沈黙している。
「参ったな。疲れてんのか? ……起きてたら、起こしてくれたかなあ?」
物言わぬグレイを指先でつつく。
初めて出会った時と同じ、大きなひし形のグレイを。
しかし今はうんともすんとも言わず、光も発していない。
外からのほんのりとした光を受け、眠っているようだった。
頭を切り替えて立ち上がり、用事を思い出す。
「しまった……エミール怒ってるかもな。まあ、とりあえず」
もう一度倉庫から、同じ酒を何本か持っていく。
遅れたとは言え、手ぶらで戻るよりはマシだろうと。
光を浴びて物言わぬグレイを、今度は横目に通り過ぎる。
その表情は少し険しい、しかしクヨクヨと立ち止まりはしない。
酒瓶を抱え、作業場を後に―。
「……そんなお酒飲んだら体に悪いよ? 嫌な事でもあったの?」
「俺が飲むわけじゃねーよ。エミールと母さんが……」
見当違いな心配に、呆れた口ぶりで返す。
懐かしい、待ち望んでいた声。
元になったミュースとは若干違う、しかし同じ声質。
「……グレイ?」
アビティオ達との決戦から約2月後の夜、アールはようやく涙を流した。
再会を果たし、塞き止めていたものが溢れ出すアール。
宴もたけなわに、青年と少しおかしな鎧の物語は幕を閉じる。
彼らの世界も彼らの生もまだ続く、それが綴られるのは、また別の……。
後日譚へ続く。




