第29話 悪獣
過激派ソル達の襲撃、アール達はこれに応戦し敵の本陣を目指す。
獣を蹴散らし進んだ先で、敵の首魁らしき男と会うが、更に強大な獣を仕向けられる。
アール達は団結し、これと戦うのだが……。
サチェットを先頭に高台に辿り着き、遂にアール達は過激派ソルの一団と対峙する。
ここまで全員で、それなりの数の獣を屠ってきた。
しかし狩り慣れたモールベアばかりだったのが幸いした、疲弊の色はまだ見られない。
全身に返り血を浴び、獣以上に禍々しく黒光りするサチェットの鎧は、ソル達を怯ませている。
エミールは周りを一瞥するが、やはり鎧は見当たらない。
ソル達は全員生身で、数匹のモールベアとゴーレムと共に、階段の出口付近に陣取っている。
他と比べて威圧的な装飾に身を包んだ男のが、アール達の前に進み出た。
「貴様らが、ジョージャウが匿っていた人間共だな。何を目的にここまで来た?」
鎧に怯む事無く、男は堂々とアール達に問いかける。
言葉は淡々としているが、目には強烈な敵意が宿っていた。
アール達はその敵意に見に覚えがなく、疑問を呈する。
あくまで平静にエミールが対応し、会話の糸口を探った。
「ここというのが今一解らんが……私達はあくまで平和的にソルと対話する為に―」
「もういい……聞いた俺がバカだった。やはり話すだけ無駄だ。……悪獣はまだか? さっさとやらせろ」
エミールが言い終える前に、男は踵を返し指示を飛ばしだす。
殆ど無視されたエミールだったが、男の指示が何なのか探りを入れる。
興味本位ではなく、あくまで戦いを有利にするために。
「まともに話すこともできんのか? それとも獣を手懐けるしか能が無い、つまらない男なのか?」
「……安っぽい挑発は止めろ。話すだけ無駄というのは本当の事だ。……さっさと土に還るがいい」
冷淡な言葉と共に、男はエミールから視線を外す。
男の指示を受け、階段へと続く通路から、ゴーレムが太い鎖を引っ張って出てきた。
通路の暗がりから、鎖に繋がれた巨大な獣が姿を現す。
エミールはそれに臆する事無く、あくまで冷静に分析する。
「あれは……キマイラか。少し前から下層で目撃情報が出ておる奴だ。……厄介なものを」
獅子の頭に、背にはフロッグバットの頭、尻尾は大蛇。
3つの頭を持つ、まさに異形とも言うべき存在である。
神話に出てくるような、御伽噺の怪物が出現した。
「……なんだよあれ。あんなのアリかよ」
「落ち着いて下さいアール。私も初めてですが、討伐に成功したディガーは既に存在します」
「んな事言ってもなあ。そもそも……ちょっとでか過ぎないか?」
通路の暗がりから出てきたキマイラは、尾の大蛇を除いても8メートル以上ある。
4足であるにも関わらず、2足で立っているゴーレムよりも高い。
モールベアの倍以上の大きさである。
勿論アールは初めて見る、口ぶりから察するにエミールもサチェットもそのようだ。
必死に鎖を握っていたゴーレムは振り払われ、キマイラはアール達に敵意を飛ばす。
「目立っておるのは獅子の頭だが、蛙が吐く溶解液の方が鎧には厄介だ。それに注意しつつそれぞれの頭を潰せ」
エミールのアドバイスを受け、3人はキマイラを迎え撃つ。
キマイラに対して3人で囲う様に並んだ。
最早逃げる事は叶わない、アールは腹を決めて異形の怪物に臨む。
「いきなりこんなもん出てくるとは……。グレイ、もう一踏ん張り頼むぞ」
「……いざとなったら私が操縦するわよ? 良いわね?」
グレイの質問にアールは答えない、グレイに任せっきりにするのは何か納得いかなかった。
アール達は遠巻きにキマイラと対峙するが、キマイラは構わずに正面のサチェットに突っ込んでくる。
流石に受けきれないと考え、サチェットは横合いに飛んで避けた。
突進を避けられたキマイラだが、通り過ぎざま、背中の蛙の頭が溶解液をぶち撒ける。
「ぬぅ!? ……なんの、これ位では……まだ」
横に飛び退きつつも大剣を構えていたサチェット、殆どは大剣で受け、鎧本体の被害は表面にとどまった。
しかしキマイラは減速せず、そのまま大きく弧を描いて再びサチェットに迫る。
起き上がったサチェットは、今度は避けずに迎え撃つ。
「こうなれば、もはやこれはガラクタですね。……ならばいっその事」
サチェットは突進してくるキマイラに向けて、大剣を全力で投擲した。
意表を突かれたキマイラは頭を振って避けようとするが、間に合わずに剣は獅子の片目に突き刺さる。
3つの頭がそれぞれに悲痛の叫びを上げ、キマイラの突進は大きく逸れた。
しかし大した被害は感じさせずに、すぐさまサチェットに向き直る。
片目を潰されたキマイラは、更に殺意を増してサチェットを間近で睨み据える。
「師匠! 武器を貸してくださ」
「もう投げておるわ、しっかり受け取れ!」
サチェットが言うよりも早く、エミールは短剣をサチェットに投げていた。
サチェットはそれを受け取り、キマイラの正面に向き合って構える。
「私が正面を引き受けます。師匠とアールは他の頭を潰してください」
「無茶はするなよ。……私は蛙を狙う、アールは尻尾を切り落とせ」
「了解、蛇を切るだけだろ? すぐに蛙に加勢するよ」
アールとエミールは左右に分かれ、各々キマイラの他の頭と対峙する。
アールは尾の大蛇を請け負ったが、近くで相対すると思っていたよりも太く長い。
太さは鎧の腕よりも太く、キマイラの尻から生えた大蛇の全長は4メートルはある。
蛇独特の威嚇音を受けつつ、アールは銀の短剣を構える。
「しっかし……蛇ってどこを狙えば良いんだ? グレイ、何か知ってる?」
「私……。あの音ちょっと……ダメ。アール、頑張って……」
どうにもグレイは蛇が苦手の様である。
期待してはいなかったが、これでは操縦権を奪うことは無さそうだ。
大蛇は巨大な顎を大きく開き、牙から涎の様に毒液を垂らし、アールを睨みつけた。
「あの毒液、グレイが浴びるとやばいか? ……そうなれば」
アールは、大蛇が噛み付いてくるのを避けてから斬りかかる算段を取る。
半身に構え、まずは避ける事に神経を集中させた。
ジリジリと距離を詰め、大まかに当たりをつけ、大蛇の間合いまで入る。
何の予備動作も無く、大蛇は忽然とアールに襲い掛かった。
「っとぉ!? いやこれで」
集中していた事で、何とか大蛇の攻撃を避ける。
噛みつき伸びきった所を切りかかるが、襲ってきた以上の速さで大蛇は身を引いた。
幾らなんでも早すぎる、速さに驚きつつもアールは正確に分析した。
怪訝に思い大蛇を観察し、すぐにそのカラクリを理解する。
大蛇自身が避けるのに合わせて、本体のキマイラも下半身をよじらせていた。
「ぬぅ……。だったら狙いは、尻の付け根にすべきか?」
キマイラ本体の尻の部分、大蛇の付け根ならば頭の動きまでは勘定に入れずに済む。
だがそこまに潜り込むまでをどうするか、確実に大蛇に襲われる。
「避けて近付いて、避けて……更に近付く? いや厳しいな。なんかもっと良い手が……」
頭を働かせるが、パっと良い案は浮かばない。
周りを見ると、サチェットは獅子と短剣一本で切り結んでいた。
やはり戦力としては最も頼りになる、動きにもダメージや疲労は感じられない。
エミールは蛙の溶解液を避けつつ機を狙っているが、高い位置にある蛙に苦戦気味のようだ。
「アール! 蛙は1人では無理だ、蛇を仕留めたら逆側から狙ってくれ」
エミールからの注文が飛んでくる。
どうにも、1人で狙っても溶解液の的になるだけのようだ。
蛙の頭はキマイラの背、確かに鎧をもってしても少々てこずる高さである。
「まじか……。いや、実際蛇が一番弱いとこか。そうと決まれば」
こうなれば、大蛇を時間を掛けずに仕留めなければならない。
一つだけ策が浮かぶが、策と言えるかは、少々怪しいものだった。
しかしそれでも意を決して、再び大蛇の射程内まで足を踏み入れる。
当然の様に、大蛇はその猛毒の牙を振るう。
キマイラ本体の体が動く事で大蛇の付け根も大きく動き、それは更に攻撃のバリエーションを増やし、アールに襲い掛かる。
回避と防御に徹していても、様々な角度からの猛毒の牙は、少しずつグレイの鎧に傷をつけていった。
「くっそ……! グレイもう少し辛抱してくれ、今はこれしか」
グレイからの応答は無い、その真意は解らないが、アールは必死に大蛇の付け根を目指す。
猛攻を捌きつつ、少しずつ付け根のキマイラの尻へと近付く。
「当然、こいつだって焦るだろ。なら……尻まで辿り着けなくても」
大蛇は付け根に近付かれるのを嫌がるように、攻撃の激しさを増していく。
小刻みで色々な角度からの攻撃が、徐々に乱雑で直線的な動きに変わる。
あと少しで付け根まで届くという所、大蛇は今まで以上に口を大きく開け、その牙を突きたてようとアールに突っ込んできた。
「焦ったな、蛇野郎ー!!」
尻の付け根を狙うと見せかけ、一気に大蛇に振り向く。
アールはぐるりと回りながら、大蛇の口に短剣を押し当てる。
遠心力をそのままに、口から胴体までを長く切り開く。
何とも大きく切り裂かれた大蛇は、そのまま絶命した。
「ふぅー……。いやさっさとエミールの援護を、急がないと」
「……もう、蛇だけは……蛙の方がマシ……よ」
グレイからの抗議を聞き流し、アールはエミールの援護をすべく走る。
エミールとは逆側から、キマイラの背中の蛙の頭を挟み込んだ。
「アール! お前の短剣では分が悪い。蛙の注意を引け! 私が仕留める」
キマイラを挟んで反対側から、エミールが声を張り上げる。
アールが囮に、エミールが叩くという作戦だ。
「了解……実際これは位置が高いな。頼んだぞエミール!」
蛙の頭はアールとエミールを、キマイラの背からきょろきょろと見張っている。
闇雲に近付けば、溶解液の的になるだけだろう。
アールは手頃な石を拾い蛙の頭に投げまくった。
ダメージ等は皆無だが、蛙はアールを睨み据え、口内に溶解液を充填させる。
「よーし、こっちだ蛙野郎。せいぜい頑張って当ててみろー!」
グレイの鎧は一般的な鎧よりも、小型で俊敏性に優れていた。
アールの短剣とエミールのツルハシ、リーチの差以外でも、アールの方が陽動役として合致している。
溶解液を避けつつ、アールは更に蛙に投石と挑発を続けた。
「あいつ、こういうのが得意なのかもな。ここまで来れば、後はこいつで……」
その間にこっそりと蛙の近く、キマイラの足元まで近付いていたエミール。
エミールの鎧は、探索用に色々と改造が施されていた。
戦闘用のものではないが、エミールはここでとある機能を使う。
鎧の背部と脚部が変形し地面に楔を打ち込み、エミールの鎧の上半身が上にせり上げられる。
見る見るうちに、ツルハシを構えた鎧の上半身は高く上がり、蛙の頭と並ぶ。
鎧の蒸気機関の音に反応し蛙が振り向くが、既にそれは遅すぎた。
「良い気になってくれたものだ。もう充分だろう?」
エミールは、そのままツルハシを何度も振り下ろす。
苦しげな声が漏れるが、それには一切構わない。
キマイラの背中の蛙の頭は、断末魔と溶解液を垂れ流しながら息絶えた。
同時に、キマイラの下半身が崩れ落ちる。
蛙と蛇を潰した影響であろう、アールは一旦エミールと合流した。
「エミール、蛙はもう……。すげーな、そんな機能あったのか。それも特注ってやつ?」
「おぉー! 変形機能!? 私にそんな機能は……あ、しょっちゅう変形してるか」
アールは鎧の変形は話にしか聞いた事がなく、エミールの鎧にそんな機能があるとも知らなかった。
グレイの変形は勘定に入れない。
エミールは変形を解除しつつ、得意気にアールに応じた。
「あくまで探索用だがな。まさか戦いで使う事になるとは思わなかったよ。……アールは奴等を押さえろ、私はサチェットと獅子を仕留める」
見れば過激派のソル達は、族長を中心に集まって何かをしている。
キマイラ以上の戦力は無いようだが、放っておくわけにもいかない。
サチェットは短剣一本で、動きの鈍ったキマイラを押し始めていた。
「こそこそとなんかやってるな。……了解だ、キマイラを頼む」
エミールが加われば、弱ったキマイラは確実に仕留めれるだろう。
アールはエミールと別れ、ソル達へと近付く。
ソル達はそれに反応し、再び族長が前に進み出てきた。
「野蛮な人間共め……。そうまでして我らを屈服させたいか、全くもって度し難いわ」
「お前らがあんなもん嗾けてくるからだろ。一体何考えてやがる?」
「ふん。地上の猿共が減らず口を……。ガキを出させろ、鉱獣はもう戻せ」
族長は周りに指示を飛ばす、やはりアール達とはまともに口を聞く気はないようだ。
周りに待機していたモールベアとゴーレムは、階段への通路に引いていく。
どうにも撤収の準備を、キマイラと闘っている内に整えていた様だ。
アールは少しほっとしつつ、それと入れ違いで通路から出てきたものに驚愕する。
「遅いぞガキ。さっさとあの猿共を始末しろ! 時間を稼げ」
「……グレイ? いや、違う……グレイ、あれは何だ? 何か知ってるか?」
「データには、何も無いわ。マスター領域にも……私には解らない」
通路の暗がり、先程キマイラが出てきた場所から新手が登場する。
それは嫌でも見覚えのある、アールのよく見知った形をしていた。
違いは色のみ、暗い紫色を基調に、白色のラインが各部に見て取れる。
アールが今も纏っている、グレイと全く同じ鎧が姿を現した。
被害を出しつつもアール達は『悪獣』キマイラを退ける。
しかし間髪いれずに、敵は新手を登場させた。
その見た目は余りにもグレイと酷似しており、アールは目の前の状況に困惑する。
果たして、アールは突然の邂逅にどう対応するのか。
是非次回もご覧下さいますよう、お願い申し上げます。




