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第33話 憂慮

工房『巧遅であれ』の協力を取り付けたアール達。

しかし状況は好転せず、むしろ不安材料に思い至る。

アール達は最悪の事態を想定し、すぐさま行動を開始するのだった。

 大急ぎでターレムに戻ったアールは、サチェットに事の顛末を伝え工房へと走らせた。

 すっかりベルモントに萎縮したアールは、工房には戻らず買出しを行う。

 夕食時に各々が報告をするのだが。

 エミールからの報告は、あまり(かんば)しいものではなかった。


「つまり組合は、やっぱ貴族達に筒抜けになるから頼れないって事か?」


 食後に晩酌をしつつ、エミールの話を再度検討する。

 味方は多い方がありがたい。

 手早く見つけるならば、ディガー達を束ねる組合を頼るのが良い。

 しかしエミールがレティーと話をした所、やはり組合は貴族から大きく介入を受けており、どこから話が漏れ出るかは解らないとの事だった。


「現場の上の方にも、既に貴族の息の掛かった人事が及んでいるらしい。こうなると組合も、味方とは見做(みな)せんな」


 組合にソル達の話は持ち込めない。

 こうなれば個人的に協力を期待でき、口の堅そうなディガーにしか協力を仰げないわけだが。

 生憎とこの場の3人は、あまり横の付き合いが豊富ではなかった。


「班長は……ダメだなあ、口が軽そうだ。コーベスさんとマスターも、ディガーってわけじゃないし。……いよいよ、俺達だけで何とかするしかないか」


 アールは頭を抱え、背もたれに寄りかかる。

 苦笑しつつ、僅かながらの公算だがサチェットは前向きに語る。


「ブルックを味方に出来れば、或いはそれが突破口になるかと。相手からの戦力の引き抜きは、単純な増減以上の効果があります」


 ミュースに説得させブルックを引き抜く。

 それは現在の目標であり、恐らくは勝つ為に必須の事である。

 もし成功すれば相手方の情報が色々解る上に、気兼ねなく戦える様になる、特にアールは。

 サチェットの鎧の修復と新武器は、『巧遅であれ』にがっちりと約束された。

 後はブルックをどう説得するか、具体的な段取りに掛かっている。

 難しい顔をしつつエミールは唸っていた。


「やはりワシの鎧の収用スペースにミュースを乗っけて、サチェットで護衛……。アールに露払い……うーん」


 ミュースを戦場に連れて行く手段は、確保できている。

 エミールの鎧は、やはり戦闘用ではないが、大量の物資の運搬用スペースが存在する。

 本来は人を運ぶ事は想定されてはいないが、現在それも改良中だ。

 これにミュースを入れれば、それなりの安全は確保できそうだ。

 後はサチェットに護衛させる。

 しかしそうなると、自由に動き回れるのはアールのみとなる。

 エミールは正にそれを懸念していた。

 ジト目でアールを睨むが、アールもそれに反論する。


「まあそりゃあ、サチェットに比べたら戦力としては落ちるけど。それでもちゃんとグレイを着てればキマイラ以外は……」

「まさにそのキマイラを懸念しているのだ。下層での目撃情報は少しずつだが増えてきた……やつらの本拠地に殴りこめば、当然出てくるだろう」


 1体のキマイラでさえ3人掛かりだった。

 そんな強敵ともしかしたら同時に複数。

 しかも非戦闘員を護衛しつつ、自由に動けるのはアールだけ。

 あくまで可能性の話とは言え、アール達は揃って頭を抱える。


「やはり、このままの戦力で決戦を挑むのは現実的ではありませんね。ですが余り時間を掛けたくも……」

「それはそうだが。最低でもお前の鎧と武器が揃わなくてはな。なに心配するな、向こうも獣の操作とやらが改良……され、なけれ……ば……?」


 途端、エミールは言いよどむ。

 ()()()()()()()()が頭を過ぎった様に。

 口を押さえ何かブツブツと独りごちり、青い顔で2人に質問した。


「あの時……誰かソルを見たか? フロッグバットが大量に追って来た時……」

「蛙が? ……あぁ、俺がゴーレムをやった時か。俺が見たのはゴーレムに乗ってたジョージャウだけだけど、サチェットは?」


 サチェットは無言で首を振る。

 あの時見たソルは、アールが見かけたジョージャウだけである。

 エミールはその返答に益々顔を青ざめた。

 口を閉じたままに外出の準備を始めだす。

 訳が解らないアールはエミールに問い掛ける。


「エミール、一体どうしたんだ? 今から地下―」

「ソル達は、同時に1人1体、それも近い距離でしか獣を操れない。それを今改良しようとしている。……そうだったな?」


 ジョージャウから言われた通りの事を、エミールは問い掛ける。

 アールは怪訝な顔をして、解りきった質問に解りきった答えを返す。


「だから、それがどうにかなるまでが時間的な猶予で―」

「ならば、あの時の()()()()()()()は……偶然か? それとも、もしかしたら」


 エミールはあくまで最悪を想定して考えを巡らす。

 アールとサチェットも、ここまで言われれば嫌でも察してしまう。

 アールはすぐさま寝ているグレイを、サチェットは生身用の槍を持ち、地下行きへの準備を整える。


「察しが良くて助かる。奴等の根城を調べるのは、そう時間は掛からないと言っていた。まだ半日程だが既に割れているならば、時間を無駄にはできん」


 アール達は手早く準備を整え、すぐさまジョージャウ達の下へと向かう。

 村への下り階段をいつもより早く下って行く。

 同時に、エミールはグレイに質問する。


「グレイ。あくまでこれは私の考えなのだが。お前は何か、獣を使役する力や機能等はないか? レクターの言っていた通りならば、そういった力も……」

「へ? 獣を? ぇーっとちょっと待って、検索してみる」

「エミール、何を唐突に……。つーか親父の映像でそんな事言ってたか?」


 エミールの突拍子もない言葉に、アールは疑問を呈す。

 映像ではレクターは、グレイは農作業等の重労働を軽減させる為と言っていた。

 獣のけの字も言ってはいなかったのだ。

 しかしエミールはアールの質問にはっきりと返す。


「お前の育った農家には家畜はいなかったのか? 私も小さい頃は、農作業と家畜の世話に追われていた。家畜の世話……あれはあれで面白い事も多いが、やはり重労働には変わらん。レクターがそういった事の負担軽減を狙っていたならば、その為の機能も付けるのではないか?」

「う、むぅ……。俺は畑専門だったからなあ……。しかし、一体どうやってそういう機能を?」


 理屈としては解る。

 ではどうやってそんな機能を付けるのか、やはりアールには疑問だった。

 家畜を使役するといっても、これだけでは具体的な方法ややり方などは浮かんでこない。

 しかしエミールは、やはり淀みなく答える。


「それを言うならば、獣にまともに武器が通じないのも原理が解らんだろう? ソル達は家畜と共に生活を築いてきた。そしてどうにもグレイは獣……鉱獣と同様の方法で生み出された様だ。ならば家畜や(しつけ)の『概念』があるソル達とレクターは、それを組み込めるだろう」


 エミールの話しに、やはりアールは半信半疑であった。

 話としては解らなくも無い。

 それでも言葉が通じない獣を操るというのは、現実味を感じない。

 こうなればグレイの回答を待つしかないが、それはすぐに出てきた。


「検索完了ー♪ ……でもそういうのは無かったよ。マスター領域まで漁ったけど、出てきた機能は『拡声』だけだったわ」

「そうか。いや、しかし拡声か……ふむ。グレイ、確認したいのだが、お前を使える人間はアールだけか?」


 獣を使える機能は無かった。

 しかしエミールはへこたれず、更に言葉を続ける。

 グレイを使える人間を尋ねるが、アールには全くその意図が解らない。

 エミールの質問にグレイも答えるが、それは途中で遮られた。


「私を使えるのは登録者のアールと……マスター権限のある人達だけね、これはレクターと―」

「皆さん、扉まで着きましたよ。一旦お静かに願います」


 話している内に、階段最下部の扉へと辿り着いたアール達。

 アビティオ達も村を襲撃した際にここを通ったが、道や扉への破壊は行われていなかった。

 サチェットはジョージャウに教えられた通りの手順で、扉の端をノックする。


「強く3回、次いで弱く3回……これで」


 直ぐに扉の端がパカっと開き、その奥から守衛がジーっと外を確認する。

 閉じるのと同時に、扉が動き出した。


「うむ、しっかり開いたな。あの時は扉の前で騒いで、気付いてもらえて助かった。何かしらの意思疎通の手順はあると……冷静に考えれば思いつく様なものだ」


 エミールは、我が事ながらに恥ずかしいと(かぶり)を振った。

 隠し部屋の守衛に会釈をしながら、扉を通り抜ける。

 先程のノックで守衛が扉の前の存在を確認し、村への連絡か扉を開くかを判断しているという。

 初めてここに来た時は村に連絡され、すっ飛んできたジョージャウが判断したと言う訳だ。

 アール達は急いでジョージャウの元へと進む。

 地上では既に夜半である。

 村もほんのりと薄暗いが、今はそんな事を言っていられる状況ではなかった。


「なるほど……既にアビティオ達の拠点は割れておる。こちらも直ぐに行動を起こすべきじゃな」


 ジョージャウは直ぐに家に通してくれて、事の危急を把握してくれた。

 撤退して行ったアビティオ達の痕跡を辿る事で、拠点の位置は簡単に判明したという。

 ジョージャウはエミールの持つ地下の地図に、しっかりとそれを記載してくれる。


「直接案内の者を出すべきかとも思案したのじゃが……。わし等が同行しても、足手まといにしかならんと判断した……。申し訳ない」


 ジョージャウの意見に、エミールも同意する。

 実際に人質等が発生してしまってからでは、手遅れである。

 ならばここはしっかり現実を見据えるべきだ。

 同時に、ジョージャウ達に情報の感謝を伝える。

 場所が解らなければ、幾ら戦力があろうとも意味がないのだから。


「いえ、充分に助かります。まだ我々も戦力が整っていません、今日の所はあくまで偵察を……。然るべき時に、説得役としてミュースをお迎えに上がりに、またこちらに窺います」

「うむ、あれも本人が乗り気じゃからな。ああなってはやらせるしかないわい……。どうかその時は娘と孫を、宜しくお願い申す」


 ジョージャウは改めて深々と頭を下げる。

 アール達はそれに力強く頷き、アビティオ達の拠点へ偵察に行くのだった。

獣の操作は思ったより進んでいるのではないか?

アール達は最悪を想定して、過激派の拠点へと偵察に向かう。

その場所で何を見つけるのか。

是非次回もご覧下さいますよう、お願い申し上げます。

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