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第37話 開戦

英雄という言葉に戸惑いつつ、アール達はジョージャウの村に着く。

ブルックを説得してもらうため、ミュースを迎えに行くために。

全ての準備を整え、アール達は過激派ソル達の拠点へと向かう。

 アール達はミュースを迎えに行く為、ジョージャウの村に立ち寄った。

 予定では連れて行くのはミュース一人だけである。

 しかし案の定、ジョージャウと数人の男達も付いてくる。

 娘1人に行かせる訳にはいかないと、族長だけに行かせる訳にはいかないと。

 予想をしていたアール達は、特に反対する事も無い。

 結局、それなりの大人数でアビティオ達の拠点へと向かった。


「この先だな……。皆さんはこちらで待機を、2人はミュースと一緒に来て下さい。……さあ、行くぞ」


 拠点を目前に控えた、地下の一角。

 一旦ソル達は2人を除いてここで待機してもらう。

 ミュースはブルックの説得の為に同行し、2人が連れ添ってここまで退避する手はずである。

 ジョージャウは娘の身を案じ、一時の別れを惜しむ。


「ミュースよ。必ずや無事で―」

「はいはい、暑苦しいからそういうのは無しね。さっきの作戦聞いてたでしょ? むしろ私が一番安全じゃない」


 ミュースはジョージャウからのハグを、冷静に腕を突っ立てて拒絶する。

 エミールは道中で作戦の説明を行った。

 確かにその内容ならば、ミュースはかなり安全であろう。

 既にアールは生身で、エミールの鎧の中の物資スペースで待機している。

 少し寂しそうにジョージャウはハグを諦め、ミュースも戦地へと向かう。


「大丈夫よお父さん。無事に終わって、ブルックも帰ってきて……。家族が増えるんだからしゃんとしててよね」


 ミュースはジョージャウの肩を軽く叩く。

 その隙をついて、ジョージャウは娘としっかりとハグをした。

 呆れ顔のミュースだが、しっかりとハグを返してから別れ、グレイを抱き上げる。


「それじゃグレイ、お願いね。ぇーっと私は―」

「あ、そのまま楽にしてて良いよ。それじゃ」


 途端、グレイはミュースを取り込んで鎧を形成した。

 軽く息を飲んだミュースだが、鎧ができあがると少々はしゃぎ気味に体を動かしている。

 エミールは鎧のミュースの肩を叩き落ち着かせ、作戦の確認を行う。


「では、サチェットを先頭に、私は二番手を。グレイは作戦開始と同時に拡声機能を。ミュースは安全な場所から、ブルックにひたすら呼び掛けてくれ」

「了解よ。まずはあの子を、次いで殴り込みってわけね!」


 ミュースは拳をバシっと打ち鳴らす。

 威勢は良いが、その様子に一同は訝しむ。

 何とも、自ら飛び込んでいくかのような仕草である。

 一応の確認を兼ねて、サチェットがミュースに釘を刺す。


「ぇー、ミュースさん。説得が確認できた時点で、貴方は鎧を脱いで後方に避難ですからね? その後はアールがグレイの鎧で戦闘を……」

「え? ……えぇそうね、解ってるわよ? あくまでさっきのは意気込みよ、意気込み」


 誤魔化す様に、サチェットの背中をバシっと叩くミュース。

 控え目なミュースの笑い声が地下に響きつつ、拠点へと向かう。

 一行は何事も無かったかの様に、いつかの物陰から拠点を窺う。

 見た目には前回の偵察や、ジョージャウからの報告と特に大差はない。

 ベストのタイミングは、ブルックが外に出てきてからである。

 アール達はじっと身を潜め、それを待つ。


「報告通りであれば、そろそろ……む」


 物陰に隠れて十数分、拠点の門が開けられる。

 数十人のソルと檻に入ったモールベアの群れ、そして鎧のブルック。

 エミールはアールを物資スペースから降ろす。

 予想ではそう上手くブルックは出てこないと思っていたが、(むし)ろラッキーである。

 絶好の機の到来に、エミールは気を落ち着けて指示を飛ばす。


「よし……グレイ、拡声機能を。ミュースさんは出て行くのと同時に説得を。他は一旦待機だ」


 全員が頷き、作戦が開始される。

 グレイは拡声機能をオンにして口を開け、するっと物陰から出て行く。

 同時に、ミュースの声が地下に轟いた。

 母親の息子に宛てた声が、様々な感情を混ぜて。


「こぉーーらブルックーーーー!! いい加減帰ってらっしゃい!! お母さん怒ってないからねーーー!!! 危ない事やってるんじゃないわよおおお!!」


 怒ってないとは本人の弁、しかし明らかな怒声だった。

 説得の台詞を一緒に考えるべきだったと、エミールは頭を抱える。

 しかし内容の是非はともかく、当のブルックは明らかに様子がおかしい。

 呼びかけたミュースを注視し、フラフラと歩いてくる。

 ミュースはそれを見て、続けて叫び続けた。

 周りの過激派のソル達は慌しく動いている。


「これは、このままいけるのではないですか? 生身のソル達にはブルックは止められないでしょう」

「そうなれば最良だが……。っち、そうもいかんか」


 突然、肩にソルが乗ったゴーレムが2体、拠点から飛び出してくる。

 ゴーレムはブルックの腕を掴み動きを止め、ずるずると拠点へと引っ張っていく。

 ミュース(ははおや)は悲痛の叫びを上げ、エミールは冷静に指示を飛ばす。


「アール、ミュースと交代しろ! ミュースは降りたら後方のジョージャウ達へ退避。行くぞサチェット!」


 言われるよりも早く、既にサチェットは全力で拠点へと走っていた。

 実用性のみを考え、鎧表面の溶解液の(あと)は殆どそのままの鎧。

 しかし禍々しさを残した鎧は、ソル達を威圧しつつ拠点へと迫る。

 大盾と槍を構え、真正面から突進していく。


「その手を離せ! この外道がああ!!」


 珍しく怒声を上げつつ、サチェットはブルックを掴むゴーレムへと迫る。

 しかしその突進は無情にも、目前で阻まれた。

 拠点の城壁からキマイラが2体、サチェットの前に躍り出る。

 キマイラの目前で止まるサチェットに、エミールが追いついた。


「予想通りだが。さて、こいつらを突破してブルックを奪還するには」

「……機動性ではアールが最も上です。私達で引き付け、アールに救出をさせましょう」


 サチェットとエミールは、それぞれ1対1でキマイラと向き合う。

 前回よりは少し小さい個体だが、それでも1人で相手をするには分が悪い。

 2人は腹を決めて、目の前の怪物と睨み合う。


「アール! 聞こえていたか!? さっさと弟を捕まえて来い!」

「了解! 2人とも踏ん張ってくれよな!」


 ミュースと交代しグレイを纏ったアール。

 既に少し後ろまで走って来ていた。

 2人に加勢する為に急いでいたが、エミールの指示を受け方向を変える。

 アールは城壁沿いに走り抜けるが、入れそうな所はどこにもない。

 どうにも正面の門以外には、出入り口は無い様である。


「そういう事なら……行くしか、ねーだろ!」


 ほかに入り口は無いと考え、次の策を敢行する。

 アールは城壁へと全力で飛び込む、逆手で短剣を握ったままに。

 衝突と同時に、左手は城壁の上を、右手の短剣は壁を狙う。


「……ぁーぶね。両手で上狙わなくて正解だった」

「ダメだったら、どうするつもりだったのよ……。まあ成功したけど」


 城壁の下は、水は無いがそれなりに深い溝になっていた。

 左手は城壁の上まで届かず、右手の短剣は、壁にがっちりと刺す事に成功する。

 そのまま短剣を足掛かりに、アールは城壁の上までよじ登った。

 ブルックを探しつつ城壁の上を全力で駆け抜ける。


「やっぱ工房の町並みに近いなあ。普通に住むには向いてないっていうか……」


 眼下に広がる拠点内部は、雑多に建物が詰め込まれていた。

 住居らしきものよりも、他を目的とした建物の方が多く乱立している。

 城壁の上にも、色々と設備が点在していた。

 特に義理もないが、壊さないように少しは配慮しつつ走る。


「そうねえ……。アール、あそこ! あれブルックじゃない?」


 グレイに示された点を睨む。

 複数のゴーレムが、確かにブルックを運んでいた。

 確認するや否や、アールは城壁から飛び降り、大雑把にその方向へと走る。

 出来るだけ広い道を選ぶが、狭い道でもお構い無しに突き進む。

 色々体にぶつけたり絶叫が聞こえてくるが、今は気にせずに通りぬけた。


「多分、あれを曲がった先が……さっきのとこに」


 建物の間を抜けて広めの道、大通りの様な場所に飛び出す。

 目の前にはゴーレムが3体、2体はブルックを両脇から捕まえていた。

 周りには何人かソルもいるが、突然の鎧の出現に狼狽えている。


「さぁーて、お兄ちゃんの登場だぞ……。救出開始だ」

「1対3かあ……。踏ん張りどころよ、アール」


 ブルック(おとうと)を救う為、アールは多勢に無勢で挑み掛かる。

 元より戦力に不安を残したままの強襲戦、とっくに腹は据わっていた。

説得は半ば成功に終わったが、しかしブルックはソル達に連れ去られた。

ブルック(おとうと)を奪い返すため、アールは単身敵地で奮戦するのだが……。

是非次回もご覧下さいますよう、お願い申し上げます。

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