第42話 魔獣 《後編》
竜を打倒する策を立てたアール達。
拠点各所に散り、各々が成すべきを成す。
遂にその砲火が、竜を捉えるのだが……。
アール達と別れ城壁へと向かったエミールは、ジョージャウ達と合流しその経緯を聞いた。
口を挟む事はできない動機にエミールは頷き、やるべき事に着手する。
「大砲は……3門で良いだろう。あれだけの巨体だ、体のどこかには当たるさ。その後はアールが持っている短剣次第だ」
城壁の上には、エミールも合わせて鎧のディガーが3人いる。
それぞれが1門と、生身のジョージャウ達に補助をしてもらう。
アールが到着してから、拡声器で合図を出してもらうのを、装填して待ちわびる。
「上手く、いきますかのお? 例え命中しても……」
ジョージャウは不安、というよりはダメだった場合を冷静に想定する。
例え大砲で竜の表面にダメージを与えても、件の黒い剣を刺せなければ致命傷にはならないだろう。
アールがそれを成功できるか否か、問題はそこに掛かっている。
「大丈夫よお父さん、あの子達を信じましょう」
「その通りです。あいつが普段使ってるのも短剣です。的も大きいし、一刺しくらい根性で何とかするでしょう」
ジョージャウは顎に手を当て、荒れ狂う竜を見やる。
ここまで竜は単純な物理攻撃しか行っていない。
勿論それだけでも、建物を紙屑の様に吹き飛ばし、鎧のディガー達をまるで寄せ付けない。
しかし、自信の知る竜はそれだけだったであろうかと、不安を募らせていた。
―――――――――――
エミールと別れたアール達は、既に竜の近くで準備を進めていた。
大砲に巻き込まれない様にディガー達に声を掛け、一時的に距離を取ってもらう。
残るは、依然竜の注意を引いているサチェットのみだった。
「それじゃ、お兄ちゃんは拡声器をオンにして待ってて。ボクが行ってくる」
薬品を湛えた短剣は、どう見ても頑強には見えない。
拡声器でサチェットに声を掛け、それで竜に狙われては台無しになる。
短剣を持ったアールは目立たぬ様に待機し、ブルックがサチェットに声を掛けに行く。
話し合った結果であった。
「頼んだぞブルック。……すぐに逃げるんだぞ?」
「気をつけてね? 竜に近付く必要はないんだから」
ブルックは軽く頷き、竜の正面にいるサチェットに近づいて行く。
アールは今はそれを、物陰から見送る事しかできない。
サチェットは建物の間を縫いながら、竜から後退していた。
何も無い場所では竜はすぐに追いついてしまう。
それでは流石にサチェットでも一溜まりもない、少しでも時間を稼ぎつつ受け持つ策だ。
ブルックは建物を隔てて並走しつつ、声を張り上げる。
「サチェ……さーん! 大……撃つ……、竜から……下さい!」
竜から逃げつつ、建物の倒壊を避けながら、声は途切れ途切れにしか届かない。
サチェットも何か言われているのには気付くものの、はっきりとは解らない。
「もう一度お願いします! 私にどうしろと!?」
竜の爪を間近にいなしながら、サチェットも声を張り上げた。
紫のグレイ、ブルックは必死にそれに答える。
「大砲を……離れて……さい!!」
大砲、僅かに聞こえたその単語で、サチェットは意図を把握する。
しかし離れろと言われても、すぐに離れる事ができれば苦労はしない。
瞬時に頭を働かせ、次善の策を返す。
「私の事は気にせずに! 竜が怯んだ隙に離れます、一刻も早く撃って下さい!」
ブルックはそれが聞こえたのか、サチェットから離れて行く。
それを確認し、サチェットはより一層の気合を入れる。
辛抱の時はもうじき報われると。
「さあアビティオ! もう直ぐお前の喉首を掻き切ってやるぞ! 怖れぬなら、私を仕留めてみろ!!」
アビティオと呼ばれた竜は、より激しくサチェットに襲い掛かる。
サチェットは口端を吊り上げ、うんざりした攻防にもう暫く興じるのだった。
―――――――――――
物陰からそれを遠目に見ていたアールは、しかしサチェットが離れない為に合図を送れない。
誰も大砲の名手などここにはいない、ディガー達にもいないだろう。
流れ弾がサチェットに飛んで行くなど、アールには許容できる話ではなかった。
ブルックはアールの傍まで駆けて来て、サチェットの返事を伝える。
「……あの馬鹿野郎、巻き込まれたらどうなると思ってやがる。どうにかして……」
しかしサチェットが距離を取れる様にも見えない。
周辺の環境も上手く使いつつ、そして全力で距離を取っている、それでも追いつかれているのだ。
アールにもそれは理解できた、長引かせればサチェットを益々苦しませるだけだと。
「お兄ちゃん、今は……」
「っちっくしょーが、無事でいろよサチェット!」
無事を祈りつつ、アールは拡声機能をオンにして城壁の上へ呼び掛ける。
大砲を撃ってくれと、そしてサチェットに当てるなと。
「撃ってくれええええ!! 頭の方はダメだあ!!! 背中を狙ええええ!!」
瞬間、城壁に並んだ大砲が待ってましたとばかりに砲火を上げた。
砲弾が竜に注がれるが、直撃はせずにすぐ傍に着弾する。
標的にされた事で流石に竜も大砲へ向かっていく。
近付く事で的は大きくなった。
益々大砲は激しさを増し、段々と直撃が多くなっていく。
「ぉ、おお! これならいけるんじゃないか!? 大砲だけで、充分、に……」
「お兄ちゃん、ちょっとそれは……無理じゃない? これ」
竜は多少怯みながらも、それでも大砲に足を止めはしない。
首や頭、胸に砲弾を受けつつ、建物を薙ぎ倒し向かっていく。
大砲側も慣れてきたのか回転が上がるが、竜を止まらせるまでには至らない。
もう少しで竜の間合いに入る所で、エミールは避難を呼びかけた。
「もういい、充分だ! さっさと逃げるぞ、掴まれー!!」
3体の鎧にソル達が捕まり、担がれ、一目散に城壁から逃げ出す。
予め、階段のすぐ傍に陣取っていたのが功を奏した。
エミール達の退避は間に合い、竜は無人になった大砲へと首を持ち上げ顎を叩きつける。
大砲と城壁は石ころの様に蹴散らされ、残っていた砲弾も爆発した。
しかし依然、竜は止まらない。
気だるげに首を持ち上げ、再びアール達に向き直る。
「そうだ……サチェット? サチェットは!? どこだ!?」
「ここにいますよアール……。余り怒鳴らないで下さい」
サチェットはいつの間にか、直ぐ傍まで近寄っていた。
盾は傷だらけでガタついているが、それでも鎧本体は大事無いようである。
アールの持っている黒い短剣、それを見てサチェットは作戦を察した。
「では、私はまた囮として時間を稼ぎましょう。……アール、そんな顔をしないで下さい。私は大丈夫ですし、これが適任です」
お互い鎧の中だ、当然素顔は見えない。
しかしサチェットはアールの気持ちを察したのか、肩を軽く叩き、囮役のために離れて行く。
今はアールは、背中に声を掛ける事しかできない。
「サチェット! 帰ったら腹一杯奢ってやるからなー! 頼んだぞ!!」
サチェットは槍を振り上げてそれに応え、目立つ所で再び竜を迎え撃つ。
竜は正面から大砲に向かっていたせいで、そこを中心に砲弾を受けていた。
足には被弾なく動きに鈍りは無い。
胴体にも何箇所か、焼け焦げたように変色している箇所がある。
「アール、あそこ、足の上。狙い目じゃないかしら?」
「そうだな……。後ろ足から登って、何とかなりそうだ」
右後ろ足の付け根、その少し上が飛びついてすぐに狙えそうなポイントだった。
「じゃあボクは、他の人達と一緒によそから注意を引くね。頑張ってお兄ちゃん」
「頼んだ。……帰ったら色々と、ゆっくり話をしよう。後もう少しだ」
ブルックと別れ、アールは物陰から竜の足を窺う。
しっかりと決める為に、サチェットやブルック達が仕掛けるのを待ち待機する。
「ねえアール、そういえばレクターの事って……」
「あぁ、勿論気になってる。ブルックは何か知ってるかもしれない。けど、まずは……」
目の前の事を片付けてから、父親の事はそれから聞けばいい。
ブルックが知らずとも、もしかしたらアビティオが、ならば尚更竜を止めねばならない。
竜がサチェットに仕掛けるのと同時に、方々からディガー達が竜に突っ込んでいく。
足で踏もうとし、尻尾を振り払い、しかし右後ろ足には誰も近付いてはいない。
ブルックが上手く打ち合わせてくれたのだろう。
千載一遇の好機に、アールは突っ込んでいく。
「アール! まず最初は」
「解ってる、まずは鱗を剥いでから、だろ!」
銀の短剣を手に、アールは竜の足へと全力で迫る。
いきなり黒の短剣を試してダメだったら、目も当てられない。
まずは普段の頑丈な短剣で、鱗を突き破らなければ。
使い慣れた銀の短剣を手に、アールは足へと飛びつきよじ登る。
間近にすると思ったよりも目的の位置は高い。
しかしそれでも焦げた鱗へと辿り着く。
「よーし、ここだああ!!」
銀の短剣は、焦げた鱗を削る様に捉えた。
大砲を打ち込む前とは、明らかに手応えが違う。
そのまま同じ場所に何度も打ち込み、少しずつ鱗を破壊した。
ボロボロになり、鱗は少しだけ隙間を見せる。
短剣を差込み鱗の盾を剥ぎ取る。
遂に、強靭な血管が走る竜の肉が顕になった。
「このまま一気に」
「……!? アール上!! 上!!!」
だが張り付いた羽虫をいつまでも放っておく程、竜は寛容ではない。
長い首を曲げて、真上からアールを見下ろしていた。
黒の短剣を振り被るアールに、大口を開けて迫る。
「こっちのが噛み付くよりも、早いっての!!」
確かにまだ、アールと竜の口には距離があった。
黒の短剣が竜の牙よりも早く突き刺さる、それと同時に。
竜の喉を駆け抜けた高温の炎、灼熱のブレスがアールに降り注いだ。
ブレスは竜の右後ろ足ごと、アールとグレイの全身を満遍なく焼き尽くす。
「ごぉぁ!? ……んの、ま……だ。……ま、だ」
「ア━―━ル……し━―っかり。アール!」
全身を猛火に曝され、アールは反射的に手を離してしまう。
それでも振り落とされること無く、炎に焼かれながら根性でしがみつく。
まだ短剣は突き刺されたのみ、柄のスイッチは押されていない。
アールは声にならないグレイの後押しを受け、再び柄に手を伸ばす。
周りのサチェットやディガー達は、なりふり構わず竜に猛攻を加える。
「首を! 首を狙ええええ!!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!! 止めろこの、止めろおおおお!!」
持てる力を全て振り絞り、全力で柄に手を伸ばすアール。
灼熱の炎の中にあって、視界は全て赤で埋め尽くされていた。
少し気を抜くだけで、意識を根こそぎ奪い取る地獄の炎。
役には立たない視界を閉ざし、喉を焼くだけの呼吸も止める。
全身を焼かれる感覚を振り払い、指先に意識を集中させる。
伸ばした腕が崩れ落ちる幻を、奥歯を噛み締めて飲み下す。
何かが、右手の人差し指が何かを捉えた。
最早確信は何も無いままに、その何かを必死に握りこむ。
瞬間、竜は灼熱の息を止める。
全身を硬直させた後、その口から苦しげな咆哮を上げた。
力無く落ちるアールや周りのディガー達を無視し、建物の中に突っ込んでいく。
「アールの保護を!! 蒸気機関の水を!急げ!!」
サチェットの指示にしたがい、周りのディガー達は水を掛けまくる。
鎧の動力の為の水だが、今はそんな事はどうでもいい。
ジョージャウの村ならともかく、この拠点には水源も乏しかった。
水を掛けつつ、気を失い鎧が解除されたアールとグレイを保護する。
「お兄ちゃん、解る!? ブルックだよ、お兄ちゃん!?」
鎧から降りたブルックが駆け寄る。
アールはぐったりとし、呼び掛けには応えない。
体は依然熱いままだが、しかし火傷は見当たらない。
グレイの方は、水を掛けられる直前まで鎧の全身が赤熱していた。
水を掛けられた事で赤熱は消えたが、炭の様に真っ黒だ。
サチェットは鎧でグレイを水タンクまで運んでから、アールの脈を測る。
「……どうやら我らのギルドマスターは、とてもタフな様です。ブルック、このままタンクまで運びます。手伝って下さい」
弱々しいが、アールの脈はしっかりと有る、皆は一先ず胸を撫で下ろす。
しかしグレイの方は、依然反応も何もない。
黒くなったまま水に浸かり、言葉も表面を走る光も発しない。
竜は建物郡に突っ込み苦しげに暴れた後、その場に倒れ伏しピクリとも動かなくなった。
アール達を看るべきか、竜に向かうべきか、サチェットは決心がつかないままにアールの体を水で冷やす。
竜との戦闘は大きな爪跡を残したままに、その幕を閉じた。
作戦は遂行され、竜は毒に倒れた。
しかしアールとグレイは、業火に曝され意識を失う。
英雄譚は遂に、その幕へと差し掛かる。
是非次回もご覧下さいますよう、お願い申し上げます。




