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第4話 変化

中層での獣出現、これを受けて組合は今後の対応に追われる。

同時にアールは、夢にまで見ていたディガーとなるべく動き始める。

意気揚々と登録のために組合を訪れるのだったが…。

 アールの報せが早かった事もあり、今回の騒動ではさしたる被害は出なかった。

 組合から地下の大規模な探索依頼が出され、多くのディガーがこれに参加した。

 結果、中層は組合の把握していた情報より遥かに拡張され、下層とも複数個所で繋がってしまっている事が確認される。


 これらを受けて、獣発生以後、サークルを組合に放任してきた国々や貴族達が出張ってきた。

 各国の代表、貴族連合、そして組合との協議の結果、今まで下層以下に設定していた「獣指定領域」は中層まで引き上げられることになる。


 この間丸5日。

 アールはこの間に、組合からグレイに関して聴取を受けたが。

「地下での取得物は取得者にその権限がある」という大原則と、グレイが人間に害意が無い事を受けて、特にお咎め等はなかった。

 アールはしどろもどろであったが班長が彼を擁護してくれた。

 彼の上司であるからその義務がある、との事である。



 聴取後 サークル近辺 労働者街 『モグラの巣』


「つっ……かれたー。……ようやく帰ってこれたぁ」


 補助作業員の寮『モグラの巣』の玄関でアールは力尽きる。

 5日間の組合の聴取の間は、殆ど軟禁状態であった。

 管理人が新聞越しにアールに視線を向けてくる。

 至っていつもの、寮の管理人である。


「お疲れさん、休むんなら自分の部屋で休め。……そいつが噂のグレイとかいう鎧もどきか、ここでは大人しくしろよ」

「始めまして私が噂のグレイです、以後私もご厄介になります。……それと、もどきではなく、ちゃんとした鎧です!」


 管理人は無言で手をシッシと振る。

 今は言われたとおり、自室のベッドに転がりこむのが先決だ。

 管理人室から一番近い自室のドアを開け一歩踏み込む。

 同時に、足の裏の異変に気付く。


「ん? ……おっちゃん? 部屋の床、なんか湿ってないか? 俺がいない間に水漏れでもあったの?」


 蒸気で全てが動いている世界である。

 そこかしこに、送水用や送気用の管が縦横にひしめいていた。

 水漏れはそこまで珍しい事ではない。


「そいつはお前の自業自得だ。お前さん5日前にここを出たとき、蛇口を開けたままでな。しかも顔を洗ってたのか詮はしたままでな。ワシが気付いた時には手遅れじゃったわ」


 言われて床を見渡す。

 ほぼ全体が湿っており、うっすらと変色している。

 シーツと布団は窓の外に干してあった、管理人が干してくれたのだろう。

 幸い、床には濡れて困るものは、何も置いていなかったのが不幸中の幸いだった。


「マジっすか。……それ、水道代は……やっぱり?」

「当然お前の家賃に乗る、うちは水道タダなんてやっとらんわい。解ったらはよ寝ろ……明日から忙しいんじゃろ?」


 言われた通り、明日からは新生活の幕開けである。

 くよくよするのは5日前に嫌という程したのだから。


「ありがとうおっちゃん、おやすみ」

「おやすみ、あと濡れた床板はな……」


 アールは管理人の話に気付かず、聞き終える前にドアを閉める。

 くよくよするより、まずは明日に備えてさっさと寝るべきだ。

 助言は素直に受け止めよう。


「つーわけでグレイ、今日はもう寝よう。お前は部屋の真ん中で良いか?」

「そうねー。……ここなら大丈夫、羽根を伸ばせるわ」


 布団とシーツを取り込みベッドを整える。

 すでにグレイは部屋の真ん中で、2メートル強の大きさになっていた。

 曰く、小さい時は正座をしているようなもので、正座したまま寝るなんて無理! との事だ。

 というか、グレイも寝るという点をつっこむべきか?

 ライトの送水機を切りベッドに潜り込む。

 グレイが淡く光っているが、眠るのに邪魔という程ではない。


「おやすみグレイ、また明日。……アラーム7時によろしく」

「おやすみアール。……ちょっと! 床湿ってる」


 非難の声が聞こえた気がするが、瞼と耳を閉じる。

 疲れた体はすぐに深い眠りへと落ちていった。


 翌日、アールは管理人から部屋の修繕費にそれなりの金が掛かるという、温かいお達しと共に送り出された。


「そーだよなー。あんだけびしゃびしゃなら木材傷んでるだろうし、そりゃ金掛かるよなー……」


 グレイを背中のリュックに入れて組合へと向かう。

 朝から思わぬ出費が確定したが、これから稼いで取り戻せば何も問題は無い。


「どんまいどんまい、これから稼げば良いのよ♪ それより組合に急ぎましょ? 登録するんでしょ?」


 組合へのディガー登録。

 本来はツルハシや鎧等を購入時、その場で登録用紙を受け取って組合へ提出する。

 これで晴れて、モグラを卒業してディガーになるという訳だ。

 だが当然アールはそんな紙を貰いも提出してもいない。

 聴取の後に、落ち着いたら直接登録に来いと言われ帰路についたのである。


「すいませーん、ディガーの登録に来たアールと言う者ですが。……ここで良いんですよね?」


 組合の建物に入り、受付の女性に話しかける。

 まだ先日の騒動の影響か、忙しい雰囲気であった。


「いらっしゃっぁー。……ちょっと待っててね、君の担当を呼んでくるから」


 担当、ディガーはその仕事柄、常に危険と隣り合わせである。

 地下での仕事は組合から受ける以上、どの仕事を受けるかがどれだけ危険と直面するかと直結している。

 それにより何か不足の事態が起これば、その責任は仕事を紹介した組合にも及ぶ。

 過去ディガーと組合で何度もゴタゴタが置こり、面倒も多かった。

 結果、予め個別に担当を付けておいた方が、双方の負担や危険が減ると結論が出てこの制度が敷かれる事になった。


「もう担当決まってたのか。助かるけど、どんな人だろう……」

「しっかりした人だと良いね。ちゃんとアールの事を親身に考えてくれるような」

「お待たせー。あっちの席でもう待ってるから、後は彼女とよろしくね」


 戻ってきた女性が窓際の席を指差す、背もたれ越しに銀髪の後ろ頭が見える。

 アールは軽く礼を言ってそちらへ向かった。


「むぅー。……女の人かぁ……ライバル登場かあ?」

「グレイ、変な事は言わないでくれよ。今面倒起こしたらヤバイんだから」


 聴取の結果アールとグレイはお咎め無しだった。

 しかしそれは、完全に認められたという訳ではない。

 班長が大原則を盾に頑張ってくれたが、異分子であるという事実は変わらない。


 モグラ上がりならば、この若さでディガーになるだけでも目を付けられる。

 鎧を拾ってきて、それが意思を持っていて小さくなるだの、前代未聞である。

 組合の建物に入ってからも、妙な視線を向けられ続けていた。


「始めましてアールです、これから宜しくお願いします」

「はーい、君がアール君ね。……聞いてた通り若いのねえ、これから宜しくね」


 銀の長い髪と青くぱっちりとした目、穏やかな雰囲気の女性。

 年上に見えるが老い等は一切感じられない。

 アールは自然に頬がゆるんでしまった。


「ちょっとアール? 鼻の下伸びてない? ここにはお仕事にきてんのよ?」

「解ってるって伸びてないって、突っつくなって」

「ぉー、そして君がグレイちゃんね。君も宜しくね、まずは座りましょ」


 促され、四角いテーブル越しに椅子に座る。

 グレイは膝の上に縦に乗せて置く。


「改めまして、私が君の担当になりましたレティーよ。これから宜しくね」

「宜しくお願いしますレティーさん、今日は登録に窺いまして……」


 アールは当たりの担当を引いたと考えた。

 これならば今日はスムーズに、今後の活動も明るくなりそうだ! と気分が上向きになる。


「えぇ承知してるわ、登録は今日中に簡単に済みますけど。……君はお仲間はいるのかな?」

「仲間? ギルドとかでしょうか? 自分はまだそういうのは……」


 ギルド、ディガー達が任意に組む横の繋がりである。

 元々は相互補助の為に自然に発生したものであったが、現在では組合への届出制となっている。

 ギルド内部では優先的に物資や情報が行き交い、所属しているだけでステータスとなるギルドさえも存在する。


「でしょうね。今までは所属は任意でしたけど、今回の騒動でそれも大きく変わりました」

「……と、言いますと?」


 少数派ではあるが、ギルドに属さず活動するディガーも存在する。

 彼らは協調性が無いか、ギルドへの上納金等を忌み嫌って等が多かった。


「はい、今後はギルド無所属の方への仕事は紹介できなくなりました。無所属で勝手に穴に下りる分には止めないけれど、一切のフォロー等は発生しません」

「ぇ、ぇーっと……それはつまり……」

「はい、ぼっちのアール君には今日はお仕事は紹介できません! まずは仲間を見つけて来て下さいね」

「そ、そんな……でもアテなんて」


 基本的には、ディガーとはサークルでそれなりの時間を経てなるものだ。

 その間にディガーと繋がりができたり、スカウトされたりもする。

 いきなり大金を投入してディガーになるような貴族、金持ち、元兵士等もいるが、彼らも繋がりには困らない。


 グレイが腕? 細い管を伸ばしレティーに話し掛ける。


「ねえねえ、だったらアール1人でギルドを作るってのはどうなの? アリ?」


 個人ギルド、殆ど存在しないが、所属員が減っていって自然に発生する等して極少数は存在する。

 存在する以上は、組合は個人ギルドを否定しておらず、また申請も受け付ける。


「個人ギルド自体は組合は否定しませんが、今回から仕事は3人以上からしか従事できなくなりました。なので今のアール君の問題解決にはなりません」

「そっかあ……残念ね」

「勿論放り投げるつもりはありません。人を募集してるギルドのリストを作ってきたから、後でそこを当たってきなさいな」


 そう言ってレティーはリストが載った1枚の紙を差し出してくる。

 多いとは言えないが、アテの無いアールには大きな助けであった。


「解りました、まずはこれらに当たってきます! 決まったらまた戻ってきます!」


 思わぬつまづきであったが、ギルドへの所属はいつかは考えなければならない事である。

 紹介もしてもらったしこれはラッキーであると考え、すぐに行動する事にした。


「その前に! まずはこの書類に記載を済ませる事! 登録するんでしょ?」


 レティーはズイっと紙を突き出してくる。

 本命の登録をすっかり忘れていた、気が逸っているのであろう。

 突き出された紙は、住所や経歴や家族構成等、特に問題のある項目はなかった。

 時間を掛けずに書き終え、レティーに提出する。


「……はい、OKです。それじゃいってらっしゃい、良いギルドに会えると良いわね」

「いってきます! お昼までには帰ってきます」


 アールはレティーから貰ったリストを手に組合を飛び出る。

 まずは近い所から片っ端に会いに行く事にした。


「……父母とは死別か。まあこんなとこに1人だし、そんなもんよね」


 レティーは受け取った登録用紙を手に淡々と漏らす、特に感慨は持てなかった。

 4時間後、アールは再び組合に戻ってきていた。

 出てきた時と違うのは表情とテンションである。


「んー、やっぱダメだったかあ。まあ君は色々と特殊だからねえ」

「はい。……皆口を揃えた様に、「無理!」「それが鎧に? ふざけんな!」「信用できん」とかって」


 ギルドは必然的にお互いの命を預け合う事になる。

 信用のできない者や不気味な者に命を預けたいかどうかと問われれば、答えは一つである。


「せめてグレイの鎧の姿を見せれればなあ……」

「きつーく念押しされちゃったからねえ。私は暴れるつもりなんて全くないのに」


 グレイの地下以外への持ち出しは認められたが、鎧の展開は認められてはいない。

 破ればグレイは没収されると警告を受けている。

 他のディガーの普通の鎧も、上層の搬出口近くのハンガーに格納されている。

 使用するにはその都度に申請が必要だ。


「申し訳ないけど、規則は規則だから後は自分で何とかしてね。今日はとりあえずお開きにしましょう」

「そういや、俺が倒した獣。……あれはどうなりましたか?」


 5日前の騒動、あの時にアールは二匹のモールベアを仕留め、それは聴取の際にも確認された。

 両方ともグレイが鎧を動かしたものだが。


「両方とも搬出口で預かってますけど、君はまだ登録してなかったらまだ解体も買取もされてないわね。今日の登録でそれは進むけれど……」


 解体と買取、鉱石を纏った獣の肉や臓器は食えたものではなく廃棄される。

 解体後に、鉱石は適切に組合に買い取られ、ディガーは現金を得る。

 稀に剥製依頼や特定の部位を所望する奇特な依頼もあるが、件数や頻度は低いため、保存等は組合では基本的には請け負っていない。


「今回のごたごたねえ、ほんと手一杯というか圧迫してて……。ちょっと遅れるかもだけど、ごめんね」


 レティーは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

 だがレティーを責めても何かが好転するわけではない。


「いえ、レティーさんが悪いわけでは。……ギルドの件が決まったらまた顔を出します、今日はありがとうございました」


 登録事態は問題なかった、だがそれはディガーとしての活動を始める為のもの。

 思わぬ所で出鼻をくじかれ、アールは肩を落として組合を後にした。


「まあまあアール、いきなり死ぬ訳でもないんだから。……諦めずに探しましょ、私がついてるって」

「そうだね……。とりあえずは飯にしようか、もうお昼だ」


 腹が減っては戦はできぬ、考え事は食べながらでもできる。

 何か良いものを食べるかと思案していた所、急に後ろから声を掛けられる。


「もし? 君が噂のアール君かね? 登録は上手くいったかな?」


 振り向くと1人の男が組合の出口に立っていた。

 白髪混じりのオールバック、紳士風の装いで初老辺りに見える。

 アールに面識はないが名前を呼んできた、怪しく思い少し身構える。


「そうですが、おじさんは誰でしょうか? 会った事は、ないですよね?」

「おぉ! これは失礼した、私はボルターという者だ。君と同じディガーだよ」


 名乗ると共に右手を差し出し握手を求めてくる。

 表情に悪意は読み取れない、といってもアールは21歳であり、そこまで人生経験は豊富ではないが。

 こんな人通りも多い組合の目の前で、何かされもしないだろうと握手に応じる。


「どうもボルターさん。登録は問題なさそうですが、ちょっとギルドで躓いちまいまして……」

「なるほど、実は私も今ギルド関連で問題を抱えていてね……。丁度昼時だ、飯でも食べながら話さないか? 私のお薦めの店がすぐ近くでね」


 ボルターは提案してくると共に、アールの手を強く両手で握り返してきた。

 これは応じて良いのだろうか?


「アール、話だけでも聞いてみたらどうかしら? どうせアテも無いでしょ?」

「おぉ……君が噂の、グレイだね? ほんとに小さくなってるんだねえ」


 グレイの事も知っている、というか組合で聴取されている時、野次馬が凄かった事を思い出す。

 特にグレイが机の上に置かれてからは、聴取というよりはお祭り騒ぎだった。

 グレイもかなりノリが良かった。


「解りました。とりあえず話だけでも……腹も減ってますしね」

「そうこなくっちゃ、若者はしっかり食べないといかん。今から行く店のお薦めはだねえ……」


 渡りに船とはこの事だろうか?

 まだ詳しい話は聞いていないが、アールにはボルターは悪い人物には見えない。

 果たしてこの出会いは僥倖か?

 はたまた悪意に満ちた落とし穴か?

 アールはボルターに肩を組まれたまま、街を歩いていった。

ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。


※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております

※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず










と言う訳でアール君、仕事も始められず途方に暮れていた所にお助けジェントルマンの出現です、初老の紳士ってのはほんと色々と良いですよね

獣出現以前は、登録さえされていれば担当と話し合ってギルド無所属の人にも仕事は振られてました、もちろんギルドに入ってる人より諸々デメリットが目立ちますが

ギルドによっては採掘メインだったり獣討伐メインだったり、ただ存在するだけのギルドだったり様々・・・妄想が捗るところです

3人からしか仕事を回さなくなったというのも組合でも重傷者や死人が出たら面倒だからですね、以前は仕事内容に見合った人数なら2人以下でもokだったりしたという事ですが、ここらへんは実際に色々補償を工面する人たちの思惑が影響している所です

果たして紳士のボルターさんは良い人なのか悪い人なのか、次話からはしばらくそこがスポットになりますね

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