第28話 強襲
グレイの映像を見終え、予想外の情報までをも手に入れた。
しかし事態は急速に動き、争いの音が近づいてくる。
揺さぶられるアール達だが、各々の考えを胸に迅速に動き出す。
突然の轟音にジョージャウとサチェットが飛び出し、応接間は再び静寂に包まれる。
父レクターが自身をなぜ捨てたのか、そしてどこで何をやっていたのか。
事の次第を知ったアールは、突然の真実に狼狽える。
見かねてエミールが、仲間に手を助け舟を出す。
「アールよ、お前はまた悩んで立ち止まるのか? 一旦冷静になれ、父親への近道になったのだ。お前が実際に会ってどうこうしたいかは、全く別の問題だ」
「それは、ぇーっと……。ちょっと待ってくれ」
エミールに諭され、アールは大きく深呼吸してから、グレイの映像を思い返す。
アールの目標は『父を見返すか、もしくは会いたいか』というものである。
映像から得られた事は、アールが生まれた経緯と、父が消えてどこで何をしていたかだった。
元々はグレイの創られた理由等が本命だったが、全てを合わせてもアールの目標を阻害したりするものではない。
アールは、自身が勝手に悩んでいたと自覚し、しっかりと己を立て直す。
「……そうだな。親父と母さんとグレイの事がよく解っただけだ。特別に悩む事でもなかったよ。ありがとうエミール」
「解ったらさっさとサチェットを追うぞ。さっきの音は只事ではない」
エミールに続き、アールもグレイを抱いて外に向かおうとした。
もうその眼に迷いは無く、真っ直ぐと前に見ている。
ミュースは座ったまま、轟音に驚き狼狽えていた。
放っておく事はできず、アールは肩を叩きつつ彼女に話しかける。
「ミュースさんはここに残ってて、外は危ないかもしれない。……落ち着いたら、親父の事教えてくれよ。色んな話を聞きたい」
アールに優しく声をかけられ、ミュースは落ち着きを取り戻した。
優しい目で、新たな家族の無事を祈る。
「……そうね、私も色々と話したいわ。気をつけてね」
「ありがとう、それじゃいってきます! ぇーっっと……ミュースおばさん、で良いのかな?」
アールはミュースに手を振りつつ、応接間から駆けて行く。
残ったミュースは一人ごちる、おばさんではなくお母さんだろう、と。
外に出ると、既にサチェットが鎧と武器を装備し、数人のソルと話し合っていた。
サチェットはエミールとアールに、切迫した事態を伝える。
「2人共早く鎧を。どうにも敵のようです。ジョージャウさんは村の人たちを纏め、避難の準備を進めています」
「初手に避難か……。間違いではないが、本当に戦力というものが無いのだなここは」
エミールはソルの1人に、預けていた鎧の下へと案内されていく。
アールも準備すべくグレイに声を掛けるのだが。
「グレイ、聞いたか? 早く鎧を……ていうか、お前ずっと静かだな……? もしもし? グレイさーん?」
いつもなら暢気に茶々の一つもありそうなグレイだが、ずっと静かである。
大よその予想はつくが、とりあえずは上下に振って起こしてみる。
「んみゃ? ……んー、なーに? ぁ、アール…………録画の再生終わった?」
「はいおはよう! とっくに終わってるっての。何かやばい状況だから、早く鎧を出してくれ!」
すぐにグレイはアールを包み込み、鎧を形成する。
一体いつからグレイは寝ていたのか。
思えば、録画の再生が始まってからずっと静かであった。
アールは、今は状況が差し迫っているので、一先ずは置いておくかと頭を切り替える。
ソルに案内されて行ったエミールも、程無くして鎧で戻ってきた。
3人が揃った所で、サチェットがソルから聞いた話を説明する。
「どうにも私達がここへ来たのを、件の過激派のソルが見ていた様です。敵の要求は、匿っている地上人、私達を差し出せと。私達が村に来た、階段付近の高台に陣取っているとの事です。ジョージャウさんからは、無茶をせずに逃げても構わないと」
「見くびられたものだ……。サチェット、お前は1人でも切り込むだろう? アールもこの村に手を出されて、黙ってはおるまい?」
エミールの質問に、サチェットとアールは無言で頷く。
サチェットは仇を前にして引く事はない。
アールにとっては、既にこの村の事は他人事ではない。
エミールはやれやれと頭を振り、笑みを浮かべつつ応じる。
「私にとっても友好的なソルは、これからとても大事にしていきたい繋がりだ。……3人共乗り気だと言うなら、この村に恩を売りに行くのも悪くないな」
エミールの指示に従い、サチェットを先頭に、左右後方にアールとエミールがついた。
過激派のソルが陣取っている、階段方面へと向かう。
程無く進んでいくと、一軒の破壊された家がアールの目に入ってきた。
すぐさま慌てて駆け寄るが、既に人影はどこにもない。
サチェットが近付いてきて、肩を叩きつつ落ち着かせる。
「既にここの救助と避難は済んでいます、犠牲者もいなかった様です。しかしここまで強硬なやり口は珍しいと。……私達の事を相当敵視している様です」
「そうか……。とりあえず被害が家だけなら、まだ良かったか。しっかし、何で俺たちをそこまで……」
ジョージャウの話では、ソルは例え敵対しても、ソル同士ならば命のやり取りは忌避すると。
しかし目の前の破壊された家を見ては、それは信じられなかった。
明らかに死人が出ても構わない、というやり方である。
「まだ解らんさ。ジョージャウの話ではソル達に鎧は無い。せいぜい出てきても獣であろう。鎮圧してからゆっくりと話を聞かせてもらおう」
エミールに促され、再び敵が陣取っている高台へと向かう。
すぐに喧しい声と、嗅ぎ慣れない臭いが漂ってきた。
「何か喚いていますね。……それと、この臭いは」
「ふむ、連中どうにも火薬を使ったようだな。ソル達のものか地上から仕入れた物かは解らんが」
高台の上からは何か喧しい大声と、白い煙と火薬の臭いが立ち込めている。
高台からは数人のソルが、アール達を敵意を孕んだ視線で睨んでいた。
同時に高台と村を繋ぐ坂道から、聞き覚えのある獣の唸り声が聞こえてくる。
「連中、どうにも獣を放ったようですね。村に入れる訳にはいきません。倒しながら行きましょう」
「そうしよう。アール、サチェットが討ち漏らした獣を仕留めろ。ワシはこっち側だ」
アールは、サチェットの右後方に付き坂道へと向かう。
見れば、既に複数のモールベアが坂の下、村の入り口近くまで迫っている。
「グレイ。 寝起きに悪いけど、宜しく頼むよ!」
「寝てたのは事実だけど、私は寝起きとか関係ないから。思う存分やっちゃって良いよ」
先頭のサチェットは両手で大剣を構え、モールベアの群れへと突っ込んでいく。
サチェットの鎧での武器は幅広で少し柄が長い大剣、剣スコップだ。
生身では槍の方が良いが、鎧で獣と相対するなら剣の方が色々と便利だとか。
「幾ら数がいようとも……押し通る!」
サチェットは後ろには干渉しない様に大剣を振るい、手当たり次第にモールベアの頭部を打ちのめして行く。
普段の狩りとは明らかに違う、今は村への侵入を防ぎつつ高台を目指さねばならない。
サチェットの剣の間隙を縫って、2体のモールベアがアールとエミールに迫った。
「よーしきた。……俺だってこのくらい!」
吠え掛かりつつ、モールベアはアールに突っ込んでくる。
しっかりと武器を構えているにも関わらず、モールベアが突っ込んでくる、どうにも様子がおかしい。
アールは違和感を感じつつも、すれ違いざまにモールベアの頭に銀の短剣を打ち込む。
カウンターで頭に強打を受けたモールベアは、直ぐに事切れた。
「こいつら、武器持ってるのに突っ込んできたな。……こういう事もあるのか?」
「無い事は無いだろうが、妙だな。まあここまでモールベアが群れているのも、見た事がない。今は体を動かせ」
難無くツルハシでモールベアを仕留め、エミールがアールに応じる。
見ればサチェットは、更にモールベアを仕留めつつ前進していた。
アールとエミールも援護をしつつ、高台で待ち構える過激派のソル達へと近づいて行く。
一方、高台に陣取った過激派のソル達は、アール達の接近に慌しくなっていた。
「族長、坂からデカブツが近付いてきます! 土熊がどんどんやられて……」
「焦ってんじゃねえ……デカブツ、やはり人間共か。手間が省けただけだ、ガキに悪獣を出させろ!」
モールベアが通じぬと悟った過激派の族長は、新たな獣を投じる。
高台へと迫るアール達を、何が待ち構えるのか?
アールはまだそれを知らぬまま、目の前の獣と切り結んでいく。
過激派のソルの強襲。
アール達は多少思惑の違いはあれど、団結してこれに当たる。
獣を蹴散らし突き進む先に、一体何が待っているのか。
是非次回もご覧下さいますよう、お願い申し上げます。




