第34話 偵察
エミールの最悪の想定に基づき、アール達は過激派のソル達へ偵察を行う。
首尾よく偵察は済み、帰路に着こうとするのだが。
相手に何の備えも、無いはずがなかった。
ジョージャウの情報により、アール達はアビティオ達の拠点、そのすぐ傍までやって来ていた。
場所は中層と下層の境目、組合の地図には載っていない領域。
拠点はジョージャウ達の住処の様に、扉での隔たりは無かった。
しかしその規模は、ジョージャウの村より遥かに大きい。
物陰から遠目に拠点を窺う。
「ほぉー、あれか……。確かに、あれでは住処というよりも拠点だな。実際に戦闘になった際を想定して作られておる」
エミールの言う通りである。
前方に広がる建物郡は、ジョージャウ達の住処とは明らかに異質だった。
地上の建物で言えば工房に近い。
そこまで高くは無いが、城壁の様なものまで見て取れる。
「これ以上は、見張りに引っ掛かるでしょう。……そろそろ戻りませんか? 見て取れるものはこれ以上は無いかと」
「そうだな……。一旦帰ると……いや、ちょっと待て」
見つかってしまっては余りにも危険である。
早々とだが偵察を終えるかと考え出す。
その時、城門が開け放たれた。
見覚えのあるものが内部から出てくる。
紫のグレイが何人かのソル達と共に、外に出てきた。
更に檻に入れられた、同じく数十匹のモールベアも運ばれてくる。
「あ、私のパチモノ! よくもおめおめと……おめおめ?」
「あいつら、一体何を……」
「解らんが……お目当てのものを見せてくれるかもしれんな」
紫のグレイは檻の中のモールベアに対し、鎧の頭部に当たる部分をガパっと広げた。
まさに口を開けているようにしか見えない。
「グレイ、お前も口って……あるの? つーか開くの?」
「え? ……あ、さっきの拡声の機能。これを使うと開くみたいね。……でも、もうちょっとデザイン考えて欲しいもんだわ」
紫のグレイはそれきり動きを止める。
傍目には何もしていない様にしか見えず、アール達は首を傾げた。
「あれを見る限りは……どうにも獣を操る能力はあるな。まだそれを発揮できる訳ではないようだが。……ならば」
「いえ師匠、よく見て下さい。数匹ですがモールベアが」
サチェットに指摘され、紫のグレイから檻の中のモールベアに注意を移す。
よーく観察すると、それは見て取れた。
全体の半数にも満たないが、確かに紫のグレイに対して、お座りのようなポーズをじっと維持している。
明らかに、何らかの指示を出している様に見て取れた。
その様子を目の当たりにし、アール達は驚愕の声を漏らす。
「なんとな……。いや、実際に見れて良かったか……。完全に未知数よりはマシか」
「ど、どうする? あれでキマイラを操ったりしたら、本当に手に負えないぞ……」
顔を引っ込めてエミールは腕を組んで考え出す。
しかしその顔は絶望には染まっていない。
青い顔のアールの背中をバシっと叩き、気合を入れる。
「そう狼狽えるな、考えはないでもない。今日の所はこれで充分だろう。後は戦う準備が間に合うように、各々動くしかない……」
「……そうだな。こうなりゃ腹括るしかないか。よし、帰って寝るとしよう」
アール達は踵を返し、来た道を引き返す。
しかし、そこで鉢合わせた。
通路の奥からのそりと、大きな影と小さな影が揺れる。
モールベアを連れたソルが一人、アール達と目が合う。
「げ……ぇ。マジで?」
静寂が場を包む。
アール達は武器にゆっくりと手を伸ばす。
同時に。声には出さず害意は無い事を何とか伝えようとする。
目が合ったソルは、アール達の武器を凝視しながら息を飲む。
次の瞬間、彼は彼のやるべき事を遂行した。
「て……敵だああああ! 地上人が侵入して来ているぞおおおおお!!」
叫び声と同時に、サチェットが突っ込む。
吠え掛かるモールベアの頭を瞬時に叩き伏せた。
そのまま叫んだソルに、槍を構え向き直る。
ソルは息を飲み壁に背を預け、血走った眼でサチェットを睨んでいた。
「構うなサチェット! 今は逃げる事が先決だ。さっさと行くぞ!」
「早くしろ逃げるんだよ! まずはこっから生きて帰るんだ!!」
アールとエミールは走り出しながら、サチェットに自制を促す。
サチェットは槍をソルに向けたまま微動だにしない。
妹の仇を目の前にしているのだ。
その表情はアール達からは確認できない。
復讐に支配されている可能性は充分にある。
「……いい加減にしろ! 目え覚ま、せ!!」
通り過ぎ様、アールはサチェットの背中を力一杯叩く。
それに応じ、サチェットは槍を肩に担ぎ、アール達を追いかける。
「有難うございますアール、私はまた……」
「後で幾らでも奢ってくれ。今はさっさと逃げるんだ」
「ギルドマスターらしい事するじゃないアール。グッジョブ!」
グレイのエールに応じつつ、アール達はジョージャウの村へひた走る。
ソル達の拠点からは、振り返りはしないが何か慌しい音がしていた。
当然、これだけですんなりと済む訳もない。
暫く走っていると、後ろから鎧の駆動音が聞こえてくる。
紫のグレイが姿を表した。
「ぬう……。そう来るか、いやそれはそうか。奴が一番ワシ等に近かったからな……」
「どうするエミール? 俺が応戦しようか? というか、今は鎧は俺しか」
逃げつつも、エミールは厳しい顔で考えている。
応戦できるのはアールしかいない。
しかし1対1で直ぐに倒せる相手でもない。
そうこうしている内にも距離は詰まり、紫のグレイはすぐ後ろまで来ていた。
「エミール、もう捕まるぞ! こうなったら―」
「止むを得ん、こうなれば撃退してから逃げるぞ! 腹を決めろ」
「勿論、アール1人には任せませんとも」
エミールの決断の前に、アールはグレイを纏う。
振り向きつつ鎧を展開した瞬間、紫のグレイとがっちりと正面から手を組み合う。
前回の戦いとは真逆に、アール達の足を止める目的で動いている。
「アール、名前を呼びかけろ。倒すよりも揺さぶりを掛けろ! サチェット、足の関節部を狙え。わしは左だ」
「おっと? 呼び掛けるならこの機能を早速……」
アールは力一杯、紫のグレイに向かって呼び掛ける。
そこにはこの場を切り抜けるため以外の、私情が溢れ出ていた。
同時にグレイは良かれと思って、例の拡声の機能を使う。
目の前の紫に対し鎧の口が開き、アールの叫びが地下に鳴り響く。
「おいこらブルック! 俺はアール、お前の兄ちゃんだぞ!! 母ちゃんのミュースも!! お前の帰りを待ってるぞ、この親不孝ものおおおお!!」
拡声機能と合わさり、アールの声は爆音の様に駆け巡った。
周りのエミールとサチェットも、思わず動きを止めて耳を塞ぐ。
音の大きさか、或いは言葉の内容か。
どちらが効いたのかは解らないが、目の前でそれを浴びた紫のグレイは尻餅をついた。
「お? どうやら効いたな……。よし今がチャンスだ、早く逃げ……早く逃げるぞ! 何やってんだ」
「えぇい、うるさあああああああい!! お前の馬鹿でかい声がいかんのだ!! グレイも早く口を閉じろ! アール、私達を抱えて走れ! その方が速い」
アールに負けず劣らず、エミールの声が地下に轟く。
呆気に取られたグレイは口を閉じ、アールは黙って2人を抱えて走り出した。
抱えられたサチェットは、しかしぷるぷると震えて両手を口で覆っている。
「し、師匠……。まさか拡声を使ったアール並みの声とは……ぶはっ。いえ、これは何でも、決して私は……」
「ほぉ、お前の師匠に対する礼儀とは……いや見くびっていたよ。……後でしっかりと話をつけようか」
対照的な2人を抱えて、しかしアール達は無事にジョージャウの村へ帰還する。
今回の偵察で得た事を次に繋げるためか、或いは別の理由か。
村で一泊するのだが、その灯りは中々消えなかった。
窮地に陥りかけたアール達だったが、ドタバタしつつもそれを脱する。
過激派ソル達の情報を手に入れたアール達は、いよいよ最終局面へ向けて準備を整えていく。
それは何も、装備や情報だけではなかった。




