第3話 初戦
謎の鎧グレイと共に、獣出現の報告をすべく上層へ向かうアール。
その後すぐさま、中層の作業員達へも危機を知らせに行くが、そこで獣と遭遇する。
モグラであったアールが初めて獣と対峙するが、その結果は・・・。
上層 搬出口 出入り口
あっという間に上層に辿り着いた、体力もあまり疲れを感じない。
幾らか作業員がいる中を通り過ぎる。
幾らか、怪訝な視線が向けられてくる。
構ってはいられない、早く組合に知らせにいかなければ。
出口を抜け、少し速度を落とし町へ入っていく。
直ぐに警備員が駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっと? ディガーさん? なんで獣持って、どこ行こうってんですか? 換金でしたら搬出口で預けて…」
「中層上部で獣が出ました! すぐに組合に知らせて応援を呼んで下さい! お願いします!」
警備員の目が丸くなり、一瞬硬直する。
直ぐに顔を真っ青にして部下に指示を飛ばす。
何人かが組合の窓口へと走っていった、これで応援が呼ばれるだろう。
「りょ、了解しました。今部下をやりましたからこれで……あなたはこれから…つーかその声」
「俺は中層の作業員に知らせに行きます。獣は、ちょっと預かっといて下さい!」
獣を置いて再び中層へと向かって走る、少しでも早く危険を伝えにいきたい。
組合が暇をしているディガーを捕まえて対応するよりも、今すぐ自分で行く方が早いと判断した。
獣を置いていくのは気が引けたが、今は金よりも命である。
「いや獣は搬出口に……。つーかあの声、モグラの、だれだっけか? …何がどうなってんだこりゃ」
再び搬出口を走り抜け、中層へと降りていく。
この速度なら10分程で着く。
走りながらグレイが、何かもじもじと話し掛けてきた。
「ねえアール、ちょっと言い難いんだけどさあ……」
「グレイ? 何かあったの? 俺があんま疲れない分、君が疲れるとか?」
「そうじゃないんだけど、そうなのかな? 予備の動力ね、あと10分保つか怪しいのよ…」
予備の動力?
それが持たないとどうなるのだ?
嫌な予感が首をもたげる。
「つまり……危険を知らせに行くのは大丈夫だけど、帰りは私は役に立たないかもってこと。もしくは……さっき取った緑の鉱石を覚えてる?」
緑の鉱石、さっき獣から取ったお宝だ。
グレイも「思い出の品」と称えてくれた、アールの初めての獣の鉱石。
…なぜそれが今話題に上がる?
「獣から取ったあれか……あれがどうかした?」
アールは少しだけ不安に思いつつも、グレイに聞き返す。
悪い予感とは、得てしてこういう時は当たるものである。
「あれが多分、あの鉱獣から取れる一番良い所なんだけど。……あれを私にくれたら、頑張れるよ!」
それはつまり、中層のまだ危険を知らない作業仲間達に、危険を知らせに行く事は、問題なくできる。
しかしその後、帰り道でグレイは使えなくなるかもしれない。
だがしかし、獣の鉱石というアールの初めてのお宝をあげたら大丈夫! という事である。
「私としては、使用者の安全を第一に。ここで強制停止させたいんだけど……?」
「思い出の品ってのは何だったんだー!? 良いよ大丈夫だよ! もしもの時はくれてやらぁー! どうせこれから幾らでも稼ぎ取るんだからなー!」
他者の命のために自分の儲けを捨てる。
まだ若いアールの倫理観では、その様な判断はできなかった。
まだあのお宝を、何かに使うと決まった訳では無い!
と自分に言い聞かせ、アールは中層へと急ぐ。
中層 搬出用通路
とっくに休憩時間を終え、仕事を再開していた一団。
班長からの温かい激励の元、1人抜けたアールの穴を埋めるべく奮戦していた。
「もっさもっさ動くなモグラ共。バカが一匹逃げちまったんだからなあ! しっかり運べ!」
「あの糞野郎……ん? 班長、あれは……?」
1人の補助員が、前方の坂の上から何かが近づいて来るのを班長に伝える。
班長はあぁ? っと坂の上を振り向いた。
「何も見えねえぞ? 俺の目が悪いのか? それともお前の頭がイカレ……ぉー確かに。……ありゃ鎧っぽいな、なんだってこんなとこに」
アールは、補助作業員達の目前で停止する。
不審な視線を向けて見上げてくる班長。
アール達は作業員達が獣と遭遇する前に間に合った。
「良かった、まだ獣はこっちまで来てなかった…」
「お疲れ様アール。ちょっと節電で休むわね。鉱鎧を解除するけど、何かあったらすぐに対応するから」
そう言ってグレイはアールをポンっと外に出し、出会った時のひし形の状態になった。
2メートル強のひし形のグレイは、丸みを帯びて小さくなっていき、30センチメートル程になった。
「この状態だと動けないから……アール、お願いね♪」
「なんか図々しくねえかお前? まあ運ぶけどさ」
班長達は呆然としている。
さっきまでのモグラの小僧が、変な鎧から出てきて、しかもそれと喋っているのだ。
何事も無く対応できたら逆に怪しい。
「モ、グ……アール、君? それは一体、なんなん、だ? おい」
「いや、俺にもよくは? ……鎧ってこういうもんなんですかね?」
班長はツルハシは持ってはいるが、鎧はまだである。
だが自身も目指している鎧に関して、当然ながら真っ当な知識はある。
まず、鎧は喋らない。
蒸気機関で動くパワードスーツであり防具なのだ、生き物ではないし意思などあるはずもない。
小さくもならないし変形も……いや、極一部の変わり物は多少は形を変える事もできると聞くが、それでもこうはなってたまるはずがない。
班長は一瞬頭に、こんな鎧もあるのか? という気の迷いを振り払って、仕事をサボっていたアールに怒声を吐く。
「鎧なわけあるかそんなもんがあ! というかまずはお前の分の土を運べ! ここまで俺が二人分持ってきたんだぞ!」
「あ、すんません今……。いやそんな事より獣が! 土運んでる場合じゃないっす! 中層上部で熊みたいな獣が出ました、今すぐ避難して下さい!」
全員、話を飲み込めずに目を丸くする。
しかし、直ぐにある者は土砂袋を降ろして走りだし、ある者は周りの者と相談を始め、ある者は顔を青くして立ち竦んでいる。
アールは、完全に危機の伝え方を間違った。
班長は呆れつつもアールを嗜める。
「バカもんが、大事な事はまず最初にとあれほど。……うろたえるなモグラ共! どうせ逃げ場なんてねーんだ! バラバラになる方が危険だぞ、その場で気をつけぇ!!」
班長の強烈な喝が入る。
伊達に長年現場で指揮を取ってはいない。
混乱の坩堝と化そうとした集団は、ギリギリの所で留まった。
釣られて、アールも気をつけをしている。
「やれやれ。……感謝するぞアール。そうとなりゃまずは、土を端っこに避けて邪魔にならない様にしとけ! そこら辺に投げ出してんじゃねえぞ! ……そっからさっさと避難だ」
班長の指揮の下皆が動き出す。
散乱した土砂袋は端にまとめて置かれ、上層への避難が始まった。
「俺を、疑ったりしないんですか? 獣が出たなんて突拍子もない」
「ぁ? なら嘘なのかお前?」
「嘘じゃないです! 本当に中層の横穴から」
「なら黙ってその気持ち悪いもん持って避難すんぞ。お前が真面目に働いてたのは、ちゃんと見とる。無意味に嘘つく奴でもねえし、嘘ついてもお前が損するだけだ。俺はそう判断しただけだよ」
サークルに来てから2年、アールは自分の欲望のためだけにここで働いてきた。
アールは班長を、ただガミガミ怒鳴って命令する嫌な奴だと思っていた。
だが班長はつぶさに一人一人を見て、それなりに理解してくれていた。
周りの人間と協調しようとも、理解しようともしてこなかったアール。
恥じ入ると共に、自分を見てくれていた人がいた事に目頭が熱くなった。
「ところでお前のその、気色悪い……鎧なのか? さっき喋ってたよな? どうなってんだ?」
「気色悪いとは失礼な! 私はグレイと言う名前があります!」
「うぉっ!? 喋った……一体何なんだこりゃ? お前こんなもん持ってたのか?」
班長はグレイを怪訝そうに見る。
グレイは、ひし形の表面で何か訴える様に、光がチカチカ動いている。
「これ、いやグレイは、獣に追われて穴に落っこちた先で出会いました。鎧じゃないんですか?」
「俺の知ってる鎧は、喋りもしないしこんな小さくもならん! 不気味だなぁ」
「不気味とか怪しいとか酷いですねえ、こんな可愛いのに。……ところであなたの背中のそれは、それがアールの言う武器でしょうか?」
グレイのひし形の頂点から細長い紐の様な物が伸び、班長の背中のツルハシを指し示す。
もうアールも班長もツッコミはしなかった。
「おう、俺の自慢の逸品よ! かの大職人モトベルンのツルハシだ、俺は安物は買わんからな」
「ツルハシ。……それは何に使う物なのですか? 鉱獣を倒すためですか?」
班長は頬を緩ませ背中のツルハシを手に握る。
自慢の品を紹介したいのだろう。
「ツルハシはあくまで硬い土を掘るためのもんだ。俺はしっかり下へ掘り進めるためにこいつを」
「ホリ、進める? ホルとは何でしょうか? 文脈から動詞という事は解るのですが」
「グレイ、掘るは掘るだよ。土を掘るとか穴を掘るとかのさ」
「……ごめんなさいアール。私にはホルという概念が解らないわ。後で教えてくれる?」
地下に放置されていたのに『掘る』が解らない?
益々こっちが解らない、とアールは首をかしげる。
「まあ獣が出ても、熊とか言ったがどうせモールベアだろ。その程度なら俺に任しとけ、この所獣の相手はめっきり……」
そんな事を話していると、前方の空間に見覚えのある黒いものが蠢いている。
先程アールを襲ったのと同じ獣、モールベアである。
「おう噂をすればか、お前らちょっと待ってろ。……安全にしてから通る」
「班長、俺が」
「まあいいから俺にやらせろ。というか俺の獲物だ、邪魔すんなよ」
班長はツルハシを手にモールベアと向き合う。
息を合わせるよう呼吸を整え、静かに佇みツルハシを高く構える。
「ヴ…ヴゥ、ブゴゥアアア!」
咆哮と共にモールベアが立ち上がろうとする。
合わせた様に、殆ど同時に班長が飛び込む。
ツルハシを大上段から振り下ろし、モールベアの頭に一撃を入れる。
「ブモ…ォォン、ォ…」
モールベアは立ち上がり切る前に仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。
班長は汗を拭いつつフゥっと息を吐き出している。
「どうでえ俺の勇姿を! こいつらは頭が弱いからしっかりと入れてやれば一撃で」
「班長、まだいます! 後ろぉ!」
班長が仕留めたモールベアの奥、もう一匹少し小さめのモールベアがいた。
既に班長に向かって突っ込んできている。
「なぁ!? こん、くそがああああ!」
班長は咄嗟に、ツルハシを両手で横に構える。
モールベアは構わずに班長に体当たりをし、そのまま壁まで押し込んだ。
壁に押し込まれた班長は、ツルハシを盾に何とか耐えている。
モールベアはもぐらの様な長い口で、ガジガジと班長に噛み付こうとしている。
「ングググググ……おうこら! ボサっとしてねえでさっさと助けろや! お前のそのイカ鎧で何とかしろやあああ!」
「イカ!? それって私の事ですかあ!? それにさっきあなたは手を出すなって」
「グレイ、早くしてくれ! 班長を助けないと!!」
言い切るよりも早くグレイは鎧を展開してくれた。
2度目だがやはり不思議な感覚である、機械に体を覆われているという感じはしない。
「ぁ、ちなみに残り動力は……」
グレイの話を聞いている時間はない。
構わずに走り出し、班長を押し付けているモールベアの横っ腹に飛び蹴りを入れる。
モールベアは視覚外からの攻撃を無抵抗に受け、数メートル突き飛ばされた。
「班長、大丈夫ですか!? あれは俺が」
「…ぉう、マジでやれるんだな。んじゃ後は頼むぞ、俺は観戦させてもらうわ」
班長は左の肩から血を流している、少し噛まれたのだろう。
手でそこを押さえつつ、目を丸くしている。
アールはモールベアに向き直る。
モールベアは既に体勢を整え、こちらに向かって低く唸っている。
先程の蹴りではダメージを受けてはいないようだ。
「あいつらは立ち上がって殴ってくるか、四足のまま突進してくるかだ。だがバカ正直ってわけでもねえ、見極めて自分なりに対応しろ」
アドバイスは貰ったが、理解はできても具体的にどうすれば良いかは解らない。
何せアールは獣とまともに向き合うなんて初めての事である。
とりあえずは喧嘩の様に、拳を前に出して構える。
「アール? 何だったら私がまた操縦するけど……?」
「ダメだ、それじゃお守りされるだけの赤ん坊だ! 俺はディガーになるんだ!」
班長はピューっと口笛を鳴らしている。
この人まだ余裕あるんじゃないか? とアールは訝しむ。
「アール、それは良いんだけどほんっと動力無いから。具体的にはあと20秒ね」
「嘘だろ!? 何でもっと早く言ってくれないの!?」
「だって、デフォ設定だと警告が30秒からだし……」
グレイが動かなくなれば、流石にディガーとか赤ん坊とか言ってられない。
それこそ赤ん坊の手を捻るようなものだ。
……アールの思考が停止する。
グレイが動けなくなったらどうなる?
鎧のままなのか?
鎧から出されるのか?
獣の目の前に?
班長は助けてくれるのか?
それは間に合うのか?
……俺が生身で獣に攻撃されたら、どうなる?
アールは焦るままに、頭が真っ白のまま突っ込んだ。
「バカが! 焦って飛び込むな、獣はそんなバカじゃねえぞ!」
班長の叱責が聞こえる、だが四の五の言ってられない。
アールには武器も戦闘経験も無いのだから。
あと僅か十数秒で唯一の戦う力が消え、無防備になるかもしれないなど、いきなり突き付けられては正気ではいられなかった。
アールの突進に対しモールベアも動く。
先程班長が仕留めた、大きなモールベアの後ろに周り込んだ。
まだ鎧の速度に慣れていないアールは、死んだモールベアの腕につまづく。
何とか踏ん張ってこけはしなかったが、前のめりにたたらを踏んだ。
「アホ! んな所で減速すんな、後ろに来てるぞお!」
アールはたたらを踏んで前のめりに体勢が崩れている。
すぐ後ろには、既にモールベアが突進を仕掛けていた。
「しょーがない、君の身の安全が最優先。文句は後で言ってね?」
途端、アールは頭以外の感覚が途絶える。
首をもがれでもしたようだ、思わず気分が悪くなり吐き気を催す。
前に体勢が崩れるままに、抵抗せずにそのまま上半身を曲げ両手を地面に突く。
腕の力と両足で地面を蹴る力、それらを合わせモールベアの頭を下から蹴り上げた。
蹴り上げさせられた。
アールの手を離れた鎧は、蹴り上げた勢いそのままに地面に倒れる。
「予備鉱電源エンプティ。レストに入るから、何かあったらあの鉱石を…」
グレイは何かを言い切る前にまた丸っこいひし形へと戻る。
アールは倒れたままだった。
己の無力を味わい吐き気を堪え、噛み締めるのに精一杯だった。
的確な怒声を飛ばしていた班長は、口をあんぐり開けてそれを見ていた。
すぐに我に返り、倒れた鎧へと駆け寄る。
「今のは、お前じゃなくこいつか。……まあそういじけてんなよ、いきなり命賭けて戦えって言われて、戦える奴の方がどっかおかしいんだ」
班長に諭され引き起こされる。
背伸びしてできなかった子がいじける様に、まだそれは呑み込めなかった。
「おっと、どうやら迎えが来た様だぞ。……ほら、しゃきっとしろ! お前が来てくれなかったら実際に被害が出てたかもしれん」
班長に肩を貸され、前を見る。
複数のディガーがこちらに近付いてきていた。
「モールベア!? ……死んでるか、おっちゃんがやったのか? モグラ共はこれで全部か?」
「俺達は被害は無い、まだ下層出口にモグラ共がいるはずだが近くにはディガー達がいるはずだ。ここは1人護衛をくれ、後は下層に急いでくれ」
来てくれた鎧の一人と班長がやり取りをしている。
アールは力の無い瞳でそれを見ているしかできない。
「とっくに同じ指示を貰ってるよ。ここは俺がつく、他は下頼むわ」
班長とやり取りをしていた鎧以外は、更に下へと走っていく。
アールは自分は必要だったのだろうかと自身に疑問を持ち始めた。
「そいつは……怪我したのか? どこか悪いのか?」
「こいつが最初に俺達に危険を伝えてくれた、じゃなけりゃもっと悪かったかもしれん。……いい加減シャキっとしろ。お前は俺達を助けてくれた、ありがとよ」
ぶっきらぼうだが感謝の言葉を伝えられる。
金と名誉のみを求めていたアールには、どう受け取っていいか解らなかった。
こうしてアールの初の獣狩りは幕を閉じた。
何とも苦く受け入れ難い、歯がゆい結果を残して。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
という訳でアール君の初陣は突っ込んで、こけかけて、結局グレイに助けられてで全部終わっちゃいました。
まあ人間相手の喧嘩を数える程度しかやってこなかったアールが、いきなり3メートル程の熊と戦え!なんて無理です逃げます、逃げ切れずにムシャムシャされまする
それでもこっちも3メートル強の鎧をきていれば何とか・・・でもその鎧、あと20秒でお釈迦だよ?具体的にどうなるかは知らないよ?そりゃパニックにもなるでしょう
いきなりアール君に超ビギナーズラックで大活躍ってのも話としては成り立たないことはないでしょう、しかし作者は頭が固く陰険なので「いきなりそれは面白くないよな?苦労しようね?」という舵を取らせてもらいます
英雄譚は成長物語とも思っておりますので、アール君には段階を踏んで英雄になってもらいます
いきなりチートもいつかは書いてみたいかな?短編とかでサラっとならいけるかも
一先ず組合の対応は間に合って現場の被害は皆無に終わりました、次話は今回の騒動をうけての環境の変化とアール君のディガーとしての始まりを書き・・・長くなったら数回に分けるかも?