第40話 魔獣 《前編》
アールとブルックの協力により、過激派の獣達は制圧された。
決着をつけるべく、アール達は拠点中央の本部へと乗り込む。
そこで過激派達の首魁、アビティオを見つけるのだが……。
サチェットを先頭に、アビティオ達首魁が篭る本部へと踏み込む。
中は薄暗い、明り取りの窓まで閉ざされている。
大きな建物だが小部屋等は乏しく、入ってすぐの大きなホールが建物内の殆どを占めている。
ブルックが言うには、全体での集会等に使われていたという。
アール達は円陣を組み、警戒しつつ奥へと入って行く。
「まあ当然、最後の抵抗をするだろう。ここのソル達を捨てて落ち延びても、ジリ貧だしな」
既に確認済みの事だが、エミールは皆を落ち着かせる為に敢えて口にする。
アビティオ達を中心としたリーダー達。
彼らだけで逃げ出す可能性は、殆ど無いという事だ。
そうなれば見捨てられたソル達は彼らを見限る。
逃げたとしても、生産力を手に入れるアテもないだろう。
あくまで反攻を考えるならば、ここに篭って徹底抗戦するしかない。
「私は逃がすつもりは有りません……。ここだけは譲れません、何としても」
サチェットの言葉に威圧と決意が滲み出る。
既にサチェットに関してブルックにも説明は済んでいる。
当時も子供だったブルックに、サチェットは敵意を向けなかった。
しかしアビティオを中心とした首魁達は話が別だ。
アール達はサチェットに、その処遇を一任する事にしている。
「しっかしこう暗いと……。グレイ、ライトとか……ないよな?」
「そういうのはエミールの役じゃない? 今日はないの?」
「戦闘用の装備しか今日は持ってきてない。なーにそろそろ目も慣れ……む」
全員の目が暗闇に慣れ、ピントが合ってきた。
広いホールの奥の壇上に、暗幕を背に誰かが立っている。
こちらを見据え、待ち構える様に。
「ようやくやってきたか、地上の猿共め。……そんなにも我々を屈服させたいか?」
アビティオがそこに待っていた。
苦しそうな顔で、大量に汗を流している。
アール達は警戒しつつ近寄り、あくまで降伏を促す。
「……抵抗は無駄だ。降伏しろ、徒に痛めつけはしない」
鋭くはっきりと、サチェットは槍と共に降伏を突きつけた。
殺意は包み隠さずに、しかし苦痛を与えるつもりはないと。
槍の先のアビティオは、しかし豹豹と、最後の誠意を踏み躙る。
「愚かな猿共があ……。図に乗るなよ!! 我らはまだ負けては―」
瞬間、サチェットは鋭く踏み込み、槍を突き立てる。
生身のアビティオにとって、鎧用の槍の穂先は余りにも巨大であった。
しかし、それは阻まれた。
壇上を何かが下から突き破る。
図太く巨大な鱗張りの足の様なものが現れ、槍を受け止めた。
すぐにサチェットは槍を引くが、鱗には傷跡一つ無い。
暗幕を引き千切り、壇上を丸ごと破壊しながら、その首と頭は天井も突き破る。
まさに、神話の怪物が顕現した。
「あれは……そんな。こんなものが、本当に?」
「呆けてる場合か! 一旦外に出るぞ! 建物が崩れる」
一同は入ってきた入り口へと、全力で突っ走る。
軋む音がそこかしこからホールに満ち、焦る気持ちを掻き立てた。
逃げながらも、エミールは後ろ目にそれを確認する。
うなだれたアビティオはそれの、胸の部分に取り込まれていく。
建物から外に出ると、周りのソル達はパニックを起こし、拠点内から逃げ出していた。
当然、パニックの原因はアール達ではない。
建物から離れると、それは頭を建物の上から突き出していた。
建物を破壊しつつ、アール達の方へ移動し、遂に全身を露にする。
「こんなのアリかよ……キマイラより、全然……」
「……竜よね? ドラゴンっていう方が良いのかしら?」
「腹を括れ。最早獣と言っていいのか解らんな。……どう見ても、竜とか言うやつだな」
翼は無く四足、どの足も太く力強い、爪一本でも鎧の腕より大きい。
胴体も太く長く、尻尾は一振りで本部の瓦礫をなぎ払った。
首は縦に伸び長く、その先の頭は地下の天井近くから、アール達に殺意を降り注ぐ。
拠点中央に、神話の権化、竜が出現した。
「師匠、何か作戦はありますか?」
「解らん。さっきアビティオが、胸に食われる様に入っていったが……」
胸元を見やるが、遠目には特に目立ったものはない。
びっしりと鱗に覆われ、まるで鉄の扉の様に堂々としている。
槍やツルハシで貫けるかも疑問だった。
「獣を操る改造で……獣と融合するってのも研究されてたけど、もしかしたら」
「マジかよブルック……。つまり、あの野郎これと……いや、これがアビティオってことなのか?」
見上げるが、竜はゆっくりと首を動かしアール達を睨みつける。
殺意は一行に緩まないが、あまり機敏には動けないのだろうか?
怪訝に思いつつ、アールはブルックの肩を叩く。
「ブルック、この場合でも操れるもんか? ちょっと荷が重そうだが」
「融合してるなら……獣というより人だから。多分、ダメだろうね……」
竜は動きはゆっくりと、しかし目線はアール達を順に巡る。
その巨大な目はサチェットに止まった。
途端、殺意を更に増して襲い掛かってくる。
対するサチェットは大盾を構えつつ、竜の前足から距離を取った。
「ぬ、お……おぉあ!?」
殆ど蹴り飛ばされる形で建物に衝突するサチェット。
他の全員も、軽い地面の震動にフラつきつつ後退する。
余りに巨大な図体は、ただ歩くだけで周りに被害をもたらしていた。
アール達は下がりつつ攻撃を加えたが、その手応えは逆に彼らを絶望させる。
「……弾かれたぞ? しっかりと、いやがっつり打ち込んだつもりだけど。……参ったな」
竜に一切のダメージは見受けられない。
変わらずサチェットを睨んだまま前進している。
サチェットの方も、既に瓦礫から起き上がり竜に向き直っていた。
しかしもう飛ばされるのは御免と、盾を構えつつじりじりと退いている。
「どうにも、私が恨みを買ったようです。……皆さんは何か、有効な手立てを探してください! 時間を稼ぎます!」
叫びながら、サチェットは竜の前足から逃げつつ更に退いていく。
武器が単純に硬さで通じなかった以上、何か別の手段を探すしかない。
アール達はお互いに頷き、拠点の方々へと散って行く。
手当たり次第に、既にソル達が逃げ出した無人の建物を当たる。
「グレイ! 何か思いつく事ないか? 何でも良いんだ、鱗っつうか硬いものに有効な……」
アールは何かの研究施設の様な建物を、鎧のまま乱雑に漁っている。
ラベルの貼られたビンやプラスチック容器を一つ一つ見るが、中身はさっぱり理解できない。
そもそも小さすぎて、竜に有効だとしても量が少なすぎるだろう。
グレイは何やら唸っている、やはり有効な手は思いつかないようだ。
「薬品をぶっ掛けるにしても、ちょっと小さすぎよねえ……。他を当たる方が良い、かも?」
埒が開かないとばかりに、アールは別の手を探す。
そうこうしている内にも、竜はサチェットを追い詰めていく。
アール達は時間と戦いながら拠点内を奔走していた。
――――――
ジョージャウ達は拠点から少し離れた場所で紛糾していた。
地下の天井近くまで伸びた竜の頭は、ここからでもはっきり見える。
アール達の苦戦は嫌でも察せられ、様々な意見が出されていた。
「じゃから、直接殴りこむわけではない! 何か出来る事がないか、探しに行こうと言っておる!」
「何が出来るってんだ!? どう見ても鎧の何倍もでかいぞありゃ。行かせらんねえよ!」
ジョージャウ達はアールを助けに行こうと、班長達は危険すぎるのでダメだと主張する。
どちらの言い分にも一定の理がある。
故に話はまとまらないまま、言葉の応酬になっていた。
見守っていたミュースは一息吐き、ジョージャウ達を案じて行かせられないと主張する班長に質問する。
「班長さん、あなたの言い分も解ります。ですが例えば、あそこで戦っているのがあなたの身内でしたら……あなたはここで待っていますか?」
突きつけられ、班長は困った顔をして頭を掻く。
卑怯な質問だが、突飛な例え話ではない。
実際に今起こっている事なのだから。
「そういう聞き方は、意地が悪いな……。そりゃ俺だってすっ飛んで行くが……。いや、しかし……」
班長は腕を組んで考え込んでいる。
身内の安全を頼まれた身としては、少しでも危険な目に合わせるわけにはいかない。
しかし本人達も、同じく身内を案じている。
困り果て顔を見やると、真剣な目で訴えかけてきた。
押し負けた班長は、観念して妥協案を提示する。
「解った、俺の負けだ……。だが絶対にバラバラには動かない事。拠点には……入るのはダメだ、建物の倒壊に巻き込まれる。せいぜい城壁、それも階段近くまで、これが限界だ」
ジョージャウ達は互いに頷き合いそれを飲む。
息子達が戦っている場を、ただ遠巻きに眺めているだけなのは耐えられなかった。
一行は班長達に護衛されつつ城壁を目指す。
全員が無事に、この事態を収束させるために。
アビティオは巨大な獣、竜と融合しアール達に牙を剥いた。
アール達は元より、拠点の外のジョージャウ達も動き出す。
全員が今できる事に向かって走り出し、物語は終局へ向かう。




