第39話 制圧
ブルックを救出したアール、2人は一度拠点の外を目指す。
再会を果たすブルックをミュース、そしてアールと班長。
喜びも束の間に、2人は過激派とケリをつけるべく動き出す。
アールとブルック、2人は拠点内を突っ切り城門まで辿り着く。
しかしそこには予想外の光景が広がっていた。
大量のモールベアの死体とキマイラが2体、そこまではアールの予想の範疇だ。
しかしそのキマイラと戦っているのは、エミールとサチェットだけではない。
合わせて6人のディガーが、2匹のキマイラを相手取り奮戦していた。
「どうなってんだ? 俺達は援軍なんて、アテは……」
「あれ……お兄ちゃんの……友達?」
ブルックに聞かれるが、アールにも皆目解らない。
アール達3人に、他のディガーと横の繋がりはなかったのだから。
しかしどう見ても味方として戦っている。
ならば今はそれだけで充分だった。
「まあそんなとこだろ。しかしそれでも……」
6人掛かりでも、2体のキマイラには苦戦している。
前回よりは小さいが、なまじ小さい分機敏になっていた。
まともに肉薄して戦えているのは、大盾と槍を上手く使っているサチェットだけである。
「ブルック、お前獣を操れるんだよな? あれもどうにかできないか?」
「あいつ……悪獣は、ちょっと……。でも」
ブルックはアール、というよりグレイの頭部をじーっと見る。
グレイも、自分が見られている事に気付いたようだ。
「どうしたの弟君。ぁ、私はグレイだよ、よろしくね♪」
「やっぱり意思が……。たぶんさっきの声を大きくする機能、あれと組み合わせれば……」
ブルックはたどたどしくだが、出来るかもしれないと伝えてくる。
具体的にどうやるのかはアールにはよく解らない。
しかしグレイの拡声機能とブルックの鎧の機能を使う事で、より強い獣の操作が可能だとブルックは説明した。
要領を得なかったが、アールは作戦を考える。
「うーん、了解。よし……ならまずは、2人であっちの物陰まで突っ走るぞ。そこで準備しよう」
ブルックは無言で頷き、アールに続く。
キマイラとディガー達の戦い、その中央を一気に走りぬける。
「アール、とブルックか!? 成功したんだな……おい、加勢せんか!」
「ごめん! もうちょっと頑張ってくれ! 直ぐに何とかするから」
エミールに応じつつ、一旦2人は戦場を離脱する。
そのまま少し離れた最初の物陰まで辿り着き、アールは顔馴染みに会う。
「え? 班長? なんで班長まで、ここに……」
「なんではお前だ! 水臭いにも程があるわ! 助けが必要な時には、しっかり呼ばんかこのボケ!」
出会うや否や、班長は軽くアール、グレイの鎧に蹴りを入れる。
その顔は怒り気味だが、しかし理不尽な怒りではない。
本気でアールを心配していた事と、自身が頼られなかった事への怒りだった。
アールは申し訳なさと、しかし班長の人情に触れ、困ったような笑いを漏らす。
「あぁ……ブルック、ブルックね!? 会いたかったわ。……私が解る? ミュースよ、ブルック」
「お、か……あ。……あぁ……あ」
ブルックは鎧から出て、ミュースと抱き合う。
10年以上引き裂かれた親子の再会、水を差す事は躊躇われる。
ジョージャウも遠巻きにそれを見て、静かに涙を流していた。
地上人と地底人の子のブルックは、見た目には更にアール達と似ている。
ソルに比べて肌の茶色は少なく、鱗のような物もやはり少ない。
アールと班長は、ピタっと動きを止め、それを見守った。
「……ところで、お前達は加勢をせんのか? 俺はここの護衛だが」
「え? あ、そうなんだけど……。ちょっと今は」
アールはあたふたとしつつも、しかし口を出す事もできない。
キマイラと必死に戦っているはずだが、エミールに睨まれている様な気がして更に焦る。
それに気付いたか或いはそうでないか、ブルックとミュースは顔を改め一時の別れを告げる。
「ブルック、やる事がまだ残ってるんでしょう? ……また、後でね?」
「うん、行ってきます……。また、後で」
ブルックはミュースの手を離し、再び紫の鎧に入りアールに近付く。
今はやるべき事がある。
再会を分かち合うのは、全て終わってからにしなければならない。
最高の未来を作るために、今は母の手を離す。
ブルックは決意を新たに、獣の制圧に取り掛かる。
「ボクが獣に呼びかける力を繋げるから、お兄ちゃんはそれを叫んで。そうすれば拠点全体の獣を、何とかできると思う」
「お? 調子出てきたなブルック、了解だ。しかし繋げるって」
途端、ブルックの鎧の手からグレイと同じ様なチューブが伸びる。
グレイもそれを確認し、手の平にそれを差し込んだ。
鎧の内外に、鮮やかな紫の光が舞い踊る。
「お?ぉお、おー……。これでグレイにその機能が? なら次は」
「お兄ちゃん、気持ちが伝われば言葉は何でも良いよ。思いっきり叫んで」
グレイは拡声機能をオンにし、口をガパっと開ける。
同時に、アールはアビティオ達の拠点を見据えた。
深呼吸をしたアールは、力の限りに叫ぶ。
「いい加減にしろおお―――――!!! 俺たちは敵じゃなあ―――――い!! もう戦うな――――!!!」
地下空間全体に、あらん限りの叫びが響き渡った。
叫び終わり、アールは拠点に目を向ける。
2体のキマイラは両方とも大人しく、おすわりのポーズでじっとしていた。
逆に拠点の内部ではソル達の、焦るような騒ぎの声が聞こえてくる。
「どうやら、上手くいった様だな。さてこっから……」
「アールよ、今がチャンスじゃろう。今の内にアビティオを捕えるのが良いぞい」
足元まで近付いてきたジョージャウが、アールに助言した。
今回の作戦の目標はブルックを奪還する事だった、それは既に果たされている。
しかし今の状況は、たしかに一気にケリをつける好機にも思えた。
アールは腕を組んで、しかし1人で決めて良いものかと考える。
「ジョージャウさんの言う通りだ。ここで決着をつけよう。わざわざ逃がしてやる事もない」
キマイラが大人しくなった事で、エミールもこちらに戻ってきていた。
キマイラとの戦いで、鎧はかなり被害を受けている。
だが、まだ戦える事をしっかりと示していた。
ジョージャウの話に同意し、それを後押しする。
「今は奴等の獣は大半が使えん、鎧もブルックだけ。ならば我々の鎧に対抗できる戦力もない。道案内をブルックに頼めば、アビティオを逃がす事もなかろう」
エミールはブルックに視線を飛ばす。
アールも今の話に異論はない。
同じくアールからも、ブルックに加勢を頼む。
「ブルック、アビティオをここで捕まえれば全部終わる。もう少し頑張ってくれるか?」
「ボクだって早く平和に暮らしたいんだ。案内だけじゃなく、一緒に戦うよ」
ブルックの協力を取り付けたアール達。
ジョージャウ達の護衛に数名を残し、一同は拠点内を目指す。
既に拠点内のソルは、大半が抵抗の意思を示さなかった。
ヤケになって向かって来る者もいるが、鎧の前ではなす術もない。
しかし余りに異常な敵意と恐れを向けられ、アール達は疑問を抱く。
「なあブルック、俺達なんか悪い事したのかな? ここまで目の敵にされるのは覚えがないっていうか……」
「それは……ここの人達は、昔地上の人に奴隷にされていたって……。酷い目にあったって……」
奴隷にされていた、ブルックはそう説明する。
なるほどそれならば、敵意と怖れも解らなくもない。
ともすればアール達は、奴隷商人か何かに見えているのかもしれない。
ならば必死の抵抗も、逆に地上人への攻撃も理解できる。
しかしエミールは、少し思案した後に頭を振って否定する。
「私は地底人、ソル達に関して、独自だがかなり調べ上げた。その中に奴隷等の形態での関わりはなかったはずだ。……何かの間違いではないのか?」
「うん、だから皆『信じてる』んだ……。ちゃんと文献や記録があるかは、知らないけど。自分達の祖先が昔奴隷だったって、ボクもそうだった。……でも」
ブルックがアール達の顔を一人一人見やる、何かを確認する様に。
鎧越しの視線だが、そこには温かい感情が宿っていた。
「お爺ちゃんやお母さんと、お兄ちゃん達はそういう関係には見えなかった。ボクも奴隷とかの話は、話でしか聞いた事はなかったから、なんか変だなって……」
エミールはブルックの肩をぽんと叩き、次いでアールの背中を少し強めに叩いた。
何やら鎧の中で上機嫌で笑っているようだ。
一行は程無く、アビティオを中心とした過激派の首魁達が篭る本部へと辿り着く。
かなり大きいが、戦いに備えた建物には見えない。
「拠点内の状況を見るに、頭を抑えればそれで終わりだろう。恐らくはこれで最後だ、気合を入れろよ」
「なーに、こっちにはブルックもいる。獣が出てきても問題ない。だよな?」
「うん。獣が出たら、またさっきと同じ様に。……行こう、もう終わらせたい」
獣を屈服させ、拠点を半ば制圧したアール達。
過激派の動機を知り、しかし手を緩める事はない。
過激派の首魁、アビティオを追い詰め、最後の戦いに臨む。




