第30話 紫鎧
悪獣、キマイラを退けたアール達。
しかし過激派ソルの親玉、アビティオは更なる新手を繰り出す。
通路の暗がりから現れた紫色のグレイが、アールと対峙する。
過激派のソル達は続々と撤退し、それと入れ違いで登場したグレイの色違い。
正体の解らない予想外の新手に、アールとグレイは慌てふためいていた。
「グレイも知らないって、ならあれは何なんだ? さっきの映像でも何も言って……」
「ダメだわ。マスター領域でも検索したけど、あの紫の事は何も……。」
階段通路へと入って行く過激派の族長が、すれ違いざまに紫のグレイに話しかける。
どこかトゲのある物言いで命令する。
「凶暴な地上人共をしっかりと足止めしておけ。その上で生還しろ、恩返しには絶好の機会だろうが」
紫のグレイは特に反応しない、無言のままにアール達へと近づいて行く。
未だ困惑の中のアールは、しかし目の前の状況に向き直る。
「んー……よし! 今は解んねえ、けどあいつらを逃がすわけにも行かない。紫野郎をさっさと倒して行こう」
「しょうがないわね。なら、もう思いっきりやっちゃいなさい!」
立ち塞がる紫に、逆手に短剣を構え突撃する。
対する紫は、徒手空拳に構えて迎え撃つ。
アールは突進しつつ素手の左手を突き出し、紫を突き倒そうとする。
紫はその左手を掴み取り、アールの足に蹴りを仕掛ける。
「正直だな、だったら……」
アールは下段の蹴りを飛び越え、逆手に持った短剣で紫を上から突きに掛かる。
しかし紫も対応し、飛んだアールをその勢いのままに、掴んだ左手を引っ張り投げ飛ばした。
上をいかれたアールは投げ飛ばされ、派手に地面に転がった。
「ぬぐぐ……。獣よりもやり辛いな、こうなりゃまずは……」
「私も自分と戦うなんて嫌だし、先に行きましょう」
起き上がりながら、紫を無視して階段への通路を睨む。
しかしそれを阻むように、紫は再度アールと通路との間に立ち塞がる。
観念した様に、アールとグレイは溜息を吐く。
立ち上がり、目の前の鎧と再度向き合う。
適当な相手をしていては、逃げたソル達を追う事は出来ないと、考えを改める。
一方、アール達の後を追って坂を上る一行がいた。
何人かのソル達と、ジョージャウとミュースである。
「本当に鎧というものは凄まじいな。これだけの鉱獣をなぎ倒して行ったのか……」
坂にはそこらじゅうに、モールベアの死体が転がっていた、少数だがゴーレムの残骸もある。
それらの間を通りながら一行は坂の上、過激派のソル達へと向かっていた。
「しかしミュースよ、お前まで来る必要はなかったのでは? というか、本来ならば族長のわしだけで……」
ジョージャウは、アール達だけに向かわせるのは筋違いと考え、過激派のソル達へと向かった。
1人では向かわせられないと何人かの男衆が、そしてなぜか娘のミュースも隣について来ている。
父の意図を汲みつつ、しかしミュースの意思は曲がらない。
「お父さんだけに任せる訳にもいかないでしょ。それに血は繋がってなくても、私の息子が戦ってるんだもの。私は絶対に行くわよ」
ジョージャウにとっても孫が戦っているのだ、それには同意できる。
振り向いて男衆の顔を見やる、彼らも無言で首を縦に振った。
やれやれと軽く頭を振り先へ向かう、間もなく坂を上りる。
坂を上りきると、巨大な獅子の頭と2体の鎧が目に飛び込んできた。
思わず全員が驚きの声を上げる。
「おや? ……皆さん、なぜこちらに? 避難されていたのでは……」
背後からの驚きの声に、キマイラを仕留めたサチェットが振り返る。
その鎧は獣の返り血と、更に蛙の溶解液で少し溶け、何とも禍々しいものになっていた。
勿論、鎧の中にいるサチェット本人は気付いていない。
近寄ってくる禍々しい鎧に、一度は更なる絶叫を上げる。
悲鳴の原因が解らずサチェットもおろおろし出す。
エミールが両者の間に割って入り、大喝する。
「落ち着かんか!! 今はアホな事で慌てている場合ではない!」
ジョージャウはハっとし、禍々しい鎧はサチェットであると気付き皆を宥める。
落ち着いたところで、ジョージャウは改めてエミールに向き直る。
「すまんすまん、気が動転してしまったわい。……わし等は向こうのソル達と話をつけに行く所じゃ。お主等はどうする?」
「……向こうは既に強硬的な対応に出ています。既に我々とは交戦状態です、鎮圧として向かいます」
エミールの返答を聞きジョージャウは、首肯をした後に言葉を続ける。
特に落胆や非難の意思は無く、お互いを尊重する意思で。
「ならば、わし等は別々に向かうのが良いじゃろう。わし等に構わずはよう行きなされ」
「では、お先に。……もう獣はいないと思いますが、注意しておいて下さい」
エミールは注意を言い残し、サチェットと共に先へ行く。
それを見届けてから、ミュースはキマイラの死体を見つつ息子の身を案じる。
「あいつらこんなものまで持ち出してきて……。お父さん、アール達は大丈夫かしら?」
ここに来た理由は、血の繋がりがないとはいえ息子が戦っているからだ、それも当然であろう。
ジョージャウにとっても孫である、思案してから娘を落ち着かせる。
「大丈夫じゃよ、会ってすぐに気付いたじゃろ? あの子は強い。……なんせゴーレムを生身で倒してしまったと言うからのお、そう心配するな」
驚くミュースとソル達を連れて、ジョージャウも先を急ぐ。
元はといえば自分達の内々の問題なのだ、地上の人達だけに押し付けていい問題ではない。
先を行くエミールとサチェットは、間もなく戦闘中のアール達を視界に捉える。
紫と灰色の、まるで鏡張りの様な戦いを前に体が固まる。
2人は共に驚きを受けるが、しかしその反応には差異があった。
「あれは……!? どういうことでしょうか、まるでグレイの……他にもいるのか?」
「グレイは自身を試作機だと言っていた。……ならばあれは、グレイを元に作られた物だろう。さっきの映像では喋っていなかった所を見ると、誰が作ったのかは解らんがな」
言いつつエミールは戦闘中のアールに近づいて行く、サチェットも一旦疑問を仕舞いこみそれに続く。
敵の正体が何であれ、今はアールに加勢すべきである。
近づいて来る2人に気付き、アールとグレイは加勢を喜ぶ。
「助かったよ、ちょっと1人じゃきつくてさあ……。というか、戦っててやっぱ気持ち悪いんだよ。色は違うけど、自分と戦ってるみたいでさあ」
「っはぁー、ようやくの加勢ね。いやほんと、同キャラ対戦なんて趣味悪すぎよ。というか何よあの色、全然似合ってないっての」
軽く苦笑しつつ、2人はアールの横に並び立つ。
確かに、自分と戦うなど経験にないだろうし、想像するだに遠慮したくなる。
「そうですね、鍛錬としては面白そうですが……。実戦でのそれは、何とも最悪でしょうね」
「面白そうというのには同感だが。私は鍛錬でも御免だな、さっさと片付けるぞ」
3人を前にして、紫のグレイは一旦距離を取る。
流石に3対1では分が悪いようだ。
アール達の方からにじみよりつつ、エミールは今後を見据えた提案をする。
「出来れば、あまり壊さずに捕獲したい。グレイの様に、自己修復できる保証もないからな」
「捕獲ー? ……いやまあ、それは解るけどさ。まあ頭には入れとくよ」
「私もあれが何なのか興味あるわ。私の中にもデータが無いんだもの」
サチェットはエミールの提案を聞き、すぐに大外から走りこんだ。
捕獲するならばまずは退路を塞ぐべきだと、身を持って示す。
しかしグレイと同様に、紫も機敏である。
紫はすぐさま後退しつつ、サチェットに打撃を浴びせ妨害する。
「ぬぅ……。流石に、速さではあちらに分がありますか」
打撃をガードしている間に、更に紫は下がる。
大型のサチェットの鎧と小型の紫では、速さにはどうしてもあちらに分があった。
アールとエミールも見ているだけではなく、紫と距離を詰める。
「アール、足を狙え! もしくは掴め!」
「解ってるけど、ソル達を追うのも忘れるなよ!?」
とことんエミールは捕獲に拘っている、アールもそれに応じて足を狙いに行く。
しかしこちらの意図が読まれたのか、紫は接触を避けて距離を取る。
アール達は捕獲を狙い、紫はそれを捌きながら後退していく。
そんな攻防を続けつつ、ジリジリとだが階段の通路へと近付いていった。
後ろから来ていたジョージャウ達も追いつき、遠目にだがその戦いを視認する。
「あれは……紫色のグレイ、か? ……戦っておる所を見ると、あれはアビティオ達の鎧という事か」
「どうにも、そうみたいね。あれもあの人の作品なのかしら?」
ジョージャウ達は、遠巻きに紫のグレイを見て足を止める。
途端、紫のグレイもジョージャウ達を見て動きを止めた。
急にフラフラとしだし、動きがぎこちなくなる。
「……カ……サ……?」
声の様な擦れる音を僅かに発しつつ、フラフラとジョージャウ達に近付く。
どことなく不気味に、両手を前にフラフラとにじり寄る。
その様子にアールとサチェットは困惑するが、エミールは好機と見て飛び掛かった。
「よく解らんが……もらったぁー!」
ツルハシを低く横振りし足を狙う。
しかし紫は、ハっと我に返りそれに対応した。
低い位置を狙われた攻撃、逆にエミールのツルハシを足裏で捉え、大きく後ろへ飛んだ。
蹴られる様な形になったエミールは、体勢を崩し片膝をつく。
「ぬぉ!? ……ぐぬ、何とも味な真似を」
大きく距離を開けた紫は、遠くからまたジョージャウ達をジっと見据える。
明らかに何かに執着か、注目している様子だ。
「……ぇ? わ、私? ……かな?」
ミュースは、どうにも自分に向けて紫が視線を注いでいると感じ首を傾げた。
しかし紫は急に踵を返し、階段の通路へと走りこんだ。
「ぬ!? 逃がすな! アール、サチェット追えー!」
「言われなくても! まんまと足止めされちまったよ」
アールとサチェットも紫のすぐ後ろを追う。
紫の後に続いて通路に入ろうとした途端、何かが進路を塞ぎ衝突した。
「あいったぁ!? なんだってんだ、邪魔しやがって」
「ゴーレムです! しかし、これは……。何と、厄介な」
見ればゴーレムが横一列に3体、互い互いに腕を組んで立ち塞がっている。
横一杯を塞ぎ、完全に通路の入り口は封鎖された。
ゴーレムの弱点は背中にしかない、こうなると流石のサチェットでも手を拱いた。
全く攻撃の意思は示さないが、大剣を失った今では正面から切り伏せられない。
「ここまで組織立った動きは、初めてです。本当にソル達は獣を操るのか……」
結局、ゴーレムの壁を突破する事はできず、紫と過激派のソル達はまんまと逃げおおせる。
アール達はジョージャウ達と、今後に向けての話し合いを始めるのだった。
紫色のグレイによって、アビティオ達はまんまと逃げ果せた。
突然の不可解な敵、被害を受けたジョージャウの村。
アール達は今後の対応を迫られるが……。




